643 / 1,212
孤高のマフィア
66
しおりを挟む
いったいどのくらいそうしていたのだろう。広いリビングの窓際で、二人立ったままでただただ互いの背に腕を回して抱き合う。じわりと汗ばむほどに長い長い時間そうしていた後、静かにその温もりを解いてはどちらからともなく見つめ合った。
「冰、一度香港に帰ろう。黄のじいさんの墓に行って、じいさんにも許しを請いたい。その後で本当にお前の気持ちが変わらないというなら親父たちにも報告したいと思う」
もしも黄老人の墓前でやはりそんなことはしない方がいいと思ったならば、ファミリーにも報告しない。じっくりと考えた上で決めてくれればいい、周はそう言った。
冰もまた、周のそんな気持ちが有り難くてならなかった。そしてもう心は決まっていた。
「ありがとう白龍。でも大丈夫。じいちゃんもきっと喜んでくれると思うんだ」
「冰……!」
周は感極まる気持ちに代えて、冰の背丈に合わせ少し膝を曲げては屈み、コツリと額と額を合わせた。そしてひと言、
「ウォーアイニー、周冰灰龍」
それは互いの生まれ育った国の言葉での愛の囁きだった。これまで幾度も愛を伝え合ってきたものの、母国の言葉で云ったのはこれが初めてかも知れなかった。
「白龍……多謝」
俺も愛してる。あなただけを生涯愛してついていくと誓うよ!
広東語でそう応えた嫁をまた抱き締め、幾度も幾度も頬擦りを繰り返した。
「あ! そういえば……ねえ白龍!」
愛しているという言葉でふと思い出したように冰は目の前の亭主を見つめた。
「ん? どうした」
「さっき丹羽さんから香山さんって方の名前が出てたけど……」
香山さんって例の香山さん? と不思議そうに首を傾げる。冰にとってはまさか今回の発端が香山にあるなどとは思いもつかないといったところだったが、拉致犯の男から聞いていた『氷川っていうヤツに想いを寄せている人物からの依頼だ』という言葉を思い出したのだ。丹羽が香山についても取り調べると言っていたのを聞き、周に想いを寄せていたというのは香山なのではないかと思ったのだった。
「まさか今回の拉致を依頼した専務さんっていうのが……香山さんなの?」
「どうもそのようだ」
周は香山が何らかの目的で自分と近付きになりたいと思っていたらしく、その為に今回の拉致を依頼したようだということを打ち明けた。
「じゃあ……白龍のことを好きだっていうのは香山さんのことだったっていうわけか……」
拉致犯の男から聞かされた話によれば、どこぞの専務とやらが今回の拉致を依頼したことや、その目的が周への好意と同時に伴侶である自分が邪魔だからという理由だった。
「そっか……。香山さんは白龍のことが好きだったんだね」
「さあ、どうだかな。恋情というよりも単に出世やなにかの観点から俺を利用したいと思っていた可能性もある」
退社してから何年もの間、一度の音沙汰もなかったのは事実だ。年賀状のひとつさえよこしたこともないというのに、偶然再会したことで思い出したようにコンタクトを取りたがる様子からしてもそちらの可能性の方が高いと周は思っているようだ。
「冰、一度香港に帰ろう。黄のじいさんの墓に行って、じいさんにも許しを請いたい。その後で本当にお前の気持ちが変わらないというなら親父たちにも報告したいと思う」
もしも黄老人の墓前でやはりそんなことはしない方がいいと思ったならば、ファミリーにも報告しない。じっくりと考えた上で決めてくれればいい、周はそう言った。
冰もまた、周のそんな気持ちが有り難くてならなかった。そしてもう心は決まっていた。
「ありがとう白龍。でも大丈夫。じいちゃんもきっと喜んでくれると思うんだ」
「冰……!」
周は感極まる気持ちに代えて、冰の背丈に合わせ少し膝を曲げては屈み、コツリと額と額を合わせた。そしてひと言、
「ウォーアイニー、周冰灰龍」
それは互いの生まれ育った国の言葉での愛の囁きだった。これまで幾度も愛を伝え合ってきたものの、母国の言葉で云ったのはこれが初めてかも知れなかった。
「白龍……多謝」
俺も愛してる。あなただけを生涯愛してついていくと誓うよ!
広東語でそう応えた嫁をまた抱き締め、幾度も幾度も頬擦りを繰り返した。
「あ! そういえば……ねえ白龍!」
愛しているという言葉でふと思い出したように冰は目の前の亭主を見つめた。
「ん? どうした」
「さっき丹羽さんから香山さんって方の名前が出てたけど……」
香山さんって例の香山さん? と不思議そうに首を傾げる。冰にとってはまさか今回の発端が香山にあるなどとは思いもつかないといったところだったが、拉致犯の男から聞いていた『氷川っていうヤツに想いを寄せている人物からの依頼だ』という言葉を思い出したのだ。丹羽が香山についても取り調べると言っていたのを聞き、周に想いを寄せていたというのは香山なのではないかと思ったのだった。
「まさか今回の拉致を依頼した専務さんっていうのが……香山さんなの?」
「どうもそのようだ」
周は香山が何らかの目的で自分と近付きになりたいと思っていたらしく、その為に今回の拉致を依頼したようだということを打ち明けた。
「じゃあ……白龍のことを好きだっていうのは香山さんのことだったっていうわけか……」
拉致犯の男から聞かされた話によれば、どこぞの専務とやらが今回の拉致を依頼したことや、その目的が周への好意と同時に伴侶である自分が邪魔だからという理由だった。
「そっか……。香山さんは白龍のことが好きだったんだね」
「さあ、どうだかな。恋情というよりも単に出世やなにかの観点から俺を利用したいと思っていた可能性もある」
退社してから何年もの間、一度の音沙汰もなかったのは事実だ。年賀状のひとつさえよこしたこともないというのに、偶然再会したことで思い出したようにコンタクトを取りたがる様子からしてもそちらの可能性の方が高いと周は思っているようだ。
22
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる