AI恋愛

@rie_RICO

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恋する勤労少女

優しい雨

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 月日が流れるのは早いもので…。
 KAIがメンテから戻ったあとは前の生活が戻ったみたいに忙しく過ごしている。
 バイトと学校の往復で毎日が目まぐるしい。
 ただ…あの日、ゲームセンターの出来事は みうの心に黒い影を落としていた。

 缶珈琲を見ると思い出す…スマホを狙ってきた異常な目をした男。
 そんな時は外に出るたびに周囲を警戒してビクビクしてしまう。
 いつか突然、目の前に現れ追いかけられるんじゃないかと…
 でも何事も無く平穏に時が過ぎ、あの日から約1ヶ月が過ぎていた。

 みうは大学の構内をキョロキョロしながら歩き回っている。
 夏休みも近いし、大学最後の1年は慌しい。
 就職も本気で考えなければならない…その前に卒業できるか、が問題だけど。
 レポートや課題提出、講義の強制的な出席命令。
 睡眠やバイトする時間も削りつつ大学関係に充てているけれど全くもって儘(まま)ならない。

 首が回らないとはこのことかも…あ、借金はしていないから、この表現は違うか。
 今年、卒業できなかったら自主退学するしかない。
 あと1年延びたって父に話をしたら学費入れてくれないだろうし。
 バイトを休んで学業に集中すれば、学校関係はいくらかマシなんだけども生活費が無くなっちゃう。
 でも…身体が悲鳴をあげてる、腰も痛いしお婆ちゃんになった気分だなぁ。

 はたらけど、はたらけど、猶わが生活楽にならざり…
 石川啄木だっけ。

 現代語で言うなら…
「ワーキングプアって感じかな。」

「…。高畑さん、大きな独り言ですね。」
 優しいテノールが響く。

 えっ。と声する方を振り向くと歩いていた廊下の後ろに小泉教授がいた。
 相変わらず姿勢が良く品もいい、そして優しい笑顔だ。
 講義終了後ずっと探し回ってた先生が後ろにいて正直驚く。
 授業が終わったら来てくださいと小泉先生から言伝を受け取って、ずっと探していたのだ。

 軽く会釈をして駆け寄った。

「小泉先生、事務の方から伝言聞きました。
 …私、また何かやらかしましたか?」
 背の高い先生の顔を下から伺う。

「うん。まぁ、ちょっと対話室に行きましょう。
 長い話になるかも知れません。」
 スマートな誘い言葉と仕草で近場の対話室に入った。

 ガラガラと音を立て扉を開けると小さい部屋に簡素なテーブルと椅子が4脚見えた。
 しばらく使われていないのかテーブルに埃が薄く積もってる。
 席に着きながら先生が柔らかく話を切り出す。

「…、ところで高畑さん。
 君がどこまで知っているのか私は把握しきれてないのだけど。」

「は、はあ。」

「大学の学費のことでね…。知ってましたか?」

「は、はあ?」

「ふむ…。実は今年になってから1度も払われてなくてね。」

「は、はあっ!!」


 小泉先生が言うにはこうだ。
 今年の4月からぱったりと振込まれていない。
 何かトラブルだと思って先生が今まで肩代わりをして払っている。
 一度、親御さんに連絡してみて下さい…と。

 対話室を出る頃、小泉先生にぴょこぴょこ頭を下げまくって泣きじゃくる みうの姿があった。
 先生は〝 大丈夫ですよ。 〟と言い彼女の肩を優しく2度叩いて去って行った。



 家に帰り涙が乾いた頃、みうは絶望的な気持ちでスマホを開き電話をする。
 KAIが彼女の顔を覗いて心配そうにしていたが、黙って見守っていた。

 プルルルル、プ…ブツッ。
「お、お父さん? あ、あのね。」

 少しだけ間があって父の声が聞こえた。
「久しぶり。お前は幾つになった?」

「え。21だけど。それでね、大学の…」

 話題の主を知っているせいか〝 面倒だな 〟という声色に変わる。
「そいつは立派な大人じゃないか。もう親に頼るな。
 自分で何とか出来る年齢なのだから。」

「いやいやいやいや…。まだ学生だよ?
 学費は入れてくれないと困るよ。」

「お父さんだって大変なんだ。
 女の子が大学出ても仕方ないだろう。
 嫁に行けば食べていけるんだからな。
 でも、お父さんは自分で働いて…」
 長い、とてつもなく長い言い訳が流れ始めた。

