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甘辛みたらしだんご
彼女のすきなもの
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三年つき合った彼女とケンカした。
きっかけは、みたらしだんごだった。
「将也くん、みたらしだんご買ってきたの。一緒に食べようよ」
「お、おう。聡美、ありがとな」
「将也くん、みたらしだんご好きだもんね。わたしも同じ。みたらしだんご、だーいすき」
俺のアパートまで走ってきたのか、聡美の息は乱れ、頬が桃色に染まっている。それでも嬉しそうに笑う、聡美が可愛かった。
恋人の聡美は、みたらしだんごが好きだという。
東京の下町で生まれ、東京で育ったと聞いている聡美は、都会で育った子とは思えないほど素朴で愛らしい女性だった。流行りの服やブランド品を好まず、清楚で質の良い服だけを大切に着る人だ。
笑顔が何より美しいと思う彼女と出会ったのは、友人同士との飲み会だった。友人たちと楽しそうに語らいながらも、終始控えめで気配り上手な彼女に興味をもち、声をかけたのが始まりだ。
自分と同じように地方出身だと思っていたのに、聡美は東京育ちと聞いて驚いた。
明るくて優しい聡美のことを好きになるのに、それほど時間はかからなかった。
「わたしは東京育ちだよ。将也くんは?」
「俺? 俺は愛知県出身」
「ああ、名古屋ね」
「うん。ちょっと違うけど、そんなところかな」
「名古屋の人ってことは、やっぱりあんこが好きなの? 小倉トーストが有名なんでしょ?」
「小倉トースト……。俺はあんまり好きじゃなかったけど、周囲は好きな奴が多かったな」
小倉トーストというのは、トーストした食パンにマーガリンやバターをしっかり塗り、小倉あんをたっぷりと乗せたパンのことだ。こってり甘めのトーストだが、愛知県の喫茶店ではモーニングサービスとして朝から提供されることが多い。
小倉トーストを愛してやまない人たちは朝昼関係なく小倉トーストを注文するし、なんなら家でも自分で作って食べる。
生まれ育った地域では好んで食べる人が多かったが、甘いものが得意ではない俺はあまり好きではなかった。トーストもシンプルにマーガリンのみが一番うまいと思う。
しかし人の好みをとやかく言うつもりはない。だから愛知県で暮らしていても、「小倉トーストも小倉あんも、実はあまり好きではないです」などと無粋なことは一切言わなかった。
「将也くんは小倉あん、あまり好きじゃないの?」
「うーん。実は甘いものが得意じゃなくて」
東京ならば、あんこがあまり好きではないと言っても問題はないように思った。
「そうなんだ。でも私も小倉あんはあんまり好みじゃないかも。どっちかというと、さらしあんのほうが好きだし。それにね、わたしはみたらしだんごが一番好きなの」
「みたらしだんご? みたらしだんごなら、俺も好きだよ」
「わぁ、一緒だね。今度、一緒に食べようよ。美味しいお店があるの」
上手い食べ物が豊富にある東京で聡美が好む甘味は、下町で好まれる素朴な和菓子だったようだ。
甘い和菓子が好きな聡美と、甘いものが少し苦手な俺。
そんな二人が同じみたらしだんごが好きと知って、聡美はとても嬉しそうだった。
俺も共通点があったのが嬉しくて、彼女との縁を感じたものだ。
「将也くん、遊びに来たよ」
聡美とつき合いだしてしばらくすると、彼女は俺が住むアパートに遊びに来るようになった。
「いらっしゃい、聡美」
彼女が来る前は必死に家の掃除をして、聡美に見られたくないものはクローゼットの奥に厳重に収納した。
「将也くん、みたらしだんご買ってきたよ。好きだって言ってたでしょ? 一緒に食べよ」
「わざわざ買ってきてくれたのか? ありがとう」
手ぶらで来るのは申し訳ないと思うのか、聡美は何かしらの手土産持参で俺のアパートに来ることが多かった。
「いいの、いいの。わたしも食べたかったし。お皿借りてもいい?」
「あんまりないけど、好きな皿を使ってくれ。俺はお茶でも用意するよ。ペットボトルのやつだけど、緑茶と烏龍茶、どっちがいい?」
「和菓子にはやっぱり緑茶でしょ」
「了解」
聡美は皿を出し、嬉しそうな顔でみたらしだんごを包みから出していく。みたらしだんごがよほど好きなのだろう。
俺はペットボトルの緑茶をマグカップに注ぎ入れ、聡美に手渡した。
「聡美、どうぞ」
「ありがとう。ここのみたらしだんごは絶品だから、将也くんも絶対気にいると思うよ。小さい頃から食べてるけど、全然飽きないもの」
自分が作ったわけでもないのに、ドヤ顔でみたらしだんごの自慢をする聡美が可愛かった。
「じゃあ、美味しいみたらしだんごをいただくとしようかな」
「どうぞ、どうぞ」
「…………あれ?」
皿にきれいに盛り付けてくれたみたらしだんご……なのだろう。
にこにこと愛らしい笑顔を振りまく聡美の前で、俺の表情は固まってしまった。
このみたらしだんご、なんか違うぞ?
