大神官様に溺愛されて、幸せいっぱいです!~××がきっかけですが~

如月あこ

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【10】本部到着

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「わぁ、カーン帝国とは全然違うのね」

 ワリュデリン聖国の首都を眺めながら、アリアドネはつぶやいた。

 カーン帝国では安価な食事や食糧を販売する露店が多く見られたが、ワリュデリン聖国には露店がない。
 舗装された道も人々も清潔で、都そのものが美しかった。

 ワリュデリン聖国は大陸でいち早く『国民平等』の理念を掲げ実践した大国で、その生活基準はカーン帝国と比べると遙かに高い。
 都以外の地方でも多少の差はあれ、国民が決められた水準以上の生活を営んでいるというから、驚きだった。

「アリアドネさんって、学校には通ってらっしゃらないんですよね?」

 窓の向こうから話しかけてくるアランに、馬車に乗っているアリアドネは頷く。

「孤児院にいた頃、牧師様に教えてもらったことがすべてです」
「それにしては、時々……こう、平民なら知らないようなことをおっしゃるような。……思考が、というか……んー、うまく言えないんですけども」
「あ、牧師様の部屋にあった本を読むのが好きだったので、本から得た知識かもしれません。牧師様は元々貴族の方で、本も政治云々のものが多かったんですよ」

 アランは、なるほどと納得したように頷いた。
 ふと、咳払いが聞こえた。
 ステュアートである。
 彼の笑顔が若干強ばっている気がして、アリアドネはあっと口元に手を当てた。

「すみません、図々しく上がり込んでしまって」

 アリアドネが今いるのは、ステュアートの馬車である。
 もうすぐフューリア教本部につくというので、仲の良い姿を見せるためにも同じ馬車に乗るよう、ステュアートから言われたのだ。

「やっぱり私、降ります。この速度だったら、歩くことも出来ますし」
「えっ、大神官様の妻になるアリアドネさんを歩かせる訳にはいきませんよ! 馬には乗れますか?」
「いえ、馬は乗ったことがなくて……」
「でしたら、俺の前にどうぞ」
「いやいやおかしいですよね!?」

 張りのある声に、アリアドネとアランはステュアートを振り返った。
 口の端をぴくぴくさせる彼は、明らかに不機嫌なのになんとか笑顔をつくろうとしている。

(プロだわ!)

 そんな場合ではないのに、アリアドネは笑顔でいようとするステュアートに感銘を受けた。

「アリアドネさんは私と婚約したのですから、他の男と馬に乗るなどありえません」
「では歩きます!」

 アリアドネが乗っていた馬車は、帰りの道中に寄付された品々でいっぱいになっている。
 元々、予備であることの他に、お布施を運ぶための用途もあったらしい。
 だからステュアートは、理由をつけてまで同じ馬車に乗るように誘ってくれたのだろう。

「妻にする女性を歩かせる訳にはいかないでしょう?」
「でも――」
「あ、ああ! いやぁすみません気が利かずに! 俺、ちょっと離れてますから~」

 アランが、明らかに気を利かせて、馬車から離れた。
 そんな必要ないのにと思っていると、盛大なため息をついたステュアートが窓から顔をのぞかせて離れていくアランを呼び止めた。

「あなたは近くにいてください。ここはですから――」

 途端に、盛大な黄色い声があがった。
 ぎょっとするアリアドネは何が起きたのかと辺りを見回す。外が見られないのでほとんど意味が無いのだが。

(歓声……? それにしては泣き声も……咽び泣き? 歓喜の嗚咽みたいな……)

 ステュアートがにっこり微笑むと、さらに声が大きくなる。
 歓声はステュアートが首を引っ込めて窓を閉めてからも、しばらく続いた。

 こっそり窓の外を見ると、いつの間にか馬車の隊列に沿って人だかりが出来ている。以前カーン帝国で見た、皇太子が帰国した際のパレードのようだ。

「遠征の際はこうしてフューリア教徒の方々が応援してくださるのですよ」
「さすが大神官様ですね」
「ステュアート、とお呼びくださいと申し上げたではございませんか」
「はい、ステュアート様」

 ステュアートは満足そうに頷いて、すっと姿勢を正した。
 アリアドネはドキドキする胸をそっと押さえる。ついに、ワリュデリン聖国の首都まできたのだ、緊張しないはずがない。

