あやかし三つ子のすぅぷやさん

蒼真まこ

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おすすめスープ 三皿目

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 三つ子兄弟の末っ子である紗切さんは、真っ白でやや小さめのスープ皿を運んできた。どんなものかとのぞきこむと、再び赤いスープだ。けれどミネストローネのようなトマトの赤ではなかった。
 とろりとした赤いスープには、いちごのスライスがきれいに並べられ、中央にはバニラアイスクリームがお山のように鎮座している。バニラの山の上にはミントの葉がちょこんと可愛らしく飾られていた。

「いちご? これってまさかいちごのスープですか?」
「正解! いちごにグラニュー糖とレモン汁をまぶしてミキサーにかける。風味付けに洋酒をちょびっと。汁状になったらスープ皿に流しいれ、あとはスライスしたイチゴとバニラアイスで飾り付け。バニラアイスをからめながら食べてね!」

 見た目にも可愛らしく、それでいてイチゴのパフェほどの重量感は感じられず、食欲がない今の私でも飲んでみたいと思えるデザートスープだった。

「可愛い……。いちごといえば、雄太とはいちご狩りによく行ったっけ……」

 よく熟した甘いいちごを吟味して摘み取ることに燃えた雄太は、次々と取ってはそのほとんどを私に食べるように言った。私がいちご好きだと知っていたから。山積みのいちごを一人で食べられるわけもなく、二人でお腹がはち切れそうなほどのいちごを笑いながら食べたものだ。
 私が熱を出すと、いちごの手作りアイスをこれでもかと作ってお見舞いにきてくれたこともある。
 甘酸っぱいいちごは、雄太との大切な思い出……。

「いただきます」
「召しあがれ」

 スープになったいちごをスプーンですくい、そっと口の中にふくむ。レモン汁とグラニュー糖のおかげだろうか、甘すぎず酸っぱすぎず、ほどよい甘さ。バニラアイスを添えると味わいがクリーミィとなり、デザート感が増す。小さめのスープ皿だからか、あっという間にいちごのスープを飲んでしまった。

「ふぅ。美味しかった……」

 三杯のお勧めスープによって、お腹が満たされた私は静かに目を閉じた。
 思い出すのは、雄太のことだ。

『琴羽の好きないちごスイーツ、いつか俺の店のメニューにできたらいいな』
『え? それって私に雄太のいちごスイーツをずっと食べてほしいって意味?』
『ええっ! いや、その』
『なに? 食べてほしくないわけ?』
『ち、ちがう! 琴羽にはずっと俺のそばにいて、その……』
『もう。ごにょごにょ言ってたらわからないでしょ?』

 熟したいちごのように真っ赤になった雄太は、恥ずかしそうにうつむいてしまった。
 照れ屋だったからか、自分の思いをきちんと伝えるのが苦手だった雄太。
 そんな人が私にきっぱり「別れてほしい」と告げた。あの時はただ辛くて、黙って受け入れた。けれど真実は違っていたのかもしれない。

「私、雄太に一度連絡してみます」

 ようやく決心ができた。自分の気持ちと向き合うのが怖かったけれど、ようやく前を向けそうだ。

「ええっ、それじゃあ琴羽さん。僕たちとは一緒に働いてくれないの? 元カレさんのところへ行っちゃうの?」

 いちごのスープを出してくれた紗切さんが不満そうに口をとがらせた。

「せっかく誘ってくれたのにごめんなさいね。でも看護師の仕事は辞めたくないんです。私にとって大切な仕事だから」

 病院に勤務していると、様々な事情を抱えた患者や、その家族を見守ることになる。決して楽な仕事ではない。辛い思いをしている人たちに少しでも寄り添っていけたらと願っている。辛い治療に耐え、退院していく患者さんの笑顔を見るのが大好きなのだ。

「切也さん、刀流さん、紗切さん。ありがとうございました。おかげで明日からも仕事を頑張れそうです。あなた方がどういった存在なのかはわかりませんが、心を込めてもてなしてくださったこと私忘れません」

