AI恋愛

@rie_RICO

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恋する勤労少女

アイリスの花束を

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〝 早くっ、急いで! 〟

 みうは傘もささずにスマホをポケットに入れて家から飛び出した。
 少し走るだけで細かい雨が顔を打ち前髪が額に張り付く。
 こんな雨の夜では酔っ払いすら居ず、大通りに続く細道にはバーやスナックの灯りがぽつぽつと寂しく点在するだけだ。

 静かで肌寒い梅雨の夜。

 夜の雨は身体の体温を容赦なく奪い、吐く息まで少し白い。
 手や足が冷えて少し痺れていた。
 涙は未だ止まらず目の前の景色を歪め、足がもつれ倒れそうになる。
 泣き叫び続けて声が枯れていた。
 ボロボロだ。

 けれども一度も足を止めることなく大通りに出て指示された場所を探す。
 これが最後の頼みの綱だ。
 KAIを助けるための。



 KAIがいなくなってスマホを調べてみたが自分ではどうにも出来ず、なんとか涙を止めて伊上さんと連絡を取った。
 遠隔でデータを調べてもらい現状が異常事態であることを知る。
 
「理解ったわ。よく連絡してくれたね。
 こちらから車を寄越すから、そこから一番近い大通りで待ってて。」

 伊上さんから道路にある目印を教えてもらった。
 そこに無人の黒いタクシーを寄越すという。
 ほぼ枯れた声で〝 了解しました。 〟と答え家を飛び出た。



 大通りに出ると傘をさして歩く人や、カッパを着て自転車で家路へ向かう人々が数人いたがいつもより静かだ。
 道路の目印を目を凝らしながら慎重に早足で探した。
 銀色の10円玉サイズのコインのようなものが路肩の近くに埋められているらしい。
 夜なら反射するので見つけやすいと言ってた。
 時々通る車のヘッドライトが頼りだ。

 軽自動車が猛スピードで走り去るとき目の端で小さい光を見た。
 今いる反対側の路肩だ。
 キラリとした丸い形を認識した気がする。
 軽く左右を確認した。
 遠くから走ってくる車がいたが焦る気持ちに逆らえず思わず走り出す。
 車は みうが走り渡るギリギリで真横を通過していった。
 その勢いで足がもつれ倒れ転がりながら路肩に着く。

「っ。痛たた…」
 道路に溜まった雨水でぐっしょり濡れた身体を起こして立ち上がり目印を確認する。

「あ、あった。これだ。」
 伊上さんの説明どおりの不自然な銀色の反射物が道路に埋められていた。
 顔を上げるとタイミング良く黒いタクシーが目の前に停車し後部座席が開く。
 中を覗くと誰もいない…躊躇しながらも乗り込んだ。


 同じ頃…。
 三咲くんがバイト帰りにスポーツカーで大通りを走っていた。
 梅雨の細かい雨は鬱陶しくフロントガラスを覆い尽くす。
 ワイパーを時たま手動で操作していた。
 夜の雨道は道路が光って歩行者が見えにくい。
 まして細かい雨には撥水が効かず、フロントガラスに小さい無数の水滴が散らばり視界を奪う。

 ワイパーをまた動かしたとき、遠くで人が道路を横切る影を見た。
 こちら側に来た気が…。
 渡る途中で対向車と接触し転んだようにも見えた。
 速度を落とし、ゆっくりと近付くと見覚えのある背格好。
 しかもぐっしょり濡れていた。

「あれ? みうちゃん?
 傘もささず何してるんだろ。」

 声をかけようとソロソロ近付くと後方から黒い車が追い越し前へ割り込む。
 猛スピードで入り込み前で停車し、後部座席に彼女を乗せて行ってしまった。
 その一連の行動は流れるように早く一瞬で見失う。

「う、そ…だろ。」
 三咲くんは寒気に襲われる。
 見間違いでなければ、いま彼女が乗った車は無人だ。
 扉が開いたとき車内が点灯し、どの席にも〝 頭 〟が見えなかった。

 運転手がいないのに走る車…。
 技術的に考えられなくはないが、まだ常識ではない。
 それにぐっしょり濡れた彼女?
 濡れた女に無人のタクシー、ってホラーにしかならない。

「…ははっ。いくら彼女が恋しいからってこんな幻影を見るなんて。」
 今日は久しぶりに逢えると思っていたのに彼女が急にバイトを休んでガッカリしていた。
 礼美には嫌ってほどくっ付かれて疲れてた…だから見間違えたんだ。

 きっと、そうだ。

 彼は背筋に冷たいものを感じながらも冷静を装い家路へ向かった。


 一方、やっとタクシーに乗り込めた みうは…
 三咲くんに目撃されていたことも知らず後部座席に濡れた身体を沈めてため息をつく。
 伊上さんの言う通り誰もいない車内は異様に静かだ。
 法定速度を守りつつもスピードに乗り揺れもほとんどなく快適。
 前を覗くとハンドルが器用に小刻みに動いている。

