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第1章

肘本典之

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会議が始まる6時の10分前には署に着いた。捜査本部が置かれてい。普段だともう、少しずつ人が少なくなってきているのだが、署の前はテレビ局や新聞社の記者が何人も詰めている、会議室の前は、人が慌ただしく出入りしている。さーて、事件名何になったかな、不謹慎であるが、肘本はこの事件名を初めて見るのを毎回楽しみにしている、今回も会議室の扉の横に堂々と貼ってある【女子高生殺人事件】
「フッツーだなー、もう少しどうにかならないもんかね、裏生」
「肘本さん不謹慎ですよ」
裏生が小さく嗜めてくる。会議室に入るともう、大半の人が、席に着いていた。西日が眩しいその気持ちが伝わったのか婦警と若手達がブラインドを締めにかかる、俺と裏生も自分の班のあたりに座る、それにしても相当の捜査員が借り出されている。県警としての意気込みがこれで窺える。そして、それからまもなく、署長や県警本部長などお偉方が並ぶ。それを合図にしたかのように静まった。先程は空いていた席も今ではあらかた埋まっている。一通り、お偉方の自己紹介が終わり、事件の概要をまとめることになった。まず一班
「害者は西伊予高校の2年4組の生徒横山飛鳥17歳、死亡推定時刻は昨夜の午前零時から1時で、第一発見者は鍵の当番で登校した同学校の社会科の教員で山田城 涼32歳です。その同氏の通報により近くの交番の巡査と近くを巡回中のパトカーが急行し殺しと判断したため現場保存を行いその後、鑑識が害者の遺書らしきものを発見しました」
ありがとう、の声がかけられて報告は終わった。しかし、生徒がなぜそんな時間に学校にいたのか、何か用事があったのか、しかし、そんな時間に用事などあるだろうか。次は、2班。お偉方の指名で立つ
「はい、我々2班は近隣への聞き込みを行い、また、害者のトラブルや怨恨の線を調べました。しかし、深夜だったこともあり、音などを聞いた者はいませんでした」
まあ深夜の事件ではよくあることだ。ましてや今回は、現場が学校、学校をわざわざ深夜に覗く奴は皆無だろう。
「しかし、害者はイジメにあっていたという事実の裏付けの証言がありましたこれにつきましては生徒達を聴取した肘本、裏生より報告いたします」
ひょこっと頭を下げて座った男の代わりに裏生が立つ、どうも2人は会議前に打ち合わせていたようだ。それなら俺にも報告しろ、いや、したのだが俺が聞いてなかったのかもしれない、
「裏生です、先程の報告どうり害者はクラスのあるグループを中心としてイジメを受けていました、そのグループのメンバーは浅浦角斗、川又玲奈、越智雄大、小島亜友里、峰川龍人の5人です、そしてもう1つ害者の様子がここ三ヶ月ほどおかしかったと証言する生徒もいます」
これは5人以外の生徒がほぼ口を揃えて言っていたことだった。ではなぜ5人は分からなかったのか。
「どんな風にだね」
裏生に本部長から質問が飛ぶ少し緊張しているような裏生が答える。
「はい、いじめられている時もまるで何かに取り憑かれているようにちょっとした隙に微笑みを見せていたとのことです、それで私と肘本さんはこのことが遺書の『神』と何らかの関係があると思っています」
いきなり名前が出てきて驚いたが裏生なりに顔を立てたつもりだろう。
「遺書について4班、報告してくれ」
ガタイの良い男が立ち上がる。草家だ。同期で俺と同じ現場一本だ。
「はい、皆さんに裏生君が報告したその害者の変化ですが、先程5班の方と話したところ家族も害者の変化に気づいていたとのことです。そして、変化が始まったくらいから徐々にヒステリックになることがあり、増えていっていたようで、家族は医者に診せようとしていたそうです、しかし、平常時はいつも以上におとなしかったとのことです、そして遺書は鑑識によると害者本人の手で書かれています。しかし、害者の父親は健在でした。そしてその後の数列ですがいくつかの案を当てはめたのですが1つも意味がわかりませんでした。例えば2つずつに区切って〈2ー1〉〈1ー1〉〈2ー4〉で五十音に当てはめたところ結果は〈き〉〈あ〉〈り〉という言葉で意味がわかりませんでした」
さすがに喋り方が上手く分かりやすい、なんで出世しなかったのだろうか。
「他の者はこの数列についてどう思う」
どの捜査員も手帳にメモした遺書と睨めっこだ、まあ俺もそのうちの1人なのだが、この日の会議はこれで終わった。草家と2.3言、言葉を交わして会議室を出た。裏生が追いついてくる明日どうするか聞いてきた。基本的に俺らは遊軍だから気になったことを調べる。
「事件当日の害者の足取りと教師への聞き込みを俺らがもう一回調べよう、報告書ちゃんと上げておけよ」
「はい、なんか肘本さんいつもより生き生きしてますね」
そうか、と答えたが、自分でもそれは分かっている。不謹慎だが、数年ぶりにやる気が漲っている。
「俺は帰るぞ」
そう言うと、お疲れ様ですと言って裏生は戻って行った。そのまま署を出て署の前の電停から路面電車に乗った。松山は、比較的穏やかな街だ。今も板張りの床を持つ路面電車が走り、電車の中は皆おとなしく、うるさくする乗客は1人もいない、しかし、時代も変わったと感じる、皆が、ずっとスマホと睨めっこしている肘本も一昨年スマホに変えたが、最低限のことでしか使わない。そこにいる自分がひどく異質なものに思われて自分の最大の抵抗として、手帳を取り出して事件と睨めっこだ。もう一度事件を見返していると、自分が何故この事件に思い入れが激しいのか、その一端が分かったような気がする。この事件は自分と同じなのだ、ひどく、この穏やかな街から浮いている、もちろんこのスマホのこともそうなのだが実は肘本も西伊予高校の前身熟田津高校の生徒なのだ、そして熟田津高校と熟田津中等教育学校が合併し、西伊予高校になった。まあ、ろくに勉強せずに遊び呆けていたが、まあそこも街から浮いていた点だが、この県の県民性はとても穏やかで勤勉だ。だから肘本は余計浮いているような気がした。電車の窓に顔が映る。顔には皺が目立ち始めていて髪はボサボサ、これでは浮浪者だ。電車がいくつかの駅を過ぎて停まる。どうやら着いたようだ、道後温泉駅だ、駅舎はレトロな感じで三角屋根のの駅舎向かいにはからくり時計、足湯それに人力車の待場観光客に人力車の夜のコースを説明している、その横に道後商店街。からくり時計を見てみると8時を少し過ぎていたどうやら以外に会議に時間がかかったらしい時間を確認して道後商店街のアーケードを進んで行く。中ほどまで進んで路地を左に折れる、そうするともう築30年を超えている家に着く。だが、肘本はこの木造二階建ての家が気に入っていた。土地は父から受け継いだもので広く、この周辺ではそこそこの広さだ。
「ただいま、」
そう言うと妻が出てきて俺を迎える。こんなワガママな亭主によく付いてきたものだと思う。それで事件への意気込みが高まるのを感じる、この穏やかな妻の笑みを守りたいと柄にもないことを思いながらリビングに入って行く。
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