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漆黒の人(香港マフィア頭領次男坊編)
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それから十二年が過ぎた。
冰は黄老人に大切に慈しまれ、生きていく為にとディーラーの技も仕込んでもらいながら育った。
そして修業後、黄老人の後を継ぐべく一人前のディーラーとして働き始めたものの、その後わずか二年で老人を看取ることとなる。冰が両親を亡くした時には既に結構な歳だったから、天命である。これまで大病することもなく、静かに息を引き取ったことだけが冰にとっての幸いといえた。
そんな黄老人が忌の際に言い残したのが、例の漆黒の男についてのことだった。
幼き日に冰をチンピラ連中から救ってくれたこと、その後の養育費と称して使い切れないほどの莫大な支援を今もなお続けてくれていること、そして彼の素性が香港マフィア頭領の一族だということなどを詳しく話して老人は天に召されたのだった。
老人からすべてを聞いた冰は、ほどなくして香港を離れる決意を固めた。なぜなら老人が亡くなる際に、例の漆黒の男が現在は日本に移り住んでいると聞かされたからだ。
彼は確かにこの香港の裏社会を統治するマフィアの一族ではあるが、妾腹として生まれた身の上であるとのことだった。しかも彼の母親というのは日本人女性なのだそうだ。つまり混血ということだ。
彼には兄もあり、その兄はれっきとした本妻の息子であることから、後継問題で揉めることを望まなかった彼は、自らの母親の母国である日本に移住することを申し出たそうだ。しかしながら継母や兄と不仲というわけではなく、逆に分け隔てなく家族として慈しまれていたこともあり、その恩義に報いる為、現在は日本で起業し、ファミリーの資金源に少しでも役に立たんとしているらしい。
冰はそんな男が自分と黄老人を気に掛けてくれていたことを知って、是が非でも一目会って礼を述べたいと思ったのだった。
冰とて生まれも育ちも香港だとはいえ日本人であることに変わりはない。今までこの方、訪れたことは一度もなかったが、故国に対する憧れの気持ちもあった。しかも、あの漆黒の男がいるというなら尚更だ。
そうして日本に着いたものの、それこそ頼る者は皆無の孤立無援状態だ。両親と血の繋がりのある親戚がないわけではないが、何処に誰が住んでいるのかといった詳しいことは、今となっては既に分からずじまいだった。
先ずは住む所や仕事を見つけなければならないが、有り難いことに黄老人の残してくれた貯蓄も相続していたので、当座の資金に困ることはなかったのは幸いといえる。それ故、何を置いても漆黒の男に会いに行くのが先決と思い、老人から聞かされていた男の経営しているという会社を訪ねて来たわけだが、いざ着いてみるとその巨大なビルを眼前にして驚かされてしまったのだ。
「ホントにここで合ってるんだよね……。じいちゃんから聞いた住所はここで――間違いないようだけど。にしても、まさかこんなに大きな会社だなんて……」
手にしたメモの住所を何度も確かめながら溜め息をつく。冰は覚悟を固めるように自らの頬をパンパンと叩くと、その巨大なビルのエントランスをくぐったのだった。
冰は黄老人に大切に慈しまれ、生きていく為にとディーラーの技も仕込んでもらいながら育った。
そして修業後、黄老人の後を継ぐべく一人前のディーラーとして働き始めたものの、その後わずか二年で老人を看取ることとなる。冰が両親を亡くした時には既に結構な歳だったから、天命である。これまで大病することもなく、静かに息を引き取ったことだけが冰にとっての幸いといえた。
そんな黄老人が忌の際に言い残したのが、例の漆黒の男についてのことだった。
幼き日に冰をチンピラ連中から救ってくれたこと、その後の養育費と称して使い切れないほどの莫大な支援を今もなお続けてくれていること、そして彼の素性が香港マフィア頭領の一族だということなどを詳しく話して老人は天に召されたのだった。
老人からすべてを聞いた冰は、ほどなくして香港を離れる決意を固めた。なぜなら老人が亡くなる際に、例の漆黒の男が現在は日本に移り住んでいると聞かされたからだ。
彼は確かにこの香港の裏社会を統治するマフィアの一族ではあるが、妾腹として生まれた身の上であるとのことだった。しかも彼の母親というのは日本人女性なのだそうだ。つまり混血ということだ。
彼には兄もあり、その兄はれっきとした本妻の息子であることから、後継問題で揉めることを望まなかった彼は、自らの母親の母国である日本に移住することを申し出たそうだ。しかしながら継母や兄と不仲というわけではなく、逆に分け隔てなく家族として慈しまれていたこともあり、その恩義に報いる為、現在は日本で起業し、ファミリーの資金源に少しでも役に立たんとしているらしい。
冰はそんな男が自分と黄老人を気に掛けてくれていたことを知って、是が非でも一目会って礼を述べたいと思ったのだった。
冰とて生まれも育ちも香港だとはいえ日本人であることに変わりはない。今までこの方、訪れたことは一度もなかったが、故国に対する憧れの気持ちもあった。しかも、あの漆黒の男がいるというなら尚更だ。
そうして日本に着いたものの、それこそ頼る者は皆無の孤立無援状態だ。両親と血の繋がりのある親戚がないわけではないが、何処に誰が住んでいるのかといった詳しいことは、今となっては既に分からずじまいだった。
先ずは住む所や仕事を見つけなければならないが、有り難いことに黄老人の残してくれた貯蓄も相続していたので、当座の資金に困ることはなかったのは幸いといえる。それ故、何を置いても漆黒の男に会いに行くのが先決と思い、老人から聞かされていた男の経営しているという会社を訪ねて来たわけだが、いざ着いてみるとその巨大なビルを眼前にして驚かされてしまったのだ。
「ホントにここで合ってるんだよね……。じいちゃんから聞いた住所はここで――間違いないようだけど。にしても、まさかこんなに大きな会社だなんて……」
手にしたメモの住所を何度も確かめながら溜め息をつく。冰は覚悟を固めるように自らの頬をパンパンと叩くと、その巨大なビルのエントランスをくぐったのだった。
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