725 / 1,212
謀反
62
しおりを挟む
まるで甘えるように肩先の白蘭に頬擦りを繰り返す。バスルームに反響するその声音が涙に滲んでいるようで、冰もまた熱くなった目頭を擦ったのだった。
「白龍ったら……。それを言うのは俺の方だよ。大変な目に遭って、でも生きててくれた。ちゃんと俺の元に戻ってきてくれた。俺もうそれだけで他には何もいらないって思ったよ」
「冰……」
「ありがとうね、白龍。帰って来てくれて……ありがとう……!」
「当たり前……だ。俺が帰る場所はお前の側以外にねえ。今までも、これからも……頼りないところだらけのこんな亭主だが……ずっと迎え入れて欲しいと……ずっと側にいさせて欲しいと……それだけが俺の願いだ」
湯気で湿ったものとはまた別の、温かい雫が周の頬から冰の首筋へと伝う。時折鼻をすするような呼吸と共に発せられるその言葉に、冰もまたポロポロと熱い雫を湯に溶かした。
「白龍ったら……俺だって同じだよ。あなたがいてくれさえすれば何もいらない。例え俺のことを忘れてしまっても、あなたが生きていてくれればいい。側にいて……毎日顔を見られるだけでこんな幸せはないもん」
「冰……お前ってヤツは……」
先程、鐘崎から密かに聞いた話によれば、この冰は事件勃発直後からそう言っていたということだった。羅辰らにDAという危険薬物を盛られたことが分かった時も、焦れる鐘崎とは裏腹に、例え記憶を失くしても生きてさえいてくれればいい、冰はそう言って懸命に捜索を続けてくれたそうだ。そしてそれは言葉の通り、救出されてここへ帰って来てからも全く変わらなかった。
何も思い出せないことを詰るでもなく、焦ることはないと、ゆったりと構えていてくれと言ってくれた。常に心穏やかに過ごせるように甲斐甲斐しく世話をしてくれて、ただただ側で見守ってくれていた。
その間、彼の与えてくれる愛情に対して何も返してやれなかった。まるで介護同然に何から何まで世話を掛け、その上に社の存続の為と働き詰めに働いて、それこそ身も心も休まる暇などなかったはずだ。楽しいこともなければ、好きな音楽を聴いたり気晴らしに買い物へ出掛けたりなどは以ての外で、ホッとひと息をつくティータイムすら皆無だったはずだ。
それなのに最後まで見捨てずに、これ以上ないあたたかい気持ちで寄り添ってくれた。周にはその大らかな愛情がどれほど癒しになったことか知れない。記憶が戻った以上今更かも知れないが、周は冰に打ち明けてみようと思っていたことを話すことにした。
「白龍ったら……。それを言うのは俺の方だよ。大変な目に遭って、でも生きててくれた。ちゃんと俺の元に戻ってきてくれた。俺もうそれだけで他には何もいらないって思ったよ」
「冰……」
「ありがとうね、白龍。帰って来てくれて……ありがとう……!」
「当たり前……だ。俺が帰る場所はお前の側以外にねえ。今までも、これからも……頼りないところだらけのこんな亭主だが……ずっと迎え入れて欲しいと……ずっと側にいさせて欲しいと……それだけが俺の願いだ」
湯気で湿ったものとはまた別の、温かい雫が周の頬から冰の首筋へと伝う。時折鼻をすするような呼吸と共に発せられるその言葉に、冰もまたポロポロと熱い雫を湯に溶かした。
「白龍ったら……俺だって同じだよ。あなたがいてくれさえすれば何もいらない。例え俺のことを忘れてしまっても、あなたが生きていてくれればいい。側にいて……毎日顔を見られるだけでこんな幸せはないもん」
「冰……お前ってヤツは……」
先程、鐘崎から密かに聞いた話によれば、この冰は事件勃発直後からそう言っていたということだった。羅辰らにDAという危険薬物を盛られたことが分かった時も、焦れる鐘崎とは裏腹に、例え記憶を失くしても生きてさえいてくれればいい、冰はそう言って懸命に捜索を続けてくれたそうだ。そしてそれは言葉の通り、救出されてここへ帰って来てからも全く変わらなかった。
何も思い出せないことを詰るでもなく、焦ることはないと、ゆったりと構えていてくれと言ってくれた。常に心穏やかに過ごせるように甲斐甲斐しく世話をしてくれて、ただただ側で見守ってくれていた。
その間、彼の与えてくれる愛情に対して何も返してやれなかった。まるで介護同然に何から何まで世話を掛け、その上に社の存続の為と働き詰めに働いて、それこそ身も心も休まる暇などなかったはずだ。楽しいこともなければ、好きな音楽を聴いたり気晴らしに買い物へ出掛けたりなどは以ての外で、ホッとひと息をつくティータイムすら皆無だったはずだ。
それなのに最後まで見捨てずに、これ以上ないあたたかい気持ちで寄り添ってくれた。周にはその大らかな愛情がどれほど癒しになったことか知れない。記憶が戻った以上今更かも知れないが、周は冰に打ち明けてみようと思っていたことを話すことにした。
19
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる