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厄介な依頼人
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「別に名前で構わねえ。春日野菫だ、よろしく頼む」
「菫……さんですか?」
「そうだ。音だけで聞くとよく女と間違えられるが、漢字でも”花”の菫と書く。そういやお前さんはリンドウとかいったな? やはり花の竜胆か?」
「は、はい! 徳永竜胆と申します! 自分の漢字も花の竜胆です!」
「春と秋の花か。案外いいコンビになりそうだな」
「きょ、恐縮です! 俺、菫兄さんの言うことなら何でも聞きます! 精一杯勤めますので、どうかよろしくご指導ください!」
先程の若い衆らの態度から学んだのか、早速に腰を九十度に追って首を垂れる。しかも名前呼びでいいと言ったせいか、菫兄さんなどと呼ぶところが可愛らしくもある。そんな新入りの姿に、思わず瞳を細めさせられてしまう春日野であった。
「それにしても菫兄さん、こちらの組はイケメンじゃないと入れないんですか?」
「ああ?」
歩き出すと途端にそんなことを訊かれて、春日野はポカンと瞳を丸くしてしまった。
「だって、若頭さんといい姐さんといい、さっきの清水さんでしたっけ? あの方も……それに菫兄さんだってめちゃめちゃ男前で……自分、ちょっとカルチャーショック状態っス! なんか……モデル事務所にでも来ちまったのかーってくらいだし、自信なくなってきました」
「モデル事務所だ? 面白えことを言うヤツだ」
「だって心配っスよ。自分、ホントに雇っていただけるのかって。若頭さんはとりあえず一ヶ月勤めてみろっておっしゃってくれたスけど……まさか”顔”で落とされるとかあるんかなって……」
ひどく深刻そうにそんなことを言っている様子に、またひとたび笑いを誘われる。
「心配には及ばんよ。容姿で人を見てどうこうなんざ、ウチの親父さんも若もそんなお人じゃないさ。それに――仮に容姿で選ぶとしてもお前さんなら間違いなく合格だろうが」
「へ? そうスか? 兄さん、やさしいっスね! 正直言って最初はご先輩の兄さん方に洗礼みたいな厳しい儀式を受けるもんとばかり思ってました。もうめちゃめちゃ腹括ってきたんです」
「洗礼だ?」
「ええ、一等最初は集団リンチみたいな儀式があるのかなって……ビビってたんです」
「おいおい、ガキの遊びじゃねえんだ。そんなことするかよ」
「そ、そうっスよね……。組には入りたいけど、相当覚悟いるだろうなっていろいろ想像しちゃって……。情けない話ですけど、昨夜は一睡もできませんでした」
頭を掻きながら照れ笑いする表情がなんともあどけなくて愛嬌が感じられる。春日野は、ついつられるように笑みが漏れ出してしまうのを抑えられずにいた。
「自分、昔っからツラは女みてえとか言われてきましたし、体つきも華奢に見えちまうんで、舐められることも多いんです。腕っ節にはそこそこ自信あるんだけどなぁ……」
ブツブツと独りごちている表情が何とも親近感を誘ってくるようだ。どことなく自分たちの姐さんに似ているような面立ちでもあるし、性質も実直そうで、なかなかに面白い男のようだ。そんな彼の教育係に任命されて、これからの毎日がなんとも楽しみになったといおうか、心躍るような不思議な感覚を心地好く感じる春日野であった。
◇ ◇ ◇
「菫……さんですか?」
「そうだ。音だけで聞くとよく女と間違えられるが、漢字でも”花”の菫と書く。そういやお前さんはリンドウとかいったな? やはり花の竜胆か?」
「は、はい! 徳永竜胆と申します! 自分の漢字も花の竜胆です!」
「春と秋の花か。案外いいコンビになりそうだな」
「きょ、恐縮です! 俺、菫兄さんの言うことなら何でも聞きます! 精一杯勤めますので、どうかよろしくご指導ください!」
先程の若い衆らの態度から学んだのか、早速に腰を九十度に追って首を垂れる。しかも名前呼びでいいと言ったせいか、菫兄さんなどと呼ぶところが可愛らしくもある。そんな新入りの姿に、思わず瞳を細めさせられてしまう春日野であった。
「それにしても菫兄さん、こちらの組はイケメンじゃないと入れないんですか?」
「ああ?」
歩き出すと途端にそんなことを訊かれて、春日野はポカンと瞳を丸くしてしまった。
「だって、若頭さんといい姐さんといい、さっきの清水さんでしたっけ? あの方も……それに菫兄さんだってめちゃめちゃ男前で……自分、ちょっとカルチャーショック状態っス! なんか……モデル事務所にでも来ちまったのかーってくらいだし、自信なくなってきました」
「モデル事務所だ? 面白えことを言うヤツだ」
「だって心配っスよ。自分、ホントに雇っていただけるのかって。若頭さんはとりあえず一ヶ月勤めてみろっておっしゃってくれたスけど……まさか”顔”で落とされるとかあるんかなって……」
ひどく深刻そうにそんなことを言っている様子に、またひとたび笑いを誘われる。
「心配には及ばんよ。容姿で人を見てどうこうなんざ、ウチの親父さんも若もそんなお人じゃないさ。それに――仮に容姿で選ぶとしてもお前さんなら間違いなく合格だろうが」
「へ? そうスか? 兄さん、やさしいっスね! 正直言って最初はご先輩の兄さん方に洗礼みたいな厳しい儀式を受けるもんとばかり思ってました。もうめちゃめちゃ腹括ってきたんです」
「洗礼だ?」
「ええ、一等最初は集団リンチみたいな儀式があるのかなって……ビビってたんです」
「おいおい、ガキの遊びじゃねえんだ。そんなことするかよ」
「そ、そうっスよね……。組には入りたいけど、相当覚悟いるだろうなっていろいろ想像しちゃって……。情けない話ですけど、昨夜は一睡もできませんでした」
頭を掻きながら照れ笑いする表情がなんともあどけなくて愛嬌が感じられる。春日野は、ついつられるように笑みが漏れ出してしまうのを抑えられずにいた。
「自分、昔っからツラは女みてえとか言われてきましたし、体つきも華奢に見えちまうんで、舐められることも多いんです。腕っ節にはそこそこ自信あるんだけどなぁ……」
ブツブツと独りごちている表情が何とも親近感を誘ってくるようだ。どことなく自分たちの姐さんに似ているような面立ちでもあるし、性質も実直そうで、なかなかに面白い男のようだ。そんな彼の教育係に任命されて、これからの毎日がなんとも楽しみになったといおうか、心躍るような不思議な感覚を心地好く感じる春日野であった。
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