皿にきれいに並べられたそれは、俺が知っているみたらしだんごではなかったのだ。
きっかけは、みたらしだんごだった。
「将也くん、みたらしだんご買ってきたの。一緒に食べようよ」
「お、おう。聡美、ありがとな」
「将也くん、みたらしだんご好きだもんね。わたしも同じ。みたらしだんご、だーいすき」
俺のアパートまで走ってきたのか、聡美の息は乱れ、頬が桃色に染まっている。それでも嬉しそうに笑う、聡美が可愛かった。
恋人の聡美は、みたらしだんごが好きだという。
東京の下町で生まれ、東京で育ったと聞いている聡美は、都会で育った子とは思えないほど素朴で愛らしい女性だった。流行りの服やブランド品を好まず、清楚で質の良い服だけを大切に着る人だ。
笑顔が何より美しいと思う彼女と出会ったのは、友人同士との飲み会だった。友人たちと楽しそうに語らいながらも、終始控えめで気配り上手な彼女に興味をもち、声をかけたのが始まりだ。
自分と同じように地方出身だと思っていたのに、聡美は東京育ちと聞いて驚いた。
明るくて優しい聡美のことを好きになるのに、それほど時間はかからなかった。
「わたしは東京育ちだよ。将也くんは?」
「俺? 俺は愛知県出身」
「ああ、名古屋ね」
「うん。ちょっと違うけど、そんなところかな」
「名古屋の人ってことは、やっぱりあんこが好きなの? 小倉トーストが有名なんでしょ?」
「小倉トースト……。俺はあんまり好きじゃなかったけど、周囲は好きな奴が多かったな」
小倉トーストというのは、トーストした食パンにマーガリンやバターをしっかり塗り、小倉あんをたっぷりと乗せたパンのことだ。こってり甘めのトーストだが、愛知県の喫茶店ではモーニングサービスとして朝から提供されることが多い。
小倉トーストを愛してやまない人たちは朝昼関係なく小倉トーストを注文するし、なんなら家でも自分で作って食べる。
生まれ育った地域では好んで食べる人が多かったが、甘いものが得意ではない俺はあまり好きではなかった。トーストもシンプルにマーガリンのみが一番うまいと思う。
しかし人の好みをとやかく言うつもりはない。だから愛知県で暮らしていても、「小倉トーストも小倉あんも、実はあまり好きではないです」などと無粋なことは一切言わなかった。
「将也くんは小倉あん、あまり好きじゃないの?」
「うーん。実は甘いものが得意じゃなくて」
東京ならば、あんこがあまり好きではないと言っても問題はないように思った。
「そうなんだ。でも私も小倉あんはあんまり好みじゃないかも。どっちかというと、さらしあんのほうが好きだし。それにね、わたしはみたらしだんごが一番好きなの」
「みたらしだんご? みたらしだんごなら、俺も好きだよ」
「わぁ、一緒だね。今度、一緒に食べようよ。美味しいお店があるの」
上手い食べ物が豊富にある東京で聡美が好む甘味は、下町で好まれる素朴な和菓子だったようだ。
甘い和菓子が好きな聡美と、甘いものが少し苦手な俺。
そんな二人が同じみたらしだんごが好きと知って、聡美はとても嬉しそうだった。
俺も共通点があったのが嬉しくて、彼女との縁を感じたものだ。
「将也くん、遊びに来たよ」
聡美とつき合いだしてしばらくすると、彼女は俺が住むアパートに遊びに来るようになった。
「いらっしゃい、聡美」
彼女が来る前は必死に家の掃除をして、聡美に見られたくないものはクローゼットの奥に厳重に収納した。
「将也くん、みたらしだんご買ってきたよ。好きだって言ってたでしょ? 一緒に食べよ」
「わざわざ買ってきてくれたのか? ありがとう」
手ぶらで来るのは申し訳ないと思うのか、聡美は何かしらの手土産持参で俺のアパートに来ることが多かった。
「いいの、いいの。わたしも食べたかったし。お皿借りてもいい?」
「あんまりないけど、好きな皿を使ってくれ。俺はお茶でも用意するよ。ペットボトルのやつだけど、緑茶と烏龍茶、どっちがいい?」
「和菓子にはやっぱり緑茶でしょ」
「了解」
聡美は皿を出し、嬉しそうな顔でみたらしだんごを包みから出していく。みたらしだんごがよほど好きなのだろう。
俺はペットボトルの緑茶をマグカップに注ぎ入れ、聡美に手渡した。
「聡美、どうぞ」
「ありがとう。ここのみたらしだんごは絶品だから、将也くんも絶対気にいると思うよ。小さい頃から食べてるけど、全然飽きないもの」
自分が作ったわけでもないのに、ドヤ顔でみたらしだんごの自慢をする聡美が可愛かった。
「じゃあ、美味しいみたらしだんごをいただくとしようかな」
「どうぞ、どうぞ」
「…………あれ?」
皿にきれいに盛り付けてくれたみたらしだんご……なのだろう。
にこにこと愛らしい笑顔を振りまく聡美の前で、俺の表情は固まってしまった。
このみたらしだんご、なんか違うぞ?
皿にきれいに並べられたそれは、俺が知っているみたらしだんごではなかったのだ。
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