(頑張るわ。困ってらっしゃるのに、助けてくださったのに、見て見ぬふりは出来ないもの)

 アリアドネは自分の内側から湧き上がる信念に後押しされるように、気合いを入れたのだった。

 ◇◇

 ステュアートは姿勢を正したアリアドネを見て、苦笑する。

(この私の妻になる自覚が出てきたようで何より。……このまましっかりと、防波堤の役割を担っていただきましょう)

 フューリア教では、大神官は一夫多妻制が許されている――というよりも推奨されているのだが、ステュアートはそのようなことは望んでいない。
 女は厄介だし、二世神官に関してもあまりよいイメージがないのだ。

 妻はアリアドネだけでよい。
 彼女にはほかの女を退けてもらう大切な役割があるのだ。
 万が一、アリアドネが争いに巻き込まれて他界すれば、そのときは傷心を理由に妻をとることを拒み続ければ良い。

(そうです、従来の予定通り――)

 ちくり、と胸の辺りに痛みをおぼえて、手を当てた。

(……? ああ、私の妻になるのですから、そう易々と他界させるわけにはいきませんね)

 妻を娶るということは、評判を左右する出来事だ。
 それなりにかまってやり、甘い蜜は吸わせてやらねば。

 最初は不慣れだろうから、ステュアートが手取り足取り生活のことを教えてやろう。なるべく傍についてやれば、不安も軽減するはずだ。
 祖国を懐かしく思うかもしれないから、カーン帝国風の部屋を整えてもよい。

「ステュアート様、よろしければ横になりますか?」

 アリアドネを見ると、彼女はニコッと微笑んだ。

(……やはり、平凡女でも恋する乙女というものは可愛いのですね)

 これまで女に対して可愛いなどと思ったことは無かったが、アリアドネは近々妻になる女だ。
 ステュアートに惚れ抜いているから、その笑顔もより可愛いのは当然なのだろう。

「こほん……横になる、とは?」

 一瞬とはいえ見惚れていたことを恥じるように、ステュアートは咳払いをした。
 やや声が厳しくなってしまったが、アリアドネは怯むことなく同じ調子で続ける。

「お疲れでしょう? もう少しだとは思うんですけど、着いたときに動けるよう、少し横になってもいいんじゃないかなって思ったんです」
「そうですか」

 ぱしぱしと膝を示すアリアドネに促されるまま、ころんと寝転がる。当然のようにアリアドネの膝に頭を乗せてから、あまりに無防備な自分の姿に気づいた。

(まぁ、いいでしょう)

 何か起きた時にすぐ対処できるように、と留意して、そっと目を閉じる。
 アリアドネが小柄だからか、膝枕の高さもちょうど良い。

 痩せているので固いかと思ったが、意外に柔らかかった。
 何より、ふわふわとアリアドネの香りがより濃厚に香ってきて心地が良い。

「姿勢はしんどくないですか? 背中とか、腰とか、お、お尻とか」
「問題ございませんよ」

 やはりアリアドネは、ステュアートと二人きりになりたかったのだろう。
 遠征の間、一度もステュアートの馬車に相乗りしてこなかったのは、遠慮していたのかもしれない。

(失念するところでした。アリアドネさんは、たった一人私の元に嫁いでこられるのですから、私が気を配らないといけませんね)

 菓子や座布団を準備しても、アリアドネはそのことを知らないのだ。
 だから、何日もアリアドネの来訪を待つのではなく、ステュアートから誘えば――。

(――いえいえ。ですから、それだと私の身に危険が……ん?)

 額から頭にかけてふわりと温かいものが触れて、うっすらと目を開く。
 アリアドネが女性らしい優しい手つきで、ステュアートの目にかかりそうな前髪をそっと横に避けてくれていた。

 彼女の表情は、とても穏やかで慈愛に満ちている。

(……まぁ、襲われても所詮女の力。どうとでもなりますし、問題ありませんね)

 それに初夜ではどのみち肌を合わせるのだ。
 言い訳をして先延ばしにする手もあるが、そこはやはり夫としてやり遂げなければならないだろう。

(初夜について調べておかねば……)

