新人種の娘

如月あこ

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第三章 日々の暮らしと、『芳賀魔巌二』

6、

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 けれど、青年らが哀れだとは思わない。彼らには酷い目にあったのだ。死んでほしいとまでは言わないけれど、罰は受けてほしい。
 まだあの日のことを思い出すだけで身体が震え、頭のなかが真っ白になってしまう。そっと、自分の両腕を抱いたとき。
「ねぇ、あんたの故郷の話、聞かせなさいよ」
 ふいに、百合子が言った。ぺろりと指先を舐めた彼女は、二つ目のおにぎりを手に取っている。
「あんただけ、この島のことを知ってるなんて不公平だわ」
「いいけど。何を話せばいいの?」
「そうねぇ。あんたの一日の生活を教えてよ」
「一日の生活? 朝起きて、学校に行って、帰って寝る、かな」
「……ずいぶんと大まかね。学校なら、この島にもあるわよ。ここでの生き方を学ぶの」
「それって、もしかしてトワが教えてるの?」
「そうよ。トワ以外にも教師役のやつはいるけど、トワが一番だわ。私もトワに教わったのよ、いろいろと」
 百合子はそう言って、ふふ、と笑う。
「気になる?」
「何を?」
「だから、『いろいろと』教わったの。気になるでしょ?」
「……え、っと。気になる、かな」
「それ、完全に私が言わせたわよね。気になってないじゃないの」
「ごめん、何が言いたいのかわからない」
「あんた、トワを愛してるんでしょ」
「あ。……私が焼きもち妬く、ってこと?」
「そう。まぁいいわ。いじわる言ってごめんなさい、いろいろって言っても、男女の関係なんてなかったから。私ね、いい歳でしょ。なのに子どももいないのよ、夫もいないし」
 百合子はそう言って、ため息をつく。
 ここまで話を聞いて、小毬は察する。百合子はいわゆる「恋バナ」をしたいのではないか、と。よく同級生の少女たちが恋愛の話をしているのを見かけたが、彼女らに加わったことはなかった。
(これが恋バナなんだ)
 そう思うと、がぜん意気込んできた。
「いつか、愛する人と幸せになりたいって、ずっと思ってたわ。けど、なかなかうまくいかないのよねぇ」
「好きな人はいないの?」
「……いなくはないけど」
 百合子は視線を落とし、ふと、顔をあげる。
「でも、死ぬまでには、恋人をつくってみせるわ。問題は、この島が狭いことよね。新人種みんな顔見知りで、正直言っていい男がいないんだもの。……『ソト』には、男はたくさんいるの?」
 小毬は驚いて、目を瞬いた。
 百合子が『ソト』の人間に悪意なく気をかけるなんて。
「たくさんいるよ。この島より、ずっとずっと広いから」
「いいなぁ」
 ぽつり、とこぼれたそれは、百合子の本音なのかもしれない。新人種はヒトを嫌っている。けれどその反面、羨んでもいるのだろう。
 小毬は、海を見つめた。
 この先に大きな陸地があり、そこで『ヒト』は自由に暮らしている。小さなころからそれを知り、この島で生きていくということは、ヒトに対しての憧れを産むのかもしれない。
「いつか、百合子さんたちが自由になったら。そしたら、一緒に本土に行こうよ」
 百合子が小毬を見つめてくる。視線を横顔に感じながら、小毬は笑みを浮かべた。
「故郷にいたころはあまり幸せだって思えなかったけど、百合子さんが一緒なら、向こうでも暮らしていけるかもしれない」
「そんな日が来るといいわね」
「男の人、いっぱいいるからね」
「あら、楽しみ」
 そう言ってお互いに目配せをして、微笑みあった。
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