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紅椿白椿
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「せっかくですが、生憎今日は自治会の会合に出ておりまして」
鐘崎が言うと、ますます残念そうにして鞠愛は頬を膨らませた。
「まあ残念! じゃあ今度是非お食事でもご一緒させてくださらない? どんな方か見てみたいもの! それに私も日本に住むことになったらお友達が欲しいし。是非!」
お友達どころか、彼女の言い草を聞いているとまるで対抗意識剥き出しといった調子だ。鐘崎はもとより僚一もやれやれと思わされたが、そこは大人の付き合いだ。何といっても命の恩人であるし、ここは穏やか且つさりげなく話題を変えながら親娘との対面の時を終えたのだった。
◇ ◇ ◇
それからというもの、鞠愛は事あるごとに鐘崎組へと顔を出すようになっていった。手作りの菓子を焼いたからと持って来たり、都内へ買い物に出たいから案内をお願いしたいと言ってきたり――。
まあ鐘崎も僚一も依頼の仕事で邸を空けていることが殆どだったから、直接鞠愛と顔を合わすこともそうそうはなかったものの、組員の間では愚痴が出回るほどに有名な事案となっていったのだった。
庭師の泰造や小川の耳にもそれらの愚痴が届くほどで、剪定をしながら若い衆の立ち話が聞こえてくることもしばしばであった。
「ったく! あの外交官のお嬢さんとやらには参っちまうぜ。今日なんか若も姐さんも出掛けて居ねえって言ってるのに聞きゃあしねえ」
「いつ帰って来るんだ、若の休みはいつだって……とにかくしつこくて仕方ねえ」
「こないだなんてよ、たまたまあの娘が来てた時に若が仕事に出て行かれるって玄関で鉢合わせちまってさ。クッキーを焼いてきたからこの場で開けて味見してくれだの大騒ぎさ」
「ああそれな、俺も見た! 若が気を遣って受け取られたんだが、お礼に次の休みは買い物に付き合ってくれときたもんだ! 日本は慣れてねえから一人じゃ怖えだの、若の腕にぶら下がる勢いよ。もしもあれが野郎なら迷わず俺がぶん殴ってるところだったぜ」
若い衆らの雑談に小川はもう剪定どころではない。耳がダンボというくらいに聞き耳を立ててしまうのだった。
「けどよ、若には姐さんがいるってことはあの娘も知ってるんだろうが。一等最初にここを訪ねて来た時にウチの親父さんもそう伝えたって聞いたぜ」
「それなんだがな……。どうもあの女、姐さんが男だってのを突き止めたようでな。だったら若は実質上独身だから、自分にもチャンスはあるとか言い出してるらしいぞ」
「父親が外交官だってんだろ? どっからか伝手を辿って調べたのかも知れねえな」
「ああ、今じゃ大使になったとかって話だが、また面倒なのが湧いたもんだ」
「実は俺、この前あの女が訪ねて来た時に茶を出しに行ったんだが……」
ちょうどその日は鐘崎も僚一も仕事に出ていて、幹部の清水が応対していたそうだ。
「女が清水さんに訊いてたんだ。若の奥様は本当に男の人なんですか? ってな。もちろん清水さんも堂々とその通りですとお答えになってらしたが、実際困ってたようだったぜ。普通そんなこと面と向かって訊いてくるかっつーの!」
「うわ! マジ!? 最低だわ」
そんな話をしていたところへ紫月が自治会の会合を終えて戻って来た。
鐘崎が言うと、ますます残念そうにして鞠愛は頬を膨らませた。
「まあ残念! じゃあ今度是非お食事でもご一緒させてくださらない? どんな方か見てみたいもの! それに私も日本に住むことになったらお友達が欲しいし。是非!」
お友達どころか、彼女の言い草を聞いているとまるで対抗意識剥き出しといった調子だ。鐘崎はもとより僚一もやれやれと思わされたが、そこは大人の付き合いだ。何といっても命の恩人であるし、ここは穏やか且つさりげなく話題を変えながら親娘との対面の時を終えたのだった。
◇ ◇ ◇
それからというもの、鞠愛は事あるごとに鐘崎組へと顔を出すようになっていった。手作りの菓子を焼いたからと持って来たり、都内へ買い物に出たいから案内をお願いしたいと言ってきたり――。
まあ鐘崎も僚一も依頼の仕事で邸を空けていることが殆どだったから、直接鞠愛と顔を合わすこともそうそうはなかったものの、組員の間では愚痴が出回るほどに有名な事案となっていったのだった。
庭師の泰造や小川の耳にもそれらの愚痴が届くほどで、剪定をしながら若い衆の立ち話が聞こえてくることもしばしばであった。
「ったく! あの外交官のお嬢さんとやらには参っちまうぜ。今日なんか若も姐さんも出掛けて居ねえって言ってるのに聞きゃあしねえ」
「いつ帰って来るんだ、若の休みはいつだって……とにかくしつこくて仕方ねえ」
「こないだなんてよ、たまたまあの娘が来てた時に若が仕事に出て行かれるって玄関で鉢合わせちまってさ。クッキーを焼いてきたからこの場で開けて味見してくれだの大騒ぎさ」
「ああそれな、俺も見た! 若が気を遣って受け取られたんだが、お礼に次の休みは買い物に付き合ってくれときたもんだ! 日本は慣れてねえから一人じゃ怖えだの、若の腕にぶら下がる勢いよ。もしもあれが野郎なら迷わず俺がぶん殴ってるところだったぜ」
若い衆らの雑談に小川はもう剪定どころではない。耳がダンボというくらいに聞き耳を立ててしまうのだった。
「けどよ、若には姐さんがいるってことはあの娘も知ってるんだろうが。一等最初にここを訪ねて来た時にウチの親父さんもそう伝えたって聞いたぜ」
「それなんだがな……。どうもあの女、姐さんが男だってのを突き止めたようでな。だったら若は実質上独身だから、自分にもチャンスはあるとか言い出してるらしいぞ」
「父親が外交官だってんだろ? どっからか伝手を辿って調べたのかも知れねえな」
「ああ、今じゃ大使になったとかって話だが、また面倒なのが湧いたもんだ」
「実は俺、この前あの女が訪ねて来た時に茶を出しに行ったんだが……」
ちょうどその日は鐘崎も僚一も仕事に出ていて、幹部の清水が応対していたそうだ。
「女が清水さんに訊いてたんだ。若の奥様は本当に男の人なんですか? ってな。もちろん清水さんも堂々とその通りですとお答えになってらしたが、実際困ってたようだったぜ。普通そんなこと面と向かって訊いてくるかっつーの!」
「うわ! マジ!? 最低だわ」
そんな話をしていたところへ紫月が自治会の会合を終えて戻って来た。
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