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漆黒の人(香港マフィア頭領次男坊編)
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それからひと月が過ぎるのは早かった。
冰は仕事にも慣れ、周の側近たちや家令の真田らともすっかり馴染んだ頃。――とある朝のことだった。
いつものように周と真向かいの席で朝食を取りながら、たわいもない会話を楽しんでいた中、ふと冰がひょんなことを呟いた。
「そういえばさ、白龍って幾つなの?」
もうすっかり敬語も少なくなって、仕事を離れればフランクなやり取りが通常となりつつある。
「幾つってのは何だ。歳のことか?」
「うん、そう。そういえば今まで聞いたことがなかったなって思ってさ。俺よりはだいぶ上なのかと思って」
「だいぶってこたぁねえだろ? 大して離れちゃいねえよ」
「だって――初めて会った時はもう大人だったし。俺、確かあの時は八歳か……九歳にはなってなかったはず。その時にすごい大きいお兄ちゃんだって思ったからさ」
「あれから十二年ってことは――お前は二十歳ってわけか」
「うん、ついこの前だけど。なったばっかり」
「――てことは俺とは九つか十違うだけだろ」
「九つか十って!? じゃあ……白龍は二十九歳? それとも三十歳?」
「ああ、そんくらいだろ?」
「そのくらいって……」
自分の年齢も覚えていないのかと突っ込みたいところではあるが、どちらにせよ想像していたよりも遥かに若いことに驚かざるをえない。
「えっと……じゃあさ、あの時は今の俺より若かったってこと?」
「さぁ、どうだったか――。もう高校は出てたとは思うが?」
「ええー、見えなかったよー! あの時で今くらいの歳かと思ってた」
「――お前、俺をじいさんにしてえのか」
さすがの周も実年齢より一回りも老けてみられていたとあっては、苦笑せざるを得ない。冰に悪気はないと分かっていても、ツッコミたくもなる言われようである。当人もそれに気付いたわけか、焦った様子でタジタジと言い訳を口にする。
「あ……! で、でもそんな若さでこんなに大きい会社の社長さんだなんてって……思ったの! っていうか白龍がすご過ぎるんだよ」
「そんなすごかねえだろ。俺には元手もあったしな」
「元手? 香港のお父さんが援助してくれたってこと?」
「立ち上げる時にな。だがもうすっかり返済したぜ?」
ニヤッと不敵な笑みを見せながら言う。こんな仕草と表情を見せられる度に、冰は頬が染まりそうになるのを必死で堪えるのが今では苦行となりつつある。周と暮らす内に、冰の中に芽生えた恋慕心も日に日に大きさを増していくようで、気が気でないのだ。
こんな気持ちを周に気付かれていやしないかと思う度にハラハラと心がざわめくのが何とも苦しくて仕方ない。
当初は憧れや安堵感だと思っていた気持ちが、それだけではないということに気付いてから既にひと月になろうとしている。いったいいつまで隠し通せるものだろうか――近頃の冰はそんな悩みで悶々とした日々を過ごしているのだった。
周は相変わらずにやさしいが、それが親心に近い愛情なのか、それとも自分と似たような恋情を持ってくれているのかは不明である。冰とて、むろんこんな気持ちを打ち明けるつもりもなかったし、勇気も当然ない。だがまあ、周に家族のようなものだとまで言われ、共に暮らせているだけでも幸せと満足しなければならない――冰は常に自分にそう言い聞かせてもいたのだった。
そんな冰の心を揺さぶる出来事が起こったのは、それから間もなくしてのことだった。初めて周を訪ねた日に連れていってもらった、例のケーキが美味しいと評判のホテルのラウンジでのことだった。
冰は仕事にも慣れ、周の側近たちや家令の真田らともすっかり馴染んだ頃。――とある朝のことだった。
いつものように周と真向かいの席で朝食を取りながら、たわいもない会話を楽しんでいた中、ふと冰がひょんなことを呟いた。
「そういえばさ、白龍って幾つなの?」
もうすっかり敬語も少なくなって、仕事を離れればフランクなやり取りが通常となりつつある。
「幾つってのは何だ。歳のことか?」
「うん、そう。そういえば今まで聞いたことがなかったなって思ってさ。俺よりはだいぶ上なのかと思って」
「だいぶってこたぁねえだろ? 大して離れちゃいねえよ」
「だって――初めて会った時はもう大人だったし。俺、確かあの時は八歳か……九歳にはなってなかったはず。その時にすごい大きいお兄ちゃんだって思ったからさ」
「あれから十二年ってことは――お前は二十歳ってわけか」
「うん、ついこの前だけど。なったばっかり」
「――てことは俺とは九つか十違うだけだろ」
「九つか十って!? じゃあ……白龍は二十九歳? それとも三十歳?」
「ああ、そんくらいだろ?」
「そのくらいって……」
自分の年齢も覚えていないのかと突っ込みたいところではあるが、どちらにせよ想像していたよりも遥かに若いことに驚かざるをえない。
「えっと……じゃあさ、あの時は今の俺より若かったってこと?」
「さぁ、どうだったか――。もう高校は出てたとは思うが?」
「ええー、見えなかったよー! あの時で今くらいの歳かと思ってた」
「――お前、俺をじいさんにしてえのか」
さすがの周も実年齢より一回りも老けてみられていたとあっては、苦笑せざるを得ない。冰に悪気はないと分かっていても、ツッコミたくもなる言われようである。当人もそれに気付いたわけか、焦った様子でタジタジと言い訳を口にする。
「あ……! で、でもそんな若さでこんなに大きい会社の社長さんだなんてって……思ったの! っていうか白龍がすご過ぎるんだよ」
「そんなすごかねえだろ。俺には元手もあったしな」
「元手? 香港のお父さんが援助してくれたってこと?」
「立ち上げる時にな。だがもうすっかり返済したぜ?」
ニヤッと不敵な笑みを見せながら言う。こんな仕草と表情を見せられる度に、冰は頬が染まりそうになるのを必死で堪えるのが今では苦行となりつつある。周と暮らす内に、冰の中に芽生えた恋慕心も日に日に大きさを増していくようで、気が気でないのだ。
こんな気持ちを周に気付かれていやしないかと思う度にハラハラと心がざわめくのが何とも苦しくて仕方ない。
当初は憧れや安堵感だと思っていた気持ちが、それだけではないということに気付いてから既にひと月になろうとしている。いったいいつまで隠し通せるものだろうか――近頃の冰はそんな悩みで悶々とした日々を過ごしているのだった。
周は相変わらずにやさしいが、それが親心に近い愛情なのか、それとも自分と似たような恋情を持ってくれているのかは不明である。冰とて、むろんこんな気持ちを打ち明けるつもりもなかったし、勇気も当然ない。だがまあ、周に家族のようなものだとまで言われ、共に暮らせているだけでも幸せと満足しなければならない――冰は常に自分にそう言い聞かせてもいたのだった。
そんな冰の心を揺さぶる出来事が起こったのは、それから間もなくしてのことだった。初めて周を訪ねた日に連れていってもらった、例のケーキが美味しいと評判のホテルのラウンジでのことだった。
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