「自動運転車…伊上さんなら何を作っていても不思議じゃないな。」

 ぽつりと独り言を漏らしながら何故いままで疑問に思わなかったんだろうと気付く。
 伊上さんの技術があれば名前が知れ渡るぐらいの有名人になっていてもおかしくない。
 でも聞いたことがない…家にTVがないから最近のことは分からないけど。

 まだまだ知らないことだらけだ…。

 でも今はKAIのことが大事。
 1秒でも早く伊上さんにスマホを渡さなきゃ。

 気がつくと車は見たことがないトンネルの様な所を通っていた。
 白い壁が新しい。
 そこを出たところで緩やかに停止し後部座席のドアが開く。
 ここで降りろということなんだろう。
 ゆっくりと降りると巨大な建物の前に止まっていたことが分かった。
 建物には似つかわしくない入口と思われる小さな扉がある。
 その前に見知った人がいた。

 みうは思わず駆け寄った。
「伊上さん!」

「話はあと。
 みうちゃんが来るまでに遠隔でプロテクトを3重に掛けたわ。
 でも、そんなの気休め。時間稼ぎにしかならない。」
 伊上さんは説明しながら みうを建物の奥へと連れて行く。

「いつも来てくれていたエレベーターはこの建物につながっていたのよ。」
 しばらく歩いたあと、そう言って扉の前で網膜認証をする。

 大きく頑丈そうな扉が開いた。
 中はいつも通っていた空間が広がっている。

「こっちよ。白衣を渡すから全部脱いで着替えて。
 下着も脱いでね。」
 小さな更衣室のような所で伊上さんと2人きりになった。

「え…。」
 濡れた上着を脱ぎながら戸惑う。
 確かに聞こえた…下着まで脱げ、と。

「あ。そっか、何が起きているか分からないんだよね(苦笑)
 きーちゃん!カウントダウンは?」
 更衣室の外に待機しているきーちゃんに声を掛けた。

「約2時間36分デス。
 作業時間ヲ 考慮シテ 40分デ〝 ダイブ 〟ガ理想デス。」

「40分か。じゃ説明しながら用意しよう。
 みうちゃん、この更衣室で着替えて。
 話すから。」

「…。分かりました。」

 着替えをしながらKAIの今の状況を聞いた。
 ざっくりした説明だったけど分かりやすく急いでいた意味がやっと理解できた。
 NETの空間に身を投げて消えようとしている…まるで自殺しようとしてるって。
 理由は、そう…私だよね。

 伊上さんが遠隔でプロテクト(保護プログラム)を強制で掛けて何とか食い止めているけれど、KAI自身のプログラムが壊れるのも時間の問題。
 彼が自分で戻る意思を持って抜け出るか、助けに行って戻すか。
 前者は無理だろうって。
 時間が経ちすぎて自我を失いかけているから自力では難しい。
 それで後者に賭けるらしい。
 私が…、一時的に意識をKAIのところまで飛ばして連れて来る…この行動を〝 ダイブ(飛ぶ) 〟と呼んでいるとのこと。
 今までの繋がりが強ければ出来るかもしれない…そう言ってた。


 準備が終わり みうは病院でよくあるような硬いベッドに、裸に白衣を着た姿で寝かされていた。
 周囲には様々な機材、医療機器が並ぶ。

「…そんなに点滴が苦手だったのね。」
 伊上さんが苦笑しながら言った。

 一瞬の注射は耐えられる、けれどもずっと刺さっているのはやっぱり苦手だ。
「…は、い。でも、頑張ります。」

「麻酔を入れるね。眠っている方が安全なの。
 意識が無事に届いたらKAIを連れてきて。
 1時間経っても目が覚めなければ強制で起こすわね。」
 点滴のゴムの部分に注射器を刺しながら〝 大丈夫 〟と微笑んだ。

 みうはこくんと頷き聞く。
「どうやって連れ出すんですか?」

「それは会えれば分かるわ。
 KAIが自我を取り戻せば自動的に戻れるはず。」

〝 時間が無いの。お願いね 〟と言う伊上さんの声が、ぼんやりと耳に届いた。
 途端に先程まであった緊張感は失せ重力に吸い込まれてゆく。

 ああ、そっか眠るんだっけ。


 感覚だけが、下へ下へと急降下で暗闇に堕ちているけど目は開かない。
 螺旋を描くように回っているようにも、ただ垂直に落下してるみたいだけど示唆する風も無い。

 凪いだ穏やかな暗闇を果てしなく下へと向かう。
 温度も匂いも感じない世界。
 自分が溶けたかのような錯覚。
 慣れてきて少しだけ周りが見えてきた。

 目に映っているはず…なのに何も見えない、いや違う闇が広がっているんだ。
 圧倒的な暗闇に飲まれるように浮かぶ?…横たわって沈んでいるのかな。
 かろうじて自分の身体だけは認識できたが若干焦る。
 裸だった。

