極道恋事情

一園木蓮

文字の大きさ
上 下
869 / 1,212
紅椿白椿

31

しおりを挟む
「それより遼ちゃんったら、最近はめっきり顔も見せてくれないんだもの」
「そうよ! すっかり里恵子に取られちゃったわねってママも残念がってるんだから」
「ああ、ご無沙汰しちまってすみません。君江ママの方には親父が世話ンなってるしと思って――つい。今度寄せていただきますよ」
「約束よぉ!」
「社交辞令だったら許さないんだから!」
「ええ、もちろん。ママにもしばらくご無沙汰しちまってるんで、必ず顔を出させてもらいます」
 鐘崎はそう言いながらスマートな仕草で胸ポケットの長財布を取り出すと、
「デザートでもやってください」
 長く綺麗な形の指先で札を数枚引き出すと、嫌味のない粋な仕草でクイと折っては二人に握らせた。
 鞠愛にとっては驚きも驚きだが、裏の世界の付き合いとしてはいわば袖の下というべきか、必要事項の範囲なのだ。銀座のクラブとは懇意の間柄だし、情報収集という点でも実際世話になっている。こうした心付けは大事といえる上、ましてや君江ママの店のホステスなら尚更だ。彼女たちもよく分かっているようで、当たり前のようにそれを受け取った。
「まあ嬉しい! 遠慮なくご馳走になるわぁ」
「紫月ちゃんは? 今日はお家でお留守番?」
「いや、あいつは町内会の役目をやってくれてまして。今日も出てくれてるんです」
「まあ! 相変わらずにデキた奥様ねぇ。今度紫月ちゃんと一緒に是非遊びにいらしてね! 待ってるから!」
「お美しい奥方様にくれぐれもよろしくお伝えしてねぇ!」
 華やかな笑い声と共に手を振った彼女たちに、鞠愛はもちろんのことながら周囲の客たちも目を白黒させていた。
 あんなに大きな声で『お仕事忙しそうで』だの『奥様によろしくね』などと言われれば、鐘崎には妻がいるというのがバレバレである。鞠愛としては単なる仕事相手と言われたようで、立つ背がないも同然だ。案の定、ヒソヒソと周りの客たちがざわめき出した様子に、鞠愛はキッと眉間を尖らせた。
「何よ……! 今のって水商売の女? あんな言い方して、彼にタカったも同然じゃない! だからお水は嫌なのよ! 失礼しちゃうわ!」
 鐘崎が会計に立った後で、鞠愛は周囲に言い訳するかのようにそう吐き捨ててみせた。
 しかしながら正直なところ驚かされたのは確かだ。鐘崎という男は女性に対して興味がないか、あるいはあまり扱いに慣れていないのかと思ってもいたが、今のやり取りを見るとどうやらそうではないらしい。言葉遣いは相変わらず丁寧だったが、えらく親しげ――というよりも警戒心のないといった方が適当か、彼女たちを敬遠しているふうでもなかった。それとは裏腹に、自分に対しては慇懃無礼と取れるほどに丁寧な態度を崩さない。何だかわざと距離を置かれているようにも思えて苛立ちが募る。鞠愛にとってはどうにも思うようにならないその距離感が歯痒くて堪らないようであった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

推しのVTuberに高額スパチャするために世界最強の探索者になった男の話

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:2

ラベンダーピンクはピンク髪主人公に含まれますか?

BL / 連載中 24h.ポイント:220pt お気に入り:86

エロゲー主人公に転生したのに悪役若様に求愛されております

BL / 完結 24h.ポイント:383pt お気に入り:1,461

すれ違いをしちゃう話

key
BL / 連載中 24h.ポイント:191pt お気に入り:4

僕の策略は婚約者に通じるか

BL / 完結 24h.ポイント:1,654pt お気に入り:946

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:4,506

間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

BL / 連載中 24h.ポイント:1,620pt お気に入り:309

甘イキしながら生きてます

BL / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:62

【完結】似て非なる双子の結婚

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,189pt お気に入り:3,704

処理中です...