極道恋事情

一園木蓮

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恋敵

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「待って……! 待ってよ、焔!」
 女が叫んだが、もう周が振り返ることはなかった。鐘崎と紫月も後に続き、李もアタッシュケースごと金を引き上げて退出した。
 残された女は呆然と床にへたり込んでしまった。
 彼女が東京にマンションを買っていることは、社長らの方でも既に調べがついているだろう。それを売り払えば、少しはまとまった金額ができるというものだ。横領分が全部戻ってくるわけではないが、少しでも足しにはなるはずである。あとは彼らがどう動こうが、女がどうなろうが、周にとっては感知するところではない。社長という男もそれなりに常識があるようだし、冰が周一族の者と知った以上、もう二度と厄介事に巻き込むようなバカはしないだろう。女に厚情をかけてくれた冰には申し訳ない結果となったかも知れないが、一先ずは闇市に売り飛ばされるという話は立ち消えになったわけだし、それだけでも女にとっては御の字であろう。周にしてみても、ほぼほぼ納得の形で今回の騒動に終止符を打つこととなったのだった。



◇    ◇    ◇



 そうして周らがホテルへと戻ったのは、午後の十一時を回った頃だった。夜半ではあるが、皆まだ起きて待っていてくれて、冰と紫月は今回の拉致からの奪還に尽力してくれた礼を述べたのだった。
 兄の風と彼に付いてきた側近たちにも周が部屋を用意したので、今夜は皆で同じホテルに一泊することとなった。どうせ明日からは周と冰も香港の実家に行くことになっていたので、帰りは風の手配したフェリーで共に帰省することになった。
 一方、張の方もイカサマカジノで冰が稼ぎ出した残りの換金分を持参してホテルへと駆け付けてくれていた。冰が唐静雨の為に持ち帰ったのは約束の五千万円分だけだったからである。
「雪吹君、周焔さん、今回は本当にお世話になりました。お陰様で理事会から任された初仕事も大成功を収めることができました。何と御礼を申し上げても足りません」
 張が丁重に礼を述べる傍らで、理事会の重鎮といわれている者たちも全員が同行していて、揃って頭を下げる。ここマカオでは相当の立場がある重鎮たちでも、周一族の前とあっては非常に丁重になるわけだ。
 皆からの礼と絶賛の嵐に、冰はモジモジとしつつも戸惑っていたが、それよりも何よりもカジノで勝ちを決めた換金額の方にたじろいでしまっていた。
 元手は周が持ったものの、ルーレットの一目賭けで二回も大勝ちしたわけだから、その金額は目を剥くようなものである。冰にとってはそれこそ映画かドラマの世界である。実感が湧かないどころか、そんな大金を『はい、どうぞ』と並べられても、それこそどうしていいやら困惑するばかりであった。
「白龍、ちょっといい?」
「ん? 何だ」
「えっとさ、俺困るよ……。こんな大金どうしていいか……見てるだけでも怖いし」
 張と理事会の重鎮たちは真っ当な勝ちで得た勝利の証だから遠慮なく受け取ってくれと言うが、冰にしてみればとてもじゃないがそんな気にはなれないといったところなのだ。元々、唐静雨の横領分を補填できれば御の字と思っていただけなので、それ以外の額面を受け取ることなど微塵も脳裏になかったわけである。その横領分も、結局は社長が今回の騒動に巻き込んでしまった詫びとして返してくれたことだし、周に出してもらった元手もそれで十分まかなえる。それ以外の金は皆で分けてもらえればいいと冰は思っていた。
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