 三つ子兄弟からすっと笑みが消え、じっと私を見つめている。

「お客様、ひょっとしてわたしたちの正体にお気づきですか?」
「正体まではわかりません。でもなんとなくですが、人間ではないのかな? って。でもきっと悪い存在ではないんですよね。だって美味しいスープを三杯も提供してくれる悪者の店なんて聞いたことありませんから」

 闇夜に突然現れた『鎌切亭』という物騒な名前のスープ屋。珍しい名前の美形三つ子兄弟。私の心を見透かしたような話し方や気遣い、体と心に響いた三杯のスープ。奇妙で不思議なことだらけで、私には彼らが人間だとは思えなかった。
 病院で働いていると、たまに見聞きするのだ。この世を去られた方を見てしまったり、人ならざる存在を確認したり。深く追及していると働くのが怖くなってしまうので、できるだけ聞き流すようにしていた。

「さすがは看護師として働いている方ですね。わたしたちの正体になんとなく気づいていても、少しも動じない」
「うん、たいした女だ」
「その度胸、いいなぁ。琴羽さん」

「人間ではないのでは」と伝えても、三つ子兄弟は否定しなかった。それがきっと答えなのだろう。

「ひとつ聞いてもいいですか? なぜスープ屋で人間をもてなしているのですか?」

 私が知りたいのはそこだけだった。彼らが自分の正体を明かしたくないなら、無理に言うことはないと思う。

「それでは琴羽様、わたしたちのことも少しだけ、お話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 私がこくりとうなずくと、切也さんはゆっくりと話し始めた。

「最初はただの好奇心でした。人間という存在が気になってしまいましてね。わざと転ばせて、足を鎌でちょんと傷つけてやりました。ちょっとした悪戯だったのです。これで人間も歩くのを止めるだろうと。ところが人は、傷つけられて痛いと泣きながらも再び立ち上がるのです」

 切也さんの話を聞きながら、闇夜に『鎌切亭』に出会った経緯を思い出していた。
 足を少しだけ切ったのは、きっと偶然ではないのだろう。私は彼らに導かれて、すぅぷや鎌切亭に来れたのだ。

「だから僕が、自慢の塗り薬で傷を治してあげたんだ。人間の傷口をね。痛みも傷跡をきれいになくなったはずだよ」

 塗り薬が入った壺を抱えながら、紗切さんが穏やかに語る。

「人間に悪戯してケガを負わせることを続けていても、痕も残らず治しているのだから問題はない。そう思っていた。だがある日、俺たちはある存在に見つかり、こっぴどく叱られたってわけだ」

 包丁を手に持った刀流さんが、表情を変えることなく話す。

「ある存在って……?」

 三つ子兄弟が人間ではないことはもう知っているけれど、彼らを叱った存在まではまったく想像できなかった。

「神様ですね」
「神って呼ばれるヤツだ」
「僕たちや人間を、じーっと見てる暇な方だね」

 切也さん、刀流さん、紗切さんは順に、さらりと答えた。

「か、神様……? 神様って、神社とかにいる?」

 彼らがあまりにも自然に、「神様」と言うものだから、私も「神社」ぐらいしか思いつかなかった。

「まぁ、そうですね。大概は神社などにいらして、たまにあちこちに遠征しておられますね」

 なんだか信じられない気もするけれど、切也さんたちが嘘をついているようには思えなかった。

「神様にきつく叱られ、怯えるわたしたち三兄弟を哀れに思われたのか、神様は温かい汁物を出してくださいました。それがねぇ、とても美味しくて。体も心も、ほっこり温まりました。汁物は人間が神様にお供えしたものだと知り、驚いたことは今も忘れません。汁物をすするわたしたちに神様は告げたのです。『それほど人間に興味があるなら、神の眷属けんぞくとなり、店屋で人をもてなしてみるが良い。人間の心に寄り添い続ければ、おまえたちの求める答えはいつか得られよう』と」
 
 彼らが『すぅぷや鎌切亭』を営むのは、神様の提案だったのだ。
 でもそこまでして切也さんたちが知りたいと思うものは何だったのだろう?

