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紅椿白椿
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しおりを挟む(だいたい! 里恵子って誰よ……。ホステスなのは間違いないんだろうけど、遼二さんはその女の店にしょっちゅう出入りしてるってこと?)
今の女性たちは確かに『里恵子に取られちゃって……』と言っていた。
(遼二さんってお水みたいな派手な女が好みなのかしら……?)
自分自身の今日の服装はといえば、上品で可愛い雰囲気のものを選んだつもりだ。ところが今の女性たちはタイトな細身のスカートにピンヒール、まさにアダルト感満載といった雰囲気だった。
「あんな……いかにも男を誘ってそうな格好しちゃってさ! 下品ったらないわね! ふん……だ! 趣味悪ッ!」
思わず口をついて独り言が飛び出してしまう。だが、ホステスを相手にしているのなら女性が苦手というわけでもないのだろう。紫月との仲から、心のどこかでは女性そのものを受け付けないのかと思ってもいたのだが、そうでないなら望みはあるかも知れないと思った。
「お待たせしました。お嬢さん、参りましょうか」
支払いを済ませた鐘崎がぺこりと頭を下げる。
(んもう、また! 何であいつらには名前呼びでアタシには『お嬢さん』なわけ? 命の恩人だからって気を遣ってるのかしらね? そんな気遣い必要ないのに!)
別段呼び捨てにしろとまでは言わないが、せめて『鞠愛ちゃん』とくらい呼んでくれてもいいものを――と、思わず頬が膨れてしまう。
宝飾店でのことといい、今のランチといい、鞠愛にとってはいくら鐘崎と一緒に出掛けられるといってもあまりいい気分にはなれなかったようだ。せっかく父の辰冨が依頼という形ながらも堂々と彼を独占できる機会を作ってくれたものの、これでは興醒めもいいところだ。鐘崎とは何とかして接触を持ってはいたいが、しばらく外に出るのは億劫だと思った鞠愛であった。
◇ ◇ ◇
一方の鐘崎自身もまた、なかなかに気重なのは否めない。橘も言っていたが、鞠愛が自分に対して恋情に近い感情を持っているのはおそらく当たりだろうと思えるからだ。
だが、一等最初に自分は妻帯者だとはっきり告げたし、父の僚一からもそう伝えてくれた。親娘が聞いていなかったはずはないのだ。にもかかわらず辰冨は仕事としてで構わないから一緒に出掛けてやってくれと娘を預けてくるし、正直なところ対応に戸惑ってしまうのは事実だ。
何を置いても辰冨親娘は命の恩人だ。あまり邪険にしては申し訳ないとも思う。と同時に、紫月に対しても少なからずモヤモヤとした気持ちにさせているではないかと、すまない気持ちでいっぱいだ。彼は自分がどれほど彼のことを愛しているか、どれほど一途かというのは充分理解してくれているだろうし、実際はまったく気にしていないのかも知れない。だが、もしも逆の立場になったらと考えれば、やはり少なからずいい気持ちはしないだろう。紫月に想いを寄せる誰かが始終ちょっかいをかけてきたとしたら、どんなに信じ合っていようと気持ちが乱されるのは確かだ。
できることなら鞠愛が諦めてくれるのが理想だが、ではどう言えば分かってもらえるのかと考えるも、具体的ないい手が思いつかない。
自分にスキルが足りないのか、あるいは自分でも気付かないところで鞠愛に誤解を与えるような言動をしてしまっているのか――他人が聞けばたかが好いた惚れた程度のことで何を甘ちゃんなと呆れられるかも知れないが、当人にとっては意外にも深い悩みである。
一歩対応を間違えれば、嫉妬や逆恨みで殺人にまで発展することも皆無ではない世の中だ。それが自分に向けられるならまだしも、紫月に向けられないとは限らない。鐘崎にとっては、実にそれが一番の危惧といえた。
好意に応えられないことは決まっている。だがあからさまに無碍にすれば、いつ逆恨みとなって紫月にとばっちりがいくか分からない。それを上手く回避するだけの技量が欲しいと心底から願うばかりだ。傍目から見ればそれより遥かに難しい――例えばドンパチが絡むような案件の方が楽に思えるほどであった。
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