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恋敵
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「……そんな! 何でよ……何であなたほどの人がそんな子となんか! 信じられない!」
「――口のきき方すら忘れたか? だが、これだけは忘れるな。お前が”そんな子”と言ったこの冰は、お前を闇市に堕とさねえ為に奔走してくれたんだ。元恋人だなどと嘘八百を並べ立てられて、少なからず動揺もしただろうに、それでも尚やさしい気持ちをかけてくれた。それが分からねえならこれ以上話すことはねえ。てめえの不始末はてめえでカタをつけるといい」
「焔……! 待って! アタシは……」
「二度と俺の前にツラを見せるなよ」
周はグイと冰の肩を抱くと、即座に踵を返した。と同時に、卓上に置かれたアタッシュケースも李がスマートに片付けんと手を掛ける。
「待って、焔! ごめんなさい、その子に元恋人だって言ったことは謝るわ……! でも本当に……アタシはあなたのことを……あなたが誰かのものになるなんて耐えられなかったのよ! それだけなのよ……!」
半狂乱になって泣きわめく女を見ながら、冰は心が痛むといった顔つきでいる。このまま帰ってしまうのが躊躇われてか、無意識にもギュッと周の腕を掴んだ彼に、その様子を見かねた社長がおずおずと口を挟んだ。
「あの……周大人。差し出がましいことを申し上げるご無礼をお許しください。ですが、その……冰さんとおっしゃいましたか、その御方のせっかくのご厚意をこんな形で無にするのも心が痛みます。如何でしょう、ここは冰さんのご厚意を受け取らせていただいて……一旦このお金は私どもに返済してくださったということにしてはいただけませんか」
社長は床に頭を擦り付けるようにしながらそう言って、そして間髪入れずにこう付け加えた。
「私共は……知らなかったとはいえ、冰さんとそのご友人にたいへんな無礼を働いてしまいました。その謝罪として、この五千万円をお受け取りいただくという形にしてはいただけませんか……。もちろん、とんでもないことを申しているのは重々承知しております! ですが……」
せっかくの冰のあたたかい気持ちを無碍にしたくはない。金銭的な面でいえば、金が動くわけではないが、そういった形にしてもらうことで冰の厚意を踏みにじることは避けたいという社長の考えだった。
その申し出に周は歩をとめると、眉根を寄せながらも彼の気持ちは理解できるとして一瞥をくれた。
「だが、それじゃあんたの社にとってはまったく得にならん話だろう」
「とんでもございません! 冰さんとご友人を拉致のような形で強引に連れて来てしまったことは事実です。本来であれば、どうお詫びをしても許されることではないと思っております……!」
周にもその気持ちは充分に伝わったのだろう。
とにかくは周一族の縁者に手を出してしまったことへの謝罪をしなければ生きた心地がしない。社長の表情からはそんな彼の必死な気持ちが見てとれた。
「いいだろう。あんたの気持ちは分かった。冰らを拉致したことは水に流してやる」
「は……っ、有り難きご理解とご厚情、心より感謝致します……!」
周はその気持ちを汲み取ると、冰を連れて今度こそ部屋を後にした。
「――口のきき方すら忘れたか? だが、これだけは忘れるな。お前が”そんな子”と言ったこの冰は、お前を闇市に堕とさねえ為に奔走してくれたんだ。元恋人だなどと嘘八百を並べ立てられて、少なからず動揺もしただろうに、それでも尚やさしい気持ちをかけてくれた。それが分からねえならこれ以上話すことはねえ。てめえの不始末はてめえでカタをつけるといい」
「焔……! 待って! アタシは……」
「二度と俺の前にツラを見せるなよ」
周はグイと冰の肩を抱くと、即座に踵を返した。と同時に、卓上に置かれたアタッシュケースも李がスマートに片付けんと手を掛ける。
「待って、焔! ごめんなさい、その子に元恋人だって言ったことは謝るわ……! でも本当に……アタシはあなたのことを……あなたが誰かのものになるなんて耐えられなかったのよ! それだけなのよ……!」
半狂乱になって泣きわめく女を見ながら、冰は心が痛むといった顔つきでいる。このまま帰ってしまうのが躊躇われてか、無意識にもギュッと周の腕を掴んだ彼に、その様子を見かねた社長がおずおずと口を挟んだ。
「あの……周大人。差し出がましいことを申し上げるご無礼をお許しください。ですが、その……冰さんとおっしゃいましたか、その御方のせっかくのご厚意をこんな形で無にするのも心が痛みます。如何でしょう、ここは冰さんのご厚意を受け取らせていただいて……一旦このお金は私どもに返済してくださったということにしてはいただけませんか」
社長は床に頭を擦り付けるようにしながらそう言って、そして間髪入れずにこう付け加えた。
「私共は……知らなかったとはいえ、冰さんとそのご友人にたいへんな無礼を働いてしまいました。その謝罪として、この五千万円をお受け取りいただくという形にしてはいただけませんか……。もちろん、とんでもないことを申しているのは重々承知しております! ですが……」
せっかくの冰のあたたかい気持ちを無碍にしたくはない。金銭的な面でいえば、金が動くわけではないが、そういった形にしてもらうことで冰の厚意を踏みにじることは避けたいという社長の考えだった。
その申し出に周は歩をとめると、眉根を寄せながらも彼の気持ちは理解できるとして一瞥をくれた。
「だが、それじゃあんたの社にとってはまったく得にならん話だろう」
「とんでもございません! 冰さんとご友人を拉致のような形で強引に連れて来てしまったことは事実です。本来であれば、どうお詫びをしても許されることではないと思っております……!」
周にもその気持ちは充分に伝わったのだろう。
とにかくは周一族の縁者に手を出してしまったことへの謝罪をしなければ生きた心地がしない。社長の表情からはそんな彼の必死な気持ちが見てとれた。
「いいだろう。あんたの気持ちは分かった。冰らを拉致したことは水に流してやる」
「は……っ、有り難きご理解とご厚情、心より感謝致します……!」
周はその気持ちを汲み取ると、冰を連れて今度こそ部屋を後にした。
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