 なにせ、ステュアートにとっても初夜は初めてだ。
 これまで妻もいなければ恋人もいなかったし、立場上、一晩限りの相手というのもいなかったのだから。

 穏やかな時間はあっという間に過ぎて、馬車はフューリア教本部に到着する。
 馬車は荘厳な門扉をくぐり、舗装された馬車道を進む。

 途端に、窓の外に見えていた信者の姿が見えなくなって、代わりにさやさやと風に揺れる木の葉の音が聞こえた。
 雑木林が馬車道の左右に続いており、道の先には針葉樹によって仕切られた長い道が続いている。

「すごいですね、大庭園みたいです。ここも、首都ですよね?」

 感嘆の声をあげるアリアドネに、ステュアートは頷いた。

「フューリア教本部は、ワリュデリン聖国の首都にございます。先程の門扉から続く塀の内側はすべてフューリア教の敷地なのですよ」

 敷地は、とにかく広大だ。
 フューリア教本部には大勢の神官と巫女が暮らしている。
 彼らの居住区は勿論、商品を売買する商業区や修行をするための訓練区も併設しているのだ。

 馬車は二つ目に見えてきた巨大な建物――フューリア教本部棟――の前で停車した。
 いつも通り悠然と馬車を降りると、出迎えにきていた神官や巫女たちが大勢いて辟易する。

「出迎えなど不要だというのに」
「まぁまぁ、一般の神官や巫女からすれば、大神官様は雲の上の人物ですから。こういうときしか姿を拝見できませんし」

 宥めるアランの声に、ステュアートは精一杯の作り笑顔で返した。

「承知の上で、不要だと申し上げているのです」

 聖職者として憧れの対象であることに不満はない。
 むしろ当然の義務として、彼らをより優れた神官、巫女に導かねばならないとすら思う。

 しかし出迎えにきている者のほとんどが、別の感情を持ってステュアートを見ているのだ。
 恋愛対象として見ている者、近づきになって出世したいと狙っている者、嫉妬をありありと浮かべている者。
 純粋にステュアートを尊敬している者たちのなかに、そういった者たちが結構な数で紛れているのだから、不快にもなるというものだ。

 ステュアートは出迎えの者たちのことは相手にせず、アリアドネに手を差し伸べた。
 彼女は微笑みながらステュアートの手を取り、馬車を降りてくる。

 出迎えにきていた者たちが、途端にざわつきはじめる。
 これまでステュアートは必要がない限り、女性に限らず、他者と一定の距離を置いてきた。
 ましてや、他人が見ている前で親密そうに振る舞うなどなかったのだ。

 ステュアートは、神官や巫女から見れば『理想的な神職者』なのだろう。
 それゆえに、憧れを集めやすく理想を押し付けられることも多いのだ。

 ここにいる者たちは、今回初めてステュアートが女性を個人的にエスコートしている姿を見たのだから、戸惑ったり不快感を示したりと、ざわつくのは当然の反応だった。

「アリアドネさん、このまま教主様のもとに向かいます。どうぞ、腕を」

 そっと腕を差し出すとアリアドネははにかんで、そっと優しくステュアートの腕に手を添える。

(――可愛い。…………くっ、平凡女のくせに)

 数歩歩いたところで、ふと、アリアドネが左側の人だかりを注視した。巫女たちが多く集まっている場所である。

「どうかしましたか?」
「あ。ステュアート様のお知り合いの方ですか? あちらの、綺麗な銀の髪の女性なのですが」

 視線をさっと巡らせるように確認すると、人だかりの後ろの方からじっとこちらを見ている銀の髪の女がいた。
 ステュアートは、大きく頷いた。

「ああ、彼女はリィナです。以前彼女の両親に世話になったので、彼女とも面識がございますよ」
「そうでしたか、やっぱり」
「やっぱり、とは……? そういえば、どうして知り合いだとわかったのですか?」

 アリアドネは、「なんとなくです」と恥ずかしそうにした。
 きっと、リィナがステュアートに対して特別に熱い視線を送っていたことに気づいて、やきもちを妬いたのだろう。

 なんだか、むず痒い心地がした。
 変な感覚を誤魔化すように、そっと肩を抱き寄せる。
 アリアドネが「ひぇ」と小さくつぶやいた。緊張しているのだろうか、身体も強ばっている。

「婚約者ですから、仲良くしましょう?」
「は、は、はい」

 どうやら緊張しているらしい。
 ステュアートに抱き寄せられて、胸をときめかせているのだろう。

 周囲からはまたざわめきが起きたが、ステュアートは素知らぬ顔で本部棟に入ったのだった。
 
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