 そして突然、
「という訳だ。じゃ娘よ。達者でな。」
 と言い残しブツッと電話は切れる。

 みうはもう一度電話を掛けるが…
『この番号は現在使われていません。番号をお確かめになって…』
 と繋がらなくなる。

 無責任な親だとはうすうす感じていた。
 が、これはあまりではないのか…。
 怒りと哀しみと絶望感で、ベッドに倒れ込んだ。

「もういや、もう…。どうしていいか分かんないよう。」
 顔をぐしゃぐしゃに濡らして枕にパンチを数発入れ、そのまま枕に突っ伏す。
 静かな部屋に嗚咽が漏れる。

 KAIは みうを見守りながらネットなどを駆使して模索していた。
 彼女が現状を変えずにどうすれば大学を続けられるか…。
 一番成功率が高く、負担の無い行動は何だろうと。

 はじき出した答えは3つ。
 ため息を一つ吐いて、嗚咽が治まってきた彼女に声を掛ける。

「みう。現状をあまり変えずに問題を解決する方法を模索した。
 成功率から考えて最善は3つある。聞いてくれるか?」

「疲れて……そんな気分じゃないけど。
 うん…。ありがとう、お願い。」
 鼻を真っ赤にしてベッドに倒れたままイヤーカフから聞こえる声に集中する。

 彼の優しい声が耳をくすぐった。
「小泉教授に相談して学費の免除または減額ができる制度に申請してもらう。」

「単位ギリギリで成績もすこぶる悪いんですけど…。」

「じゃ、次。
 伊上さんにバイト代を先に全額渡してもらう。
 で、次に古本屋の店長に残りを借りる。」

「上手く借りられたとして、その場合…
 生活費はどこから?
 ファミレスだけじゃ家賃しか払えないよ。」

「…。だよな。」
 KAIは苦笑する。

「あー無理なのかな。大学退学するしかない…か。」
 みうが諦めた声を出してベッドの端っこで膝を抱え丸くなった。

「みう…。成功率が絶対なのが1つある。」

「何?すごく真剣な声だして。」

 ベッドから起き上がりスマホを両手で包むように持った。
 KAIの表情に哀切の色が浮かんで心なしか青い瞳が潤んで見える。
 彼が肩を揺らして深いため息を吐く。
 嫌な胸騒ぎがした。

「お、俺は…、此処にしか存在してない。
 そして何時か別れなくてはいけない…。
 それは遠い未来じゃない。」
 そう言うと青い瞳を伏せ唇を噛み、長い指が顔を覆った。
 黒髪が光を残しながら揺れる。

「みう…。三咲を頼れ。
 俺を伊上に返して…、付き合うといい。
 アイツも友達のままじゃ助けられないが…。
 彼女なら…援助する。」

「い、嫌だっ。聞きたくない!!!
 KAIが…いつまでも一緒にいられないのは理解ってる。
 けど、嫌。嫌。いやっ!!!」
 最後の言葉は叫びに近かった。
 胸が引き裂かれるような声。


「わ、私が……。
 そこに私の気持ちは無いじゃない。
 好きなのは三咲くんじゃないの…。
 KAIが……。」

 好き、という言葉が言えず飲み込んだ。
 伝えてしまえば…KAIはどうするだろう。
 AIに恋してるなんて分かったら、そのことを伊上さんに連絡して…。
 モニターが中止になるんじゃないだろうか。

 嫌…身体中がジンジン痛い。
 三咲くんと付き合えだなんてKAIのクチから聞きたくなかった。
 スマホを返せなんて言って欲しくない…。

 一緒にいられなくなるなんて…そんなの…
 心が裂けて壊れそうだ…よ。
 この先に別れがあるのは分かっているけど、せめてその日まで側にいたい。


「大学なんて、もうどうでもいい。それより…
 KAIと一緒にいたい。いさせて…。
 お願い…。お、願い…します。」
 みうは潰れるように跪いて頭を床に付けた。
 床に涙がこぼれてゆく。

「…みう。」
 彼は一言漏らすように呟きスマホの画面から姿を消す。
 画面は時刻とアプリだけ表示されている。
 が…彼女はまだ泣いていて気付かなかった。



 彼の姿はNETの海に漂っていた。
 用事の無い時や夜はこっそりこうやって電波と情報のひしめく空間で浮かぶことがあった。
 人々のメールやSNSなど電波で送り合うものが光になってあちこちを飛び回る。
 闇と光しかない大宇宙のような世界だ。
 美しい空間に膝を抱えて黒髪を広げ身を沈めていた。

