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孤高のマフィア
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そうして一夜が明けた。
周は正直なところ仕事どころではなかったが、事情を知る由もない業務は待ってはくれない。クライアントは次々にやって来るし、後回し出来る接待などを除いては仕事をなおざりにするわけにもいかず、業務は側近の劉に任せることにして李と共に冰らの行方を必死に追っていた。
まずは過去の例の通り、海外へ連れ去られた可能性を考えて空港からの離着陸を当たる。丹羽の話では目ぼしい車輌は北と西へ向かう高速道路上で発見できたということだったので、羽田以外の各空港についても念入りに調べを進めていく。すぐに追えるようにプライベートジェットやヘリの飛行許可も手配する必要がある。李や側近たちもまじえて寝ずの調査で拉致から半日を迎えようとしていた。
そんな折だ。いつもは劉と冰が二人一組でツインタワーに入っている関連企業周りをするのが日課なのだが、今日は劉一人が忙しなくしている様子を気に留めた受付嬢の矢部清美から気になる情報が拾えることなろうとは意外であった。彼女からの言葉は思いも寄らない蜘蛛の糸となって周らに光明をもたらすこととなったのである。
「あら、劉さん! 今日は随分とお忙しそうね。雪吹君の姿が見えないけれど、もしかして風邪でも引かれたの?」
劉は無意識にも険しい表情でツインタワーとの間を行ったり来たりしていたようだ。その際、必ず受付の前を通るので、不思議に思った清美から声を掛けられたのだ。
「ああ……いや、そういうわけではないのだが……」
何とも言いづらそうに言葉を濁す劉の様子に、勘の鋭い清美は何かあったのかと不審に思ったようだ。
「実は私たちの方でも雪吹君に相談したいことがあって。来週のお花見イベントの件なんですけど」
周の社では毎年社員たちへの福利厚生として季節毎にイベントを行なっているのだ。花見や花火大会、秋には小さな神輿を出してのイベントなどもある。冰は秘書課だから、社員たちの参加人数や要望やらを取りまとめる任務も請け負っていて、これまでにも何度か清美と協力して行事に携わっていたのだ。
「花見イベントか……。では雪吹さんに代わって私が要件を聞いておくが」
劉がそんなことを言い出したので、清美はますます不思議に思ったようだ。
「あの……何かあったんですか? もしよかったら後程秘書室をお訪ねしてもよろしいかしら? 劉さんにお言付けしてもいいんですけれど、イベントのことはこれまでも雪吹君と一緒にやってきたから」
できれば冰と直接話したい様子の彼女に、さすがの劉も何と断ればよいか頭をひねらされるところだ。
「雪吹さんは今……その、そう! 社長の御用で出張に出られていてな。帰って来たらキミに連絡を入れるように伝えるから……」
「あら……そうだったんですか。じゃあ一応これが参加者の名簿と進行表です。雪吹君が帰られたらまた詳しくご相談させてください」
「あ、ああ分かった。預かっていくよ。キミたちもご苦労様だ」
劉は資料を預かると、そそくさとその場を後にしていった。
周は正直なところ仕事どころではなかったが、事情を知る由もない業務は待ってはくれない。クライアントは次々にやって来るし、後回し出来る接待などを除いては仕事をなおざりにするわけにもいかず、業務は側近の劉に任せることにして李と共に冰らの行方を必死に追っていた。
まずは過去の例の通り、海外へ連れ去られた可能性を考えて空港からの離着陸を当たる。丹羽の話では目ぼしい車輌は北と西へ向かう高速道路上で発見できたということだったので、羽田以外の各空港についても念入りに調べを進めていく。すぐに追えるようにプライベートジェットやヘリの飛行許可も手配する必要がある。李や側近たちもまじえて寝ずの調査で拉致から半日を迎えようとしていた。
そんな折だ。いつもは劉と冰が二人一組でツインタワーに入っている関連企業周りをするのが日課なのだが、今日は劉一人が忙しなくしている様子を気に留めた受付嬢の矢部清美から気になる情報が拾えることなろうとは意外であった。彼女からの言葉は思いも寄らない蜘蛛の糸となって周らに光明をもたらすこととなったのである。
「あら、劉さん! 今日は随分とお忙しそうね。雪吹君の姿が見えないけれど、もしかして風邪でも引かれたの?」
劉は無意識にも険しい表情でツインタワーとの間を行ったり来たりしていたようだ。その際、必ず受付の前を通るので、不思議に思った清美から声を掛けられたのだ。
「ああ……いや、そういうわけではないのだが……」
何とも言いづらそうに言葉を濁す劉の様子に、勘の鋭い清美は何かあったのかと不審に思ったようだ。
「実は私たちの方でも雪吹君に相談したいことがあって。来週のお花見イベントの件なんですけど」
周の社では毎年社員たちへの福利厚生として季節毎にイベントを行なっているのだ。花見や花火大会、秋には小さな神輿を出してのイベントなどもある。冰は秘書課だから、社員たちの参加人数や要望やらを取りまとめる任務も請け負っていて、これまでにも何度か清美と協力して行事に携わっていたのだ。
「花見イベントか……。では雪吹さんに代わって私が要件を聞いておくが」
劉がそんなことを言い出したので、清美はますます不思議に思ったようだ。
「あの……何かあったんですか? もしよかったら後程秘書室をお訪ねしてもよろしいかしら? 劉さんにお言付けしてもいいんですけれど、イベントのことはこれまでも雪吹君と一緒にやってきたから」
できれば冰と直接話したい様子の彼女に、さすがの劉も何と断ればよいか頭をひねらされるところだ。
「雪吹さんは今……その、そう! 社長の御用で出張に出られていてな。帰って来たらキミに連絡を入れるように伝えるから……」
「あら……そうだったんですか。じゃあ一応これが参加者の名簿と進行表です。雪吹君が帰られたらまた詳しくご相談させてください」
「あ、ああ分かった。預かっていくよ。キミたちもご苦労様だ」
劉は資料を預かると、そそくさとその場を後にしていった。
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