極道恋事情

一園木蓮

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謀反

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 香港――。
 夜も更けてきた秋の初め、路地裏にある一軒のバーでのことだ。
「クソッ――! 周風の野郎……この俺をないがしろにしやがって!」
 既に客足も少なくなったカウンターの隅に腰掛けて、勢いよくロックグラスをテーブルへと叩きつける男が一人。
 ダウンライトが照らしている黒髪には少々行き過ぎというくらいにヘアワックスが塗りたくられており、まぶしいほどの艶を放っている。ダークスーツに身を包んだその男は、一見しただけで堅気ではない雰囲気をまとっていて、外見だけでいえば裏社会に生きるそれなりの立場の者と受け取れた。年は四十代くらいだろう。
 彼の暴挙を見るともなしにポーカーフェイスを装っていたバーテンダーからすれば、聞かずともこの辺りを治める一大マフィアに与する者なのだろうということが認識できた。
 そんな男が一杯目のグラスに口をつけるなり怒り任せにグラスを叩き置いたとなれば、いかに客の事情に首を突っ込まないのが鉄則の仕事柄といえど、そちらに視線を取られずにはいられなかった。
 焦れている男の脇には彼の手下と思われる男がもう一人――宥めるように機嫌を取っている。
「いったいどうしたってんです兄貴! また周風と揉めたってわけですかい?」
 周風――一般人であるバーテンにとってもその名だけは耳にしたことがある。まさに一大マフィア頭領一族の名だ。風といえば確か長男坊である。
 ここは中環地区にあるので、わりと頻繁にそちら関係の客も訪れてくる。カウンターにマフィアが座ったとしても今更驚きもしないが、それにしても頭領の息子の名が出るとはさすがに興味を引かれずにはいられない。バーテンは何事もなかったかのようにトーションでグラスを拭いながらも、つい耳が彼らの会話を追ってしまうのをやめられずにいた。

 男たちの会話は続いている。

「てめえも知ってるだろうが! つい昨日のことだ。いよいよボスの跡継ぎを本格化する前触れだとかで長男の周風がブレーンの体制を整え出した。側近から幹部、状遣いや御用係に至るまで、ありとあらゆる役目に関する人事が発表されたんだ」
 ボスとは言わずもがな組織を束ねる周隼のことだろう。次々と飛び出す大物の名に、バーテンは危うく心臓が縮む思いでいた。
「ああ、ええ! もちろん知ってますよ! 兄貴はどのお役目に抜擢されるのかって、俺ら下っ端の間でも噂で持ちきりでしたぜ。当然側近は間違いねえでしょうけど、もしかしたら四天王に選ばれるんじゃねえだろうかって皆で期待してましたから」
 四天王とは数ある側近の中でも特に秀でた者のことだ。言葉の通り精鋭の四人が選ばれる。常にボスと行動を共にし、機密事項なども共有する。それに抜擢されれば、ボスに準ずる立場として下の者たちからも尊敬される非常に名誉なことといえた。
「――それだ……。俺も当然そのつもりだった。だがな……蓋を開けてみりゃ四天王どころか側近ですらねえ……! この俺がただの兵卒扱いだ!」
「まさか――」
 聞いていた舎弟の方も絶句状態で口を大きく開けている。
「事実だ!」
 今一度ドン――ッ! とテーブルにグラスを叩き付けた男の顔は、怒りの為か茹で蛸のごとく今にも火を噴きそうなほどであった。
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