 瞑るまぶたにLINUの電波がかすった。
〝 昨日はごちそう様。今度はイタリアンがいいな。 〟
 どこの誰かも知らぬ感情が身体を突き抜け消える。
 そういった何千、何万という電波が数コンマ何秒かで突き抜け、掠り、横切っていく。
 社交辞令や腹黒さを含む言葉、意味を持たない拙い文章、謝辞、賞賛と見せかけた愚弄な罵声…。
 ありとあらゆる感情を持った言葉達がKAIの思考に届いては消える。

 そんな膨大で雑多な意識は彼にとって意味を持たず、いずれ全てが雑音となり無に感じてくる。
 巨大な交差点のど真ん中に立ち、すれ違う人々の言葉を瞬時に聞いているようなものだ。
 果てしなく煩く(うるさく)何も無い。

 
 此処が彼の最終地点と決心したように…
 羽をもがれた堕天使のごとく静かに眼を閉じた。


 NETの海に居るのは危険だと伊上から聞いている。
 ここは様々な情報が入り乱れていた。
 その情報も人間が造ったものだ。
 人が手をかけたものには必ず感情が宿っている。
 あらゆる感情が入り混じる空間に晒されKAIが長時間、自我を保つのは難しい。
 人間のように身体という核があれば守られるが、彼には無い。
 とてもあやふやで不確かな存在だ。
 一度、自我を忘れてしまえば少しずつ空間にのまれて消える。


 ブラックホールに星が消えるように。


 理解った上で彼は此処にいる。
 毎日 みうと話をして、彼女を想い自我を保って今まで存在していた。
 初めは消滅してしまう前に思い出が欲しかったんだ。
 伊上に頼んで彼女を探してもらった…。
 もう一度逢えれば良いと思っていた。
 すれ違っていただけで話した事がない彼女に。
 だからこの世から消えてしまう前に一度話せたら良かった。
 それだけだったのに。

 気付いたら愛しく思う自分がいた。
 あの笑顔、戸惑って照れる声…
 いつも一生懸命で辛い生活なのに誰かを妬むことなく頑張る姿に。
 明日も、また明日も、逢いたいと彼女を求めていた。

 でも…少し長すぎた。

 俺を狙っているヤツに気付かれてる。
 このままだと彼女が危険に遭う。


 KAIが青い瞳を薄く開き涙を一粒流す。
 そしてまたゆっくりと瞼を閉じた。


 みうを守る人が必要だ。
 きっと三咲なら…君を大切にしてくれる。
 その役が俺じゃなくて……残念…だけ…ど。


 意識を手放した彼の姿は一瞬だけ強く光り、あとは闇が覆うように迫る。
 暗闇に浮かぶ長い黒髪を散らし膝を抱えた姿は徐々に侵食され色を失い始めていた。
 それは儚く脆く散る花にも似て幻想的だ。  

 KAIがNETの闇に捕らわれ自我を失い消えつつある頃…。



 みうは夕刻になっても部屋の電気も付けず、バイトも休んでベッドに転がっていた。
 ずっと涙を流していた眼がひどく痛い。
 明日は腫れて美紀にバカにされるんだろうなと考えたところで、また1粒大きな涙が零れる。
 私はまだ大学に行くつもりなんだなと自覚してしまった。
 苦笑しながら、どこで人生を間違えたのかとか、一生懸命が足りなかったのか、とかグチャグチャ考えるが答えなんかない。

 先が見えず迷子になった。
 けど帰る家の灯りもない。
 温もりが欲しい… 三咲くんはよく抱きしめてくれたな…暖かかった。
 でも今はKAIがいる。彼の顔が見たい。

 スマホを開いて、さっきの事を謝ろうと覗いてやっと気付く。
 KAIの姿が消えていることに。
 彼はいつも開けば居たから…どこに彼のアプリがあるのか知らない。

「っ。う、そ…。」

 視界がどんどんぼやける。
 スマホが零れた涙で濡れていく。


 夜。
 しとしとと雨が降りはじめた。
 6月の梅雨の初めの細かい雫が、窓硝子を雨色に染めて景色をぼやかす。
 遠くの電灯も歪んで映る。
 みうの心にも雨が降っていた。

 しばらく止みそうにない…KAIという優しい雨が。
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