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第四章 隠された真実
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下山してから集まったのは、私の家だった。
一軒家なので、独り暮らしには広すぎる間取りになっている。これまで誰かを呼んだことがなかったので、リビングを兼ねて使っている応接間に案内した。
かなり、私好みにレイアウトしてある応接間は、和風家屋とは思えないほどに、現代的だったりする。
ソファとか、ガラスのテーブルとか。
それぞれが足の短い机につくと、私は2リットルペットボトルのお茶を一本と、ガラスコップを四つ、机の真ん中に置いた。
気の利く空閑くんがせっせと茶をついで、全員に配ってくれたところで、話しが始まる。
「あの教会みたいなほうには、特に何もありませんでしたよ。まだ電気が少し使えるみたいで、コンセント部分を改造したあとがありました。あとは、まだ新しい複数人の足跡があったくらいです」
「一階建てで、二階も地下もなかったでござるよ。なかは教会に模して造られていて、聖母マリア像があったでござる」
空閑くんが、教会のなかを撮影したという写真を、デジカメに映してみせてくれた。確かになんの変哲もない建物で、若者が踏み込んだ形跡があるくらいしかおかしな部分はない。
あえて奇異な点をあげるのなら、聖母マリア像が複数体あることだろうか。
一抱えほどのこじんまりとした像が、正面に三体、壁際に二体ずつ、合計七体もある。
「そっちはどうでした?」
真理亜ちゃんの無邪気な声に、私は、言葉につまった。
「ええっと」
「あの廃屋が、何に使われていたのかがわかった」
戸惑う私に気を使ったのか、姫島屋先生が説明してくれる。
「かつて、あそこは実験施設だったそうだ。おもに子どものな。死者が出ると池に屠っていたという」
「池って、沈め池のこと? だから、子どもの白骨遺体が発見されたのね」
「ふぅむ。だが、拙者の友人の調べでは確かに隔離病棟であったはず」
「地下の書斎で調べたんだが、あの建物が出来たのは明治の初期から中期。江戸時代が終わって間もない頃だな。私の考えだが、あらゆる物資を集める際に、病院をつくると創設者が嘘の説明をしたんじゃないか」
「一理あるでござる。施設長の名前は、わかったでござるか?」
「施設長と同一人物かは不明だが、研究の首謀者はわかった。志木カツヨシという者だ」
その瞬間、真理亜ちゃんがハッと顔をあげた。
空閑くんが、ううーん、と首をひねる。
「どこかで聞いたことがあるような……?」
私は、とっさに真理亜ちゃんのほうへ身体を乗り出した。
「知ってるのね⁉」
「えっ、う、うん。志木カツヨシなら、曾祖母から聞いたことがあるので」
「ああ! そうでござる。この村をつくった、最初の村長でござるよ!」
空閑くんが、ぽん、と手をうった。そんな空閑くんを真理亜ちゃんが睨みつける。
「私が言おうと思ったのに、お兄ちゃんのばかっ」
「どっちでもいいでござるよ。志木カツヨシは、この辺り一帯を開拓した人で、とても偉い人だと曾祖母から聞いたでござる。……が、ふぅむ。なるほど」
しん、と沈黙が下りた。
突然の静寂に、私はそわそわとそれぞれの表情を見る。
姫島屋先生と空閑くんは神妙な表情で、真理亜ちゃんは俯いてまつ毛を揺らしていた。
「……志木が殺人鬼なら、私たちの先祖もそうだったってことだよね」
「断定は出来ぬでござるが、可能性はあるでござる。志木がこの村と研究所をつくった。両方を行ったとしてどちらが真の目的かといえば、後者でござろう。研究所をつくるにあたり、子どもの世話をする使用人も必要。さらにいえば、子どもを補給する役目の者も必要でござろうから、組織的な犯行であったことは確か。推測するに、最初の村人は、志木の元で働いていた使用人ということになるでござろう」
ふたりの言葉に、私はこぼれんばかりに目を見張った。
そうか。
研究をするには、人手がいる。
