不機嫌な先生は、恋人のために謎を解く

如月あこ

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第四章 隠された真実

4、

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 こういう事件のとき、決まって空閑くんがやってくる。
 今回も例外ではなかった。
「先生、お疲れ様でござる」
 眼鏡を二本指でくいっとあげながら、空閑くんが言った。隣には、真理亜ちゃんもいる。
 校門から出て、私が暮らしている自宅のほうへ歩き始めて、少しの場所。崩れたブロック塀が、個人所有の畑の手前に並ぶ一角に、ふたりはいた。
 今日は休校だから、ふたりは学校に束縛されない。とはいえ、自由に出歩いてもいいよ、という意味で休校になったわけではないのだ。
 そのことを窘めようとした私を制して、姫島屋先生が一歩あゆみでた。
「あまり関心できん行動だが、ちょうどいい」
「え、姫島屋先生?」
 ちょうどいいって、なにが?
「例の、沈め池から少し離れた場所にある廃病院のことだが、何か知っているか」
「ざっくりでござるなぁ」
「答えろ」
「しかし、まだメディアも嗅ぎつけておらぬ件。さすが、姫島屋先生でござる」
 空閑くんはうんうんと頷くと、誇らしげに顔をあげた。
「拙者が調べたところ、ネット上に情報はほぼ乗っていなかったでござる。ネット仲間に手伝ってもらい、僅かな手がかりから探ってみたところ、あの廃病院はもともと隔離病棟として多くの患者が生活していた、ということしかわからなかったでござる。所有者も不明。ここに村が出来たのが、明治初期頃で、その頃に交通手段が確保されたという情報があったゆえ、病院が出来たのも同じ頃だと推測できるかと」
「現在の廃病院の様子ですけど。今回の事件で村への規制が敷かれるまでは、若者たちのたまり場になってたみたいです。サバゲやってたのとは別の若者たちで、サバゲ班とたまり場班は交流があったとか。廃病院は、二つの建物に分かれているらしくて、サバゲ班は小さいほうをメイン基地として。たまり場班は、大きいほうを根城に遊んでるみたいで……あ、違法電波については、処分済みだって」
 すらすらと答えた二人に、私は唖然としてしまう。
 なぜそんなにすぐ答えられるのか。
 空閑くんは、過去の情報。
 真理亜ちゃんは、現在の情報。
 どちらも簡単には入手できないだろうに。
 何度目かわからないけれど、この二人は何者か気になってしまう。
「妹よ、ナントカ班というのは、さすがに失礼ではないか」
「サバゲ班と、たまり場班。わかりやすいじゃない」
「むぅ、わかりかやすいといえば、わかりやすいでござるが」
「ふたりは、なぜ廃病院について調べたの?」
 聞くと、ふたりはきょとんと目を見張った。見た目は似ていないと思っていたけれど、驚き方はよく似ている。
「そのほうが、効率よいでござろう?」
「効率?」
「はい! 先生に言われてから調べるんじゃ、待たせちゃいますから」
「姫島屋先生に、聞かれることがわかってたの⁉」
 姫島屋先生が村の郷土資料を読み込んでいたことといい、この三人は何かを知っているんだろう。示し合わせたとかではなく、行きついた先が村の過去――それも、廃病院だった、ってこと?
 よくわからなくて首をひねる私に、姫島屋先生が苦笑した。
「きみから、頼られるのを待っていたんだろう」
「え?」
「きみは好奇心が旺盛だ。だが、考えが足りない。突っ走りすぎる」
「え、それって褒められてるんですか?」
「いや」
「……ですよね」
「つまり、誰かを頼ることを覚えろと言っている。何もかもひとりで考えて行動するな。私はいつでも話を聞くし、彼らはきみに頼ってほしいらしい」
 とても優しい声だった。顔をあげると、微かに口元を緩めた姫島屋先生が見下ろしている。
 次に、空閑くんと、真理亜ちゃんを見る。やたらきらきらとした目で、私をみていた。
 前から気になっていたんだけれど、どうしてこのふたりは私を慕ってくれるんだろう。私は前向きだけしか取り柄がない女なのに、その前向きさだって、歳を取るごとに慎重に変わりつつある。
 ふたりに、こうして特別な存在のように扱ってもらう理由がない。
 思春期の子どもによくある、一時期のブームだろうか。
「そんなに見つめられると照れるでござるなぁ」
「お兄ちゃんが気持ち悪い、いつもだけど」
 理由を聞こうとかと思ったけれど、今は辞めておくことにした。
 今日は心身ともに疲れている。さらに悩みごとを抱え込むことはない。
「皆は、その廃病院が気になってるんだね」
 空閑くん、真理亜ちゃん、そして姫島屋先生が、それぞれ振り返って頷いた。
 姫島屋先生の言うように、私は好奇心旺盛だ。
 三人が興味を持っているってことは、廃病院には何か重大な事実が眠っているのかもしれない。何より、大量に見つかった白骨遺体。
 あれらも廃病院と関連があるのなら、調べるしかない。もし真実が明らかになれば、メディアからのいわれのないバッシングも、和らぐかもしれないのだ。
「じゃあ、明日行こう。四人で!」
 途端に、空閑くんと真理亜ちゃんが、微笑んだ。行くなと言われると思ったのか、非常に嬉しそうだ。
 てきぱきと待ち合わせ時間と場所を決めて、その場は解散とした。
 少しずつでも動き出せている気がする。
 私にはどうしようもできない嫌な事件が起きて、村人が皆困惑している状況で。
 新事実を、少しでも早く突き止めることが出来れば、よい方向へ風向きが変わるだろう。
 ただ悶々と嫌な感情を引きずって、待つだけではないのだ。
「……送っていく」
 先に姫島屋先生の自宅前についたとき、初めてそう声をかけられた。
「え、大丈夫です。すぐそこですから」
 姫島屋先生は、何かを言いかけて、口を閉じてから。
 そうか、とつぶやくように言った。
「はい。それじゃ、おやすみなさい!」
 姫島屋先生だって、疲れているんだから、私なんぞの送りをさせるわけにはいかない。私は姫君でもないし、この辺りは、あんな事件があったとはいえ、変質者も出ない独り暮らしの女には非常にありがたい村だ。
 帰宅したあと、よし、と気合を入れた。
 今日は早く寝て、明日の仕事に備えよう。
 学校が休校とはいえ、教師には仕事がある。とはいえ、明日は心身を考えて、可能な教師は半休を使うことになっていた。
 きっと。
 行動を起こせば、いい方向へ転がる。
 このときの私は、そう信じて、疑いさえしなかった。
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