極道恋事情

一園木蓮

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謀反

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「あ……んたは……」
 そう、救助隊の青年だ。暗闇の洞窟のような場所から自分を助け出してくれたこの青年の顔はぼんやりとだが覚えていた。
「確か……救助隊の……」
「こちらは冰さんです。周焔さん、あなたの秘書をなさっている方ですよ」
 鄧がそう紹介すると、
「雪吹冰と申します。周さん、ご容態は如何ですか?」
 冰も穏やかにそう名乗った。
 何も覚えていない周に対して一度にたくさんの情報を与えても混乱させるばかりであろう。そう思った冰は、自分が彼の伴侶であることを伏せて、しばらくはただの秘書だと名乗るに留めることに決めた。鄧や真田らにもそう告げていたのだ。
 そんな冰に続いて真田も息咳切らしながら駆け付けてきた。
「こちらは真田さんです。周さんが生まれる前からずっとお邸のことを見てくださっていた御方ですよ」
 つまり執事だそうだ。冰にそう紹介されて、真田もほとほと心配そうに瞳を細めた。
「坊っちゃま……真田でございます。誠心誠意お世話をさせていただきます! どうぞ何なりとどんなことでもお申し付けくださいまし!」
 その顔つきから本当に心を痛めて心配していることが分かる。
「執事に……秘書……」
 周には自分の周りにそんな者たちがいるというのが不思議でならないようだ。先程聞いた医師からの話では、どうやら自分は割合大きな会社を経営しているらしいし、執事や秘書がいてもおかしくはないのかも知れない。そう思えども、やはり何一つ過去のことは思い出せないままだ。覚えているのは羅辰らと共にいたことと鉱山に連れて行かれたあたりから以後のことだけだった。
「……す……まない。何も……思い出せないんだ」
 医師の鄧といい秘書の冰といい、執事だという真田も皆が本心から自分を案じていてくれるのだろうことはなんとなく感じられる。実際、羅辰らにも同じようなことを聞かされたが、今ここに集まっている者たちには不思議と安堵感を覚えるのも確かだ。羅たちといる時には微塵も感じなかった感情だ。
 きっとこの人の好さそうな三人も記憶を失くしていることを憂いているに違いない。何故覚えていないのかと泣きつかれたりもするのだろうが、なるべくならば彼らに心配を掛けるようなことは控えたい。おぼろげにそんなことを思っていた周であったが、秘書の冰から飛び出した言葉は想像とは真逆の穏やかなもので、周はある意味ひどく驚かされてしまった。
「無理に思い出そうとなさる必要はございません。僕らは周さんがこうしてご無事でいてくれただけで充分なんです! どうかくれぐれも焦らず、ご無理はなさらないでください。今はただご安心なされてゆっくりお身体を休めることに専念されてくださいね」
 穏やかな笑顔を向けられて、周は上手く言葉にならないまま胸が熱くなるのを感じるしかできなかった。
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