 意識だけダイブするのだから、生まれた姿でいて当たり前か…。
 両の手のひらを目の前に広げるとぼぅっと光る。
 見える範囲の身体は全て蛍のように淡い光を放っていた。
 これが私…。これが伊上さんの言う核というもの。
 上下左右も無い、ただの暗闇の中で確かに存在を認識できる自分の身体。

 ハッとした。

 瞬時に景色が変わる。
 自分自身を認識したその一瞬で、まとわりついていた闇が少し遠のく。
 代わりに無数の流星群のような大小さまざまな光が飛び回るのが瞳に映り込んできた。
 それらは避けることが出来ないほどの数で、飛んでいく距離も時間もまちまちだった。
 触れると誰かの感情が心に流れてくるが数が多くて全く理解できない。
 耳を覆っても身体をよじってもずっと心がざわめく。

 うるさい。果てしなく止まらない…。
 怒ったり哀しくなったり…自分の心がざわついて落ち着けずイライラしはじめた。
 これならさっきの暗闇の方がマシだ。
 光に当たると他人の感情が心を掻き乱しては消えてゆく。
 ずっと居たら自分の気持ちすら分からなくなりそう。
 すごく気持ち悪い。
 ああ、でも何でこんな所に来たんだっけ。
 思い出そうとすると光の中の雑多な声がうるさくて…。
 考えられない…。
 ゆっくり瞳を閉じた。

 自分の気配を消して、両耳を押さえたまま意識を閉じ込めて光の感情から逃げる。
 すぐにザワザワしたものが消えて静寂が訪れた。
 ゆっくり目を開けたが、何も感じない、何も見えない。
 暗闇に呑まれていく…。
 まとわり張り付く闇に侵食されるような感覚が走り、驚いて自身を確認した。

 瞬時に闇が遠のき、代わりに煩い(うるさい)光が降り始める。
  
 ふぅ…、かなり参るけど光の中の方が安全みたい。
 そっか〝 無になる 〟って、さっきの暗闇と同化するのか…。

 これがKAIを包んでいる闇、蝕む空間。
 KAI。ああ、そうだ!貴方に逢いにきた。
 何故? 好きだから…それだけ。
 ううん。違う…。

 愛しているから。
 出逢ってすぐ恋に落ちた。
 この気持ちまだ伝えてない。

 KAI、何処? お願い教えて。
 ずっと側にいて欲しい。
 貴方が必要なの。

 みうは必死に光と闇の中を探していた。
 場所なんて分からない。確証もない。
 だけど何故だか引き寄せられる方向があった。
 その勘に素直に従う。
 自分自身を信じて。
 KAIと自分の繋がりは絶対だと強く思って。

 どれぐらいの時間が経ったのだろう。
 身体の苦しさは無いのだが、心がヘトヘトに疲れていた。
 こんな感覚は初めてだ。
 まだ、もう少し、と伸ばす手も動かなくなってくる。

 あまり遅いと伊上さんに戻されちゃう。
 まだ見つけていない。
 もしかしたら、もう……。

 ふと指先に今まで感じたことの無い感触が伝う。
 柔らかくフワッとした…。
 心が疲れて閉じかけていた瞳を開ける。

 花だ。
 白い…これは、何だっけ。
 とても綺麗な白い花の花束。

「思い出せそうで、思い出せない。
 この花の名前…。」
 つい呟いた。

『みうちゃん。聞こえる? もう…タイムアウト。
 これ以上は危ないの。今から起こす。』
 伊上さんの声が心の中で突然の終わりを告げてきた。

「ま、待って。まだ見つけていない!
 伊上さん!!!」

 夢中で花束を掴んだ。
 花を抱えたまま高速で闇と光が消え失せる。
 胸の中の花束がふわりと香った。
 闇が消え現実の世界に変わっていく最中に思い出す。
 ああ、そっか…この花って。
 そこで意識が途切れた。


 ……光だ…眩しい。
 瞼の裏が明るくて身体が異常に重たくて目を覚ました。
 背中に硬いベッドの感触がある。
 頭を振ると軽い眩暈が襲った。
 ゆっくりと目を開けるが身体は動かせない。
 頭上で電子音が規則正しく鳴るのが聞こえる。


 戻ってきたことを実感しながら、掴んだ花の正体を思い出したことを考える。
 あれは、白いジャーマンアイリスの花束だった。

 確か
 ジャーマンの花言葉は…〝 燃える想い 〟
 アイリスの白は〝 君を大切にする 〟だ。

 頬を生温いものが伝ってゆく。
 何故だか心が痛くて涙が止められなかった。
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