極道恋事情

一園木蓮

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紅椿白椿

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 もしもあの時、鞠愛らが通り掛からなかったら、おそらくは流されてしまっていただろう。場合によっては最悪の事態にもなり得たわけだ。鐘崎にとって辰冨親娘はまさに命の恩人というわけだった。
「それはそうとこちらにはいつまで居られるので?」
「ええ、ひと月ほど。私と家内はまた米国へ戻りますが、娘はこのまま日本に残りたいと申しましてな」
「おや、そうですか。ではお嬢さんは一人暮らしをなされるので?」
「ええ。私としては幾分心配でしてな、一緒に戻ろうと言っているのですが聞かんのですよ」
「そうでしたか。ご両親としてはやはりご心配でしょうな」
 この辺りに住むのであれば、何かと力になれればと僚一は言った。
「ありがとうございます。まあ本音を言ってしまいますと、この娘にも早くいい連れ合いが見つかって所帯でも持ってくれれば言うことなしなんですがな」
「分かります。お嬢さんはお綺麗でいらっしゃるし引き手数多でしょう。いいお相手とご縁があるとよろしいですな」
「まったくです。どこかにいい殿方はいらっしゃらないものでしょうかね。娘ももうあと少しで三十ですからな」
 辰冨は笑いながらも、ちらりと鐘崎を見やっては微笑んだ。
「そういえば遼二君もうちのとは三つ違いでしたな? どうです? もしもよろしければもらってやってはいただけませんか」
 辰冨が社交辞令方々そんなことを言う傍らで、鞠愛は得意げに身を乗り出した。
「いやぁね、パパったら! 急にそんなこと言ったら遼二さんに失礼よ」
 否定しながらも表情は期待でいっぱいといったふうに対面の鐘崎を直視する。
「あの頃から遼二さんは素敵だったし、今もこんなにカッコいいんですもん。きっともういい女性ひとがいらっしゃるでしょ?」
 と言いつつ、いい女性ひとがいなければいいと顔に書いてある。期待に気もそぞろといった彼女に、鐘崎は正直に打ち明けた。
「光栄なお言葉、恐縮です。ですが有り難いことに数年ほど前に結婚いたしまして」
 親娘は驚いたようにして同時にのけ反ってしまった。
「おや、左様でしたか。それはそれは……おめでとうございます」
「ほらぁ、やっぱりね! 遼二さんこんなにカッコいいんだもの。女が放っておくわけないわ。だからもっと早く帰って来ようって言ったのに!」
 父の方は残念だとすぐに引き下がったが、娘の方はすっかり意気消沈で唇を尖らせる始末だ。鐘崎自身もどう返してよいやら言葉を詰まらせて困惑顔だ。
 そんな様子に僚一が穏やかな助け舟を出した。
「愚息には勿体ないくらいの嫁でしてね。コイツの側で一生懸命組のことも支えてくれています。本当に有り難く思っておりますよ」
 舅の僚一がそう太鼓判を押すのだから、それ以上は会話にならない。辰冨も『それは良かった。羨ましいことですな』と、祝いの言葉を口にしたのだった。
 ところが娘の方は鐘崎の嫁に興味津々の様子だ。是非奥様にもお会いしてみたいわなどと言い出した。
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