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紅椿白椿
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そうして鞠愛の護衛の日がやってきた。
午前中に辰冨が自ら娘を鐘崎組まで送って来て、当の鞠愛はご機嫌もご機嫌だ。頭の先からつま先まで気合いを入れまくったというのが一目で分かるような出立ちでやって来た。
「遼二さぁんー! まあ、なんて素敵なのー! お洒落なお洋服、とっても似合ってるわ!」
鐘崎は買い物の護衛という点から、共に歩いても悪目立ちしない程度のカジュアルな装いでいた。麻と綿が混じった涼しげなシャツに淡い色合いのサマージャケット、パンツは細みのフルレングスとクロップドの中間くらいの丈が絶妙に粋である。靴は柔らかい革製のデッキシューズだが、これもいざという時に走ったり応戦したりしやすいようにとの観点からである。
髪型は普段とさして変わらないが、瞳が見えるか見えないかの薄めの色合いが洒落たサングラスは、街中で容易に顔を認識されない為の必需品だ。あらゆる点で警護を念頭に置いているわけだが、鞠愛にとってはそれらすべてが自分と出掛ける為にとびきりのお洒落をしてくれたのだと受け取れてしまったようだ。鐘崎の側にまとわりついては、『素敵素敵!』を繰り返してはしゃいでいる。
そんな様子に補佐役の橘がスマートに車へとうながした。
「お嬢様、お車へどうぞ」
まるで執事の如く所作で後部座席のドアを開けて一礼する。橘もまた、鐘崎同様、似たり寄ったりの出立ちである。長身でなかなかのハンサムなので、鞠愛は相当に上機嫌の様子だ。『遼二さんも早くぅー』などと甘ったるい声音で手招きしてよこす。
ところが、鐘崎が助手席に乗り込むと同時に、そのご機嫌が急降下してしまった。
「えー、遼二さん……前に乗られるの?」
その返事はすかさず橘が買って出た。
「ええ、我々組員は助手席というのが護衛の決まりなのです」
どうかご了承願いますというようにニッコリと微笑まれて、鞠愛もそれ以上は何も言えなくなったようだ。わずかにプイと頬を膨らませると、つまらなさそうに橘とは反対側の窓の外を眺めるように顔を背けてしまった。
「では若、我々は後続車にてついて参ります」
橘は鐘崎らとは別の車で行くようだ。そんな様子に鞠愛は目を丸めた。
「遼二さん、二台で行くの?」
「ええ、そうです。あらゆる事態を想定して、通常二台で動くのが我々の決まりなんですよ」
「へえ……そうなの。何だか仰々しいのね」
「大事な御身をお預かりするわけですから」
「そんな、大事だなんて」
当初、鞠愛が想像していたのとは大分勝手が違う。彼女にしてみれば鐘崎自らが運転して、二人きりで出掛けられると思っていたようだ。だがまあ、大事だなどと言われれば悪い気はしなかったらしい。とりあえずはこの体制でも仕方がないと納得したようだった。
午前中に辰冨が自ら娘を鐘崎組まで送って来て、当の鞠愛はご機嫌もご機嫌だ。頭の先からつま先まで気合いを入れまくったというのが一目で分かるような出立ちでやって来た。
「遼二さぁんー! まあ、なんて素敵なのー! お洒落なお洋服、とっても似合ってるわ!」
鐘崎は買い物の護衛という点から、共に歩いても悪目立ちしない程度のカジュアルな装いでいた。麻と綿が混じった涼しげなシャツに淡い色合いのサマージャケット、パンツは細みのフルレングスとクロップドの中間くらいの丈が絶妙に粋である。靴は柔らかい革製のデッキシューズだが、これもいざという時に走ったり応戦したりしやすいようにとの観点からである。
髪型は普段とさして変わらないが、瞳が見えるか見えないかの薄めの色合いが洒落たサングラスは、街中で容易に顔を認識されない為の必需品だ。あらゆる点で警護を念頭に置いているわけだが、鞠愛にとってはそれらすべてが自分と出掛ける為にとびきりのお洒落をしてくれたのだと受け取れてしまったようだ。鐘崎の側にまとわりついては、『素敵素敵!』を繰り返してはしゃいでいる。
そんな様子に補佐役の橘がスマートに車へとうながした。
「お嬢様、お車へどうぞ」
まるで執事の如く所作で後部座席のドアを開けて一礼する。橘もまた、鐘崎同様、似たり寄ったりの出立ちである。長身でなかなかのハンサムなので、鞠愛は相当に上機嫌の様子だ。『遼二さんも早くぅー』などと甘ったるい声音で手招きしてよこす。
ところが、鐘崎が助手席に乗り込むと同時に、そのご機嫌が急降下してしまった。
「えー、遼二さん……前に乗られるの?」
その返事はすかさず橘が買って出た。
「ええ、我々組員は助手席というのが護衛の決まりなのです」
どうかご了承願いますというようにニッコリと微笑まれて、鞠愛もそれ以上は何も言えなくなったようだ。わずかにプイと頬を膨らませると、つまらなさそうに橘とは反対側の窓の外を眺めるように顔を背けてしまった。
「では若、我々は後続車にてついて参ります」
橘は鐘崎らとは別の車で行くようだ。そんな様子に鞠愛は目を丸めた。
「遼二さん、二台で行くの?」
「ええ、そうです。あらゆる事態を想定して、通常二台で動くのが我々の決まりなんですよ」
「へえ……そうなの。何だか仰々しいのね」
「大事な御身をお預かりするわけですから」
「そんな、大事だなんて」
当初、鞠愛が想像していたのとは大分勝手が違う。彼女にしてみれば鐘崎自らが運転して、二人きりで出掛けられると思っていたようだ。だがまあ、大事だなどと言われれば悪い気はしなかったらしい。とりあえずはこの体制でも仕方がないと納得したようだった。
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