極道恋事情

一園木蓮

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周焔編

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「そんな! 馴れ馴れしくなんて……とんでもないです」
 冰とていきなりそこまで砕け過ぎるのは躊躇するところだ。日本名でいうならば、「白夜さん」と呼ぶようなものだからだ。だが、周にとってはそんな遠慮が幾分面白くないふうである。
「別に構わねえがな、俺は」
「や、無茶です! 俺には到底そんなのムリですから!」
 言い張る冰に、
「ふん――、だったらこう呼べ。白龍バイロンだ」
「白龍……?」
「ああ。俺のあざなだ」
「あ……ざな?」
「香港の親父が付けてくれたものだ。俺は白龍で兄貴が黒龍ヘイロン。ちなみに親父は黄龍ウォンロンという。字呼びするのは身内だけだが――お前が呼ぶには最適じゃねえか」
 ニッと不敵に笑いながら周は楽しげだ。
「別に日本名の”白夜”でもいいが、どうせお前は呼び捨てがどうとか言って嫌がるんだろう?」
「それは……まあ、そうですけど……」
「だったら白龍だ。これだけは譲らねえ」
 どうあってもそう呼ばせたいらしく、周は片眉を吊り上げ気味でじろりと冰を見やってくる。そんな目で見られれば、さすがに迫力を感じざるを得ない。冰は半ば脅され気味ながら渋々と了承したのだった。
「分……かりました。じゃあ、白龍さん」
「――おい。あざなに”さん”付けするヤツがあるか」
「え? おかしいですか?」
「ああ、おかしいね。お前だって香港育ちだ。それくらい分かるだろうが」
「はぁ……」
 何ともくだらない――と言っては語弊があるが、堂々巡りが始まりそうな二人のやり取りに、李が助け船とばかりに口を挟んだ。
「雪吹さんに折れていただくのが妥当かと――」
「おう、その通りだな。さすが李だ。よく分かっている」
 周はご機嫌の様子だ。
「はぁ……。分かりました。では――白龍」
「そうだ。それでいい」
「――っていうか、今は社内ですからね。氷川社長――と呼ばせていただきますよ」
 冰が一本取ったように言うと、周はやられたとばかりに苦虫を嚙み潰したような表情でじろりと冰を見遣った。
 そのさまが少しスネた子供のようでもあり、李などは笑ってはいけないと思いつつも堪えるのに苦労したようだ。
「それでは氷川社長、雪吹さん。早速ですが系列会社への視察のお時間です。お車の用意はできておりますので、ご移動願います」
「おい、もうそんな時間かよ。今日はやけに過ぎるのが早えな」
 周はやれやれとばかりに溜め息まじりだったが、その機嫌はすこぶる良さそうである。不敵な笑みをたずさえながら、「行くぞ」と言って冰の頭を撫でた。
 さも自然と出たような周のこんな仕草が冰の心拍数を速くするのだが、今は仕事中である。邪なことは考えずに気を引き締めねばならない――そんな思いを胸に秘めながら、冰の日本での新たな第一歩は始まりを告げたのだった。



◇    ◇    ◇


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