極道恋事情

一園木蓮

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謀反

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 それはある晩のことである。食事が済んだ後、風呂の準備を終えた冰が、いつものように身体を洗ってくれていた時のことだ。
「そうだ、周さん。今日は髭を剃りましょうか」
 相変わらずにこやかに、そして甲斐甲斐しく世話をしてくれながらそんなことを言った。
「髭……?」
「ええ。ほら、結構伸びてきましたし」
 そう言って手を取られ、頬を触らせられた。
「ね、ジョリジョリするでしょう? 周さんは男らしいお顔立ちですから髭が伸びていても渋くて格好いいんですけどね。でも剃ったほうがすっきりして気持ちよく眠れるかも知れませんし」
 記憶を失くす前も周は普段から髭を剃るのが習慣だった。ここへ帰って来たばかりの頃は、必要以上に身体に触れたり押し付けがましいことをしてもよくないだろうと思い、髭を剃ることまではしていなかったのだが、周から話し掛けてくることも増えてきた今、すっかり伸び放題になってしまった髭を剃るのも悪くないと思い、そう訊いてみたのだ。
「……そうだな。冰君がその方がいいと言ってくれるなら……うん、剃ろうか」
 周は素直に同意したものの、ふと添えられていた冰の手を自ら握り返した。
 おそらくは無意識だったのだろうが、触れた手と手の感覚にほんの僅か心の奥が熱くなる気がしたといった表情で、戸惑ったように視線を泳がせる。冰はそれに対して驚くでもなく、嫌がる素振りも見せない。握り返された手を再び握り返してくれながら微笑んでくれる。鏡越しに見る冰の顔は相変わらずに穏やかで、『じゃあ剃りますね』と言って明るい声を聞かせてくれている。
「泡を付けますから少しの間動かないで我慢しててくださいね」
 ふわふわと頬回りにシェービングフォームが塗られる。周は鏡の中に映るその手つきをぼんやりと見つめながら、白くて綺麗な手だななどと思い、ずっとその動きを追い掛けていた。
「刃を当てますからねー。ちょっと動かないでくださいね」
「ん……? ああ」
 シュ、シュっと慎重に泡ごと剃ってくれる。鏡に映る冰の視線は真剣で、だが時折細められる瞳がそこはかとなくやさしく感じられる。周はそんな仕草を見ているだけで、不思議とあたたかな気持ちになっていくのが心地好かった。
「はい、剃れました! じゃあ顔を洗いましょうか」
 寒くないですかと言って背中からたっぷりの温かい湯をかけてくれる。
「湯に浸かりましょう。ゆっくり温まってくださいね」
 冰は一旦バスルームを出ていったが、周が上がる頃にはタオルや着替えを用意して待っていてくれた。着替えが済むと鏡台の前で髪を乾かしてくれる。毎日同じことの繰り返しだが、色白の指先で髪を梳きながらドライヤーを当ててもらうこの瞬間が周はとても好きだと感じるようになっていた。
「よし! 乾きました。湯冷めしない内にベッドへ行きましょう」
 寝かせつけてくれるのも冰の役目だ。いつもはそのまま部屋を後にする彼を見送るのだが、今日は何故かもう少し一緒にいたいと思ってしまった。
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