「琴羽さん、最後に質問させてください。あなた方人間は、なぜそれほど強いのですか? 何度転んでも、わたしたちがわざと転ばせても、人間は再び立ち上がり、また歩き始める。琴羽さんも鎌切亭に来店されたときは、心に傷を抱え、お疲れでしたのに。それでも明日も仕事に行かれると言われましたよね。教えてください、琴羽さんはなぜお強いのですか?」 

 切也さんの質問に合わせるように、刀流さん、紗切さんも私をじっと見つめている。彼らは知りたいのだ。人間の強さの理由を。
 人間を代表して私が答えるなんておこがましいけれど、彼らのもてなしのお礼も兼ねて、誠実に伝えてみたい。そう思った。

「私たち人間は、強いわけではありません。傷つき疲れ果て、動けなくなることも多いですから。それでも再び立ち上がるのは、それぞれに守りたいものがあるからだと思います。守りたいものは人によって違いますので、一概に何かとは言えませんが。私が明日も仕事に行こうと思うのは、今の仕事が好きだから、かな。そして今日もよく働いたねって、自分で自分をほめてあげたいんです」

 質問に答えながら、自分自身に言い聞かせているように思えた。
 私は強くなんてない。雄太との別れが辛くて、自分の体の不調から目をそらしていたように。

「私、もう一度だけ別れた恋人、雄太に連絡をとってみます。どうして終わりにしようと思ったの? って聞いてみます。前を向く勇気をくださってありがとうございます。すぅぷや鎌切亭のこと、切也さん、刀流さん、紗切さんのこと、わたし忘れません」

 精一杯のお礼を伝え、ぺこりと頭を下げた。
 彼らに出会わなければ、すぅぷや鎌切亭にもてなしてもらわなければ、疲れ果てた私はもう動くことさえできなくなっていたと思う。明日も頑張ろうと思えたのは、彼らのおかげなのだ。

「お礼を言うのは、わたしたちのほうですよ、琴羽さん。あなたがおかげで人間の強さが、少しだけわかった気がします」

 顔を上げると、切也さんが優しく微笑んでいた。

「人間ってのは、やっぱり面白いな。かまいたちの三つ子である俺たちのおかげで前を向けるとさ」

 きらりと輝く包丁を持ちながら、刀流さんが感慨深げにつぶやいた。

 さらりと話してるけど、刀流さん、気になることを言っていたような……。

「あの、『かまいたち』って何ですか? それがあなた方三つ子兄弟の正体なのですか?」

 どうしても気になった私は、つい質問してしまった。
 聞かれた刀流さんの目がこれでもかと大きく見開かれ、呼吸ができない魚のように口をぱくぱくさせている。

「刀流ぅ~。普段は無口なくせに、余計なことをしゃべるんだから」

 刀流さんのそばに駆け寄った紗切さんが、その頭をぽかんと叩いた。

「す、すまん……」
「すまんじゃないでしょ、ちゃんと話さなきゃ。琴羽さん、刀流が口をすべらせたから正直に話すね。僕ら三つ子の正体は、かまいたちと呼ばれる妖怪です。スマホっていう人間の便利道具で調べてもらえば詳しくわかるけど、人間に悪戯することしかできない、半端者のあやかしです」

 子どもの頃に、子供向けのアニメで見た気がする。つむじ風に乗り、人を切りつけるあやかしを。

「あやかし……だったのですね、紗切さんたち三つ子兄弟は。だから店名が鎌切亭かまきりていだったんだ……」

 ようやくいろんなことが腑に落ちた気がする。

「ありがとうございます。話してくださって。でもこれだけは伝えさせてください。あなた方は半端者なんかじゃないです。今晩いただいたスープは、どれも本当に美味しかったです。素晴らしい料理を作れるあなた方は、半端者であるはずがありません」

 きっぱりと伝えると、あやかし三つ子兄弟は嬉しそうに笑った。見ているこちらまで幸せな気分になる素敵な笑顔だった。
 やがて彼らは横一列に並び、深々と私に頭を下げたのだった。

「本日は、すぅぷや鎌切亭にご来店いただき誠にありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
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