人手が大勢必要になれば、それだけ大規模な衣食住の保証が必要だ。そこで人里離れた場所に村をつくり、秘密裡に研究を続けた。
「その辺りは、沙賀城家の者が詳しいでござろう。もしかすると、すべて知っているやもしれませぬぞ」
「え。沙賀城家? 美咲さんのところの?」
ここで、沙賀城家の名前が出てくるとは。
驚く私に、空閑くんは眼鏡を押し上げて、言う。
「志木が村の創設者であり村長でござったが、実際に村長として村人を導いていたのは、沙賀城家だったという話でござる。今でも、村の土地のほとんどを沙賀城家が所有していることからも、沙賀城家が特別なのはよくわかるでござろう」
「そうです。だから、ずーっと沙賀城家は権力を握ってるんです。村の王様で、今では市議会委員とかになって、「外」でも力があるし」
志木と沙賀城は、親しい間だった。
その一つの真実が、何か、とても重大な事柄なような気がした。
それから、空閑くんがいくつか推測をして、真理亜ちゃんが駄目だしをする、というようなことを繰り返した。興味深い発想だが、どれも推測の域をでない内容だったためか、姫島屋先生は、ひたすら傍観を決めていた。
「大体、なんであそこは廃屋になったのよ」
真理亜ちゃんがいう。
「研究を辞めたのは、どうして? 資金が尽きたから?」
「資金が尽きたなら、今の沙賀城家はないでござろう」
「それって、志木と沙賀城がニコイチだった場合の考えでしょ?」
「十中八九、そこは間違いないでござる」
「じゃあ、仲間割れがあったの?」
沙賀城家だけが代々長者として続いているということは、真理亜ちゃんのいうように、仲間割れがあったのかもしれない。
そういえば、廃屋地下書斎にあった手紙は、まるで己を誇る集大成のような内容だった。遺書ともとれる、かもしれない。
志木は病気だったのか。それともなんらかのトラブルで、沙賀城に殺害されたのか。
どちらにしろ、志木が死んで研究所はなくなった――そう考えるのが、妥当だろう。
私は、静かに息を吐きだして、顔の前で両手をパンッと合わせた。
「はい、おしまい!」
「先生?」
「どうしたでござる?」
「邪推はしない! 私たちは、今日みたことを警察に報告するだけ。ほかは全部忘れるの」
みんなで廃屋に向かい、見たことを共有した。
ここで話し合うのは、それで充分。
一軒家なので、独り暮らしには広すぎる間取りになっている。これまで誰かを呼んだことがなかったので、リビングを兼ねて使っている応接間に案内した。
かなり、私好みにレイアウトしてある応接間は、和風家屋とは思えないほどに、現代的だったりする。
ソファとか、ガラスのテーブルとか。
それぞれが足の短い机につくと、私は2リットルペットボトルのお茶を一本と、ガラスコップを四つ、机の真ん中に置いた。
気の利く空閑くんがせっせと茶をついで、全員に配ってくれたところで、話しが始まる。
「あの教会みたいなほうには、特に何もありませんでしたよ。まだ電気が少し使えるみたいで、コンセント部分を改造したあとがありました。あとは、まだ新しい複数人の足跡があったくらいです」
「一階建てで、二階も地下もなかったでござるよ。なかは教会に模して造られていて、聖母マリア像があったでござる」
空閑くんが、教会のなかを撮影したという写真を、デジカメに映してみせてくれた。確かになんの変哲もない建物で、若者が踏み込んだ形跡があるくらいしかおかしな部分はない。
あえて奇異な点をあげるのなら、聖母マリア像が複数体あることだろうか。
一抱えほどのこじんまりとした像が、正面に三体、壁際に二体ずつ、合計七体もある。
「そっちはどうでした?」
真理亜ちゃんの無邪気な声に、私は、言葉につまった。
「ええっと」
「あの廃屋が、何に使われていたのかがわかった」
戸惑う私に気を使ったのか、姫島屋先生が説明してくれる。
「かつて、あそこは実験施設だったそうだ。おもに子どものな。死者が出ると池に屠っていたという」
「池って、沈め池のこと? だから、子どもの白骨遺体が発見されたのね」
「ふぅむ。だが、拙者の友人の調べでは確かに隔離病棟であったはず」
