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紅椿白椿
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レストランに着くと、先程の宝飾店でのことはすっかり忘れたようにして鞠愛はご機嫌であった。
ここでも二人は周囲からチラチラと視線を浴びていたが、さすがに宝飾店でのような気まずさはない。普通に恋人同士のように見えるだろうことに上機嫌の様子だった。
「ねーえ、遼二さん。そっちのパスタも美味しそうね? 良かったらアタシのと交換しない?」
そう言ってフォークとスプーンの乗った皿ごと差し出してみせる。まるで当たり前のように互いの使ったカトラリーで食べましょうよというのが見え見えである。ともすれば間接キスでも期待しているといった勢いなのだ。
周囲では相変わらずにチラチラとこちらの様子を気にかけている客たち――。少し離れたテーブルの橘と運転手も参ったなというような表情でいる。料理の交換自体はさすがに遠慮したいところだが、かといって彼女に恥をかかせてもいけまいと、鐘崎は咄嗟に胸ポケットのスマートフォンを手に取った。
「ああ、申し訳ない。電話が入りましたのでちょっと失礼します」
そう言ってにこやかに中座を選んでとった。
店の外――ホテル内の廊下――に出ると、すぐに橘が後を追ってやって来た。
「若! お疲れっス」
「ああ、橘――」
「参りましたね。さすがに自分がしゃしゃり出ていくのもどうかと思いまして……。でも電話ってのはさすがのご判断でした」
「咄嗟に――な。お前さんにも気を遣わせてすまない」
「いえ、本来自分が気を利かせてすぐに若へ電話を入れるべきでした」
橘は対応が遅れたことを謝ったが、鐘崎は気にするなと笑ってくれた。
「それにしても彼女――若に気があるのは間違いないようですね」
「――気があるのかどうかまでは定かじゃねえが、デート気分を楽しみたいのは確かだろうな」
「はあ……。弱りましたね。午後もあの調子じゃ、思いやられそうだ」
「仕方あるまい。今日一日のことだ。何とか上手くやるさ」
それよりまた体調でも崩さないことを祈るとばかりに鐘崎は苦笑ながらも席へと戻っていった。
中座のお陰で料理の交換も何とかやり過ごし、テーブルではデザートとコーヒーが提供されていた。
「お待たせしてすみません」
「ううん……お仕事の電話?」
「ええ。話が長引いてしまって――申し訳ない」
「いいけど……。お料理片付けられちゃったわよ」
鐘崎の皿にはまだ半分くらい残っていたものの、ここは橘が気を利かせて下げるようにとウェイターに頼んだのだ。
「遼二さんのそれは……クッキーね?」
甘い物を進んで食べない鐘崎の目の前にはコーヒーに付いてきた小さなクッキーの皿が置かれている。鞠愛の方はメレンゲたっぷりのスフレが乗ったホットケーキと紅茶のセットだ。
「ね、アタシのホットケーキもひと口いかがかしら? 代わりに遼二さんのクッキーをひとついただいてもいい?」
またしても”交換こ”の提案だ。
「有難いお言葉ですが、自分は甘い物があまり得意ではありませんで。よろしければクッキー召し上がってください」
甘い物が大して好きでないのは事実だ。鐘崎がクッキーの皿を差し出すと、鞠愛はつまらなそうにしながらもとりあえずは納得したようだった。
ここでも二人は周囲からチラチラと視線を浴びていたが、さすがに宝飾店でのような気まずさはない。普通に恋人同士のように見えるだろうことに上機嫌の様子だった。
「ねーえ、遼二さん。そっちのパスタも美味しそうね? 良かったらアタシのと交換しない?」
そう言ってフォークとスプーンの乗った皿ごと差し出してみせる。まるで当たり前のように互いの使ったカトラリーで食べましょうよというのが見え見えである。ともすれば間接キスでも期待しているといった勢いなのだ。
周囲では相変わらずにチラチラとこちらの様子を気にかけている客たち――。少し離れたテーブルの橘と運転手も参ったなというような表情でいる。料理の交換自体はさすがに遠慮したいところだが、かといって彼女に恥をかかせてもいけまいと、鐘崎は咄嗟に胸ポケットのスマートフォンを手に取った。
「ああ、申し訳ない。電話が入りましたのでちょっと失礼します」
そう言ってにこやかに中座を選んでとった。
店の外――ホテル内の廊下――に出ると、すぐに橘が後を追ってやって来た。
「若! お疲れっス」
「ああ、橘――」
「参りましたね。さすがに自分がしゃしゃり出ていくのもどうかと思いまして……。でも電話ってのはさすがのご判断でした」
「咄嗟に――な。お前さんにも気を遣わせてすまない」
「いえ、本来自分が気を利かせてすぐに若へ電話を入れるべきでした」
橘は対応が遅れたことを謝ったが、鐘崎は気にするなと笑ってくれた。
「それにしても彼女――若に気があるのは間違いないようですね」
「――気があるのかどうかまでは定かじゃねえが、デート気分を楽しみたいのは確かだろうな」
「はあ……。弱りましたね。午後もあの調子じゃ、思いやられそうだ」
「仕方あるまい。今日一日のことだ。何とか上手くやるさ」
それよりまた体調でも崩さないことを祈るとばかりに鐘崎は苦笑ながらも席へと戻っていった。
中座のお陰で料理の交換も何とかやり過ごし、テーブルではデザートとコーヒーが提供されていた。
「お待たせしてすみません」
「ううん……お仕事の電話?」
「ええ。話が長引いてしまって――申し訳ない」
「いいけど……。お料理片付けられちゃったわよ」
鐘崎の皿にはまだ半分くらい残っていたものの、ここは橘が気を利かせて下げるようにとウェイターに頼んだのだ。
「遼二さんのそれは……クッキーね?」
甘い物を進んで食べない鐘崎の目の前にはコーヒーに付いてきた小さなクッキーの皿が置かれている。鞠愛の方はメレンゲたっぷりのスフレが乗ったホットケーキと紅茶のセットだ。
「ね、アタシのホットケーキもひと口いかがかしら? 代わりに遼二さんのクッキーをひとついただいてもいい?」
またしても”交換こ”の提案だ。
「有難いお言葉ですが、自分は甘い物があまり得意ではありませんで。よろしければクッキー召し上がってください」
甘い物が大して好きでないのは事実だ。鐘崎がクッキーの皿を差し出すと、鞠愛はつまらなそうにしながらもとりあえずは納得したようだった。
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