極道恋事情

一園木蓮

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三千世界に極道の華

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「主さん、いつまでそうしてんのさ。そんなトコでじっとしてたら風邪を引くよ。ほら、お酒の用意ができたよ。こっちへ来て一緒に飲もうじゃないかい」
 広い背中を抱き包むように細い腕を目一杯回してしがみつく。元々はだけ気味の着物の合わせを更に押し開いては、わざと胸の谷間を擦り付けるようにしながら甘えてみせた。
 そうされて鐘崎もチラリと自分にまとわりついている女に目をやったが、相変わらずにぼうっとした調子のまま虚な視線も定まらないままだ。
「誰だ……」
 ようやくとひと言そう返したが、まるで自分自身がどこの誰なのかも分かっていない様子でいる。やはり先程の男が言っていた『記憶が曖昧になる』というのは嘘ではなさそうだ。
「あん、もう! 焦ったいねぇ。アタイを忘れちまったのかい? 散々アタイのこと可愛がってくれたじゃないのさぁ」
 女は記憶が曖昧なのをいいことに、有ること無いことを吹き込んで、更に混沌とさせようとしているようだ。
「俺が……おめえを……?」
「そうよぉ! 昨夜だってあんなに熱くアタイを求めてくれたじゃないの!」
「……さあ? すまねえが……よく思い出せねえ」
「んもう! 冷たいことお言いでないよ! とにかくこっちへ来て一献やろうじゃないさ。そうすりゃきっと思い出すってものさ」
 女は強引に鐘崎の腕を取って座敷の中へと引っ張っていくと、催淫剤入りの徳利から酒を注いでみせた。
「さあ、とにかくお呑みよ。一献開けたらアタイがうんと気持ちいいことしてあげる」
 上目遣いでしなだれかかる。鐘崎は渡された盃をぼうっと握り締めたまま、未だ臓腑の抜けた人形のような虚な視線でそれを見つめていた。
 その様子を窺っていた周と橘にも戦慄が走る。あんな状態で催淫剤など食らってしまったらと思うと気が気でない。
「クソッ……! 何とか止めなきゃなんねえ……」
 周は地面に落ちていた小石を拾い上げると、鐘崎の手元にある盃目掛けてそれを放ろうとした。その時だ。
 わずか一瞬早く鐘崎の手から盃が転げ落ちて、酒が畳へとこぼれた。それと同時に盆の上にあった徳利も倒れて中身が流れ、あっという間に盆の上へと広がっていく。
「ああ……! 何をやっておいでだい!」
 せっかくの催淫剤入りの酒が、これでは台無しだ。女は焦って徳利を拾い上げたが、時既に遅かった。
「ああん、もう! なんてことだい! 薬はこれで全部だってのに! またアイツらから貰ってこなきゃならないじゃないか!」
 どうやら男から渡された包みはそれ一つだったようだ。
「……は、驚かしやがる! だがまあこれで一安心だが……」
 周と橘の方では偶然の幸いにホッと胸を撫で下ろす。だがこれはいいチャンスでもある。女が替えの薬を取りに部屋を出て行けば、その隙に鐘崎を連れて逃げられるかも知れないからだ。
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