「地下の書斎で調べたんだが、あの建物が出来たのは明治の初期から中期。江戸時代が終わって間もない頃だな。私の考えだが、あらゆる物資を集める際に、病院をつくると創設者が嘘の説明をしたんじゃないか」
「一理あるでござる。施設長の名前は、わかったでござるか?」
「施設長と同一人物かは不明だが、研究の首謀者はわかった。志木カツヨシという者だ」
その瞬間、真理亜ちゃんがハッと顔をあげた。
空閑くんが、ううーん、と首をひねる。
「どこかで聞いたことがあるような……?」
私は、とっさに真理亜ちゃんのほうへ身体を乗り出した。
「知ってるのね⁉」
「えっ、う、うん。志木カツヨシなら、曾祖母から聞いたことがあるので」
「ああ! そうでござる。この村をつくった、最初の村長でござるよ!」
空閑くんが、ぽん、と手をうった。そんな空閑くんを真理亜ちゃんが睨みつける。
「私が言おうと思ったのに、お兄ちゃんのばかっ」
「どっちでもいいでござるよ。志木カツヨシは、この辺り一帯を開拓した人で、とても偉い人だと曾祖母から聞いたでござる。……が、ふぅむ。なるほど」
しん、と沈黙が下りた。
突然の静寂に、私はそわそわとそれぞれの表情を見る。
姫島屋先生と空閑くんは神妙な表情で、真理亜ちゃんは俯いてまつ毛を揺らしていた。
「……志木が殺人鬼なら、私たちの先祖もそうだったってことだよね」
「断定は出来ぬでござるが、可能性はあるでござる。志木がこの村と研究所をつくった。両方を行ったとしてどちらが真の目的かといえば、後者でござろう。研究所をつくるにあたり、子どもの世話をする使用人も必要。さらにいえば、子どもを補給する役目の者も必要でござろうから、組織的な犯行であったことは確か。推測するに、最初の村人は、志木の元で働いていた使用人ということになるでござろう」
ふたりの言葉に、私はこぼれんばかりに目を見張った。
そうか。
研究をするには、人手がいる。
人手が大勢必要になれば、それだけ大規模な衣食住の保証が必要だ。そこで人里離れた場所に村をつくり、秘密裡に研究を続けた。
「その辺りは、沙賀城家の者が詳しいでござろう。もしかすると、すべて知っているやもしれませぬぞ」
「え。沙賀城家? 美咲さんのところの?」
ここで、沙賀城家の名前が出てくるとは。
驚く私に、空閑くんは眼鏡を押し上げて、言う。
「志木が村の創設者であり村長でござったが、実際に村長として村人を導いていたのは、沙賀城家だったという話でござる。今でも、村の土地のほとんどを沙賀城家が所有していることからも、沙賀城家が特別なのはよくわかるでござろう」
「そうです。だから、ずーっと沙賀城家は権力を握ってるんです。村の王様で、今では市議会委員とかになって、「外」でも力があるし」
志木と沙賀城は、親しい間だった。
その一つの真実が、何か、とても重大な事柄なような気がした。
それから、空閑くんがいくつか推測をして、真理亜ちゃんが駄目だしをする、というようなことを繰り返した。興味深い発想だが、どれも推測の域をでない内容だったためか、姫島屋先生は、ひたすら傍観を決めていた。
「大体、なんであそこは廃屋になったのよ」
真理亜ちゃんがいう。
「研究を辞めたのは、どうして? 資金が尽きたから?」
「資金が尽きたなら、今の沙賀城家はないでござろう」
「それって、志木と沙賀城がニコイチだった場合の考えでしょ?」
「十中八九、そこは間違いないでござる」
「じゃあ、仲間割れがあったの?」
沙賀城家だけが代々長者として続いているということは、真理亜ちゃんのいうように、仲間割れがあったのかもしれない。
そういえば、廃屋地下書斎にあった手紙は、まるで己を誇る集大成のような内容だった。遺書ともとれる、かもしれない。
志木は病気だったのか。それともなんらかのトラブルで、沙賀城に殺害されたのか。
どちらにしろ、志木が死んで研究所はなくなった――そう考えるのが、妥当だろう。
私は、静かに息を吐きだして、顔の前で両手をパンッと合わせた。
「はい、おしまい!」
「先生?」
「どうしたでござる?」
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