871 / 1,212
紅椿白椿
33
しおりを挟む
その数日後、またしても辰冨がやって来て、今度は娘の旅行の護衛を頼みたいと言ってきた。二泊三日で京都だそうだ。
これには鐘崎も清水もさすがに躊躇させられる。先日の買い物の時でさえあの調子なのだから、泊まり掛けの旅行などといったら何をしでかすか分かったものではない。
「そのご旅行にはご家族で行かれるのですか?」
即断るのも申し訳なく思えて、鐘崎はそう訊いた。ところが返ってきた答えは案の定――だ。
「いえ、私と妻は大使館関係の用事でいろいろと雑務がございましてな。せっかく日本に帰って来ているというのに毎日何かと会食や顔合わせの用が入っておりまして……。あの娘にも不憫な思いをさせているものですから」
一人で旅行に行かせるのは心配だが、先日のように鐘崎が同行してくれれば安心だと言う。是非にと頼まれるも、さすがに受けられることとそうでないことがある。鐘崎は恐縮しながらも丁寧に断りを口にした。
「たいへん申し訳ございませんが、当方には女性の組員がおりません。お嬢様お一人に男連中だけで泊まりとなると、如何に警護とはいえあまり望ましくないのではと思われます。そこで、女性のエージェントを派遣できる警備会社などでしたらご紹介をさせていただくことは可能です」
例えば以前に仕事を組んだ六条女雛ことメビィなどだったらちょうどいいのではと思う。彼女の事務所にはしょっぱなから嵌められたりとゴタゴタもあったものの、それがきっかけで今では向こうも非常に反省して、いい関係が築けている。メビィなら年頃も近いし体術面でもなかなかに腕がいい。まあメビィに限らずだが、他にも付き合いのある事務所ならいくらもあるし、鐘崎組からの紹介ならば充分に満足のいく対応で引き受けてくれるはずである。
だが、辰冨にとっては納得がいかないようであった。
「……そうですか。私としては遼二君にお願いできればと思っておったので……他の方となるとあの娘も気を遣って寛げないでしょうし……」
鐘崎が同行できないのなら意味はないといったふうに肩を落とす。
「ご要望にお応えできず恐縮です」
鐘崎が丁寧に頭を下げるのを見て、これ以上は無理かと思ったようだ。
「残念ですが仕方ありませんな。その代わりといっては何ですが、こちらのお邸へ遊びに寄せていただくことは構いませんか? そういえば鐘崎さんのお邸にはたいへんご立派なお庭がありましたな? 実はあの娘もガーデンに興味を持っておりましてな。私の公邸の庭の水やりなども進んで行ってくれていたくらいでして」
あの鞠愛が本当に自ら進んで庭いじりを手伝っていたとは思えないが、一度や二度水やりをしたというのは事実なのだろう。娘を良く見せたい辰冨の気持ちは痛々しいほどだが、まあ父親ならそれも当然なのか――。庭を見に来るくらいなら致し方ないといったところだろう。あれもこれも断るのではさすがに悪いかと思ってうなずくしかない。
「仕事で出掛けていることも多ございますが、組員はおりますので――」
さりげなくそう言うも、『でしたら伺う前に遼二君がいらっしゃる日のご都合をおうかがいさせていただきます』と笑顔を見せる。どうあっても鐘崎がいる時がいいというのが見え見えだが、命の恩人でもあることだし、そのくらいは付き合うべきかと思う鐘崎だった。
これには鐘崎も清水もさすがに躊躇させられる。先日の買い物の時でさえあの調子なのだから、泊まり掛けの旅行などといったら何をしでかすか分かったものではない。
「そのご旅行にはご家族で行かれるのですか?」
即断るのも申し訳なく思えて、鐘崎はそう訊いた。ところが返ってきた答えは案の定――だ。
「いえ、私と妻は大使館関係の用事でいろいろと雑務がございましてな。せっかく日本に帰って来ているというのに毎日何かと会食や顔合わせの用が入っておりまして……。あの娘にも不憫な思いをさせているものですから」
一人で旅行に行かせるのは心配だが、先日のように鐘崎が同行してくれれば安心だと言う。是非にと頼まれるも、さすがに受けられることとそうでないことがある。鐘崎は恐縮しながらも丁寧に断りを口にした。
「たいへん申し訳ございませんが、当方には女性の組員がおりません。お嬢様お一人に男連中だけで泊まりとなると、如何に警護とはいえあまり望ましくないのではと思われます。そこで、女性のエージェントを派遣できる警備会社などでしたらご紹介をさせていただくことは可能です」
例えば以前に仕事を組んだ六条女雛ことメビィなどだったらちょうどいいのではと思う。彼女の事務所にはしょっぱなから嵌められたりとゴタゴタもあったものの、それがきっかけで今では向こうも非常に反省して、いい関係が築けている。メビィなら年頃も近いし体術面でもなかなかに腕がいい。まあメビィに限らずだが、他にも付き合いのある事務所ならいくらもあるし、鐘崎組からの紹介ならば充分に満足のいく対応で引き受けてくれるはずである。
だが、辰冨にとっては納得がいかないようであった。
「……そうですか。私としては遼二君にお願いできればと思っておったので……他の方となるとあの娘も気を遣って寛げないでしょうし……」
鐘崎が同行できないのなら意味はないといったふうに肩を落とす。
「ご要望にお応えできず恐縮です」
鐘崎が丁寧に頭を下げるのを見て、これ以上は無理かと思ったようだ。
「残念ですが仕方ありませんな。その代わりといっては何ですが、こちらのお邸へ遊びに寄せていただくことは構いませんか? そういえば鐘崎さんのお邸にはたいへんご立派なお庭がありましたな? 実はあの娘もガーデンに興味を持っておりましてな。私の公邸の庭の水やりなども進んで行ってくれていたくらいでして」
あの鞠愛が本当に自ら進んで庭いじりを手伝っていたとは思えないが、一度や二度水やりをしたというのは事実なのだろう。娘を良く見せたい辰冨の気持ちは痛々しいほどだが、まあ父親ならそれも当然なのか――。庭を見に来るくらいなら致し方ないといったところだろう。あれもこれも断るのではさすがに悪いかと思ってうなずくしかない。
「仕事で出掛けていることも多ございますが、組員はおりますので――」
さりげなくそう言うも、『でしたら伺う前に遼二君がいらっしゃる日のご都合をおうかがいさせていただきます』と笑顔を見せる。どうあっても鐘崎がいる時がいいというのが見え見えだが、命の恩人でもあることだし、そのくらいは付き合うべきかと思う鐘崎だった。
21
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる