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紅椿白椿
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「もしも俺がカネの立場だったらこう言うだろう。幼い頃に命を救ってくれたことには心から感謝をしている。それはこれまでもこの先も一生変わらねえ事実だ。だが自分にはこの世で唯一無二といえる得難い相手がいて、既に生涯を誓い、夫婦の契りを交わした。だから他の人間からの恋情には応えられない――とな」
「あ、なるほど……」
確かに心の内にあるそのままだ。冰は感心していたが、鐘崎にとってもまた衝撃的だったようだ。
「氷川の言う通りだ。それに……さっき小川って若いのが言っていたことも正論だと思う。俺も頭では分かっちゃいるんだ。俺が生涯かけて愛するのは紫月唯一人だけだ。それだけは何があっても変わらねえ。だがどうしてか好意を寄せてくる相手を前にすると……それをどう伝えていいのか分からなくて結局はうやむやにしちまってる自分が情けねえ。できることなら向こうから気持ちを察してくれたら有り難い。そんなふうに思っちまう。苦手なんだ……その、どう断れば穏便に理解してもらえるのか上手い言葉が思いつかなくて」
真剣にそんなことを言って頭を抱え込む鐘崎を横目に、周はやれやれと笑ってみせた。
「だからてめえはやさしいってんだ。高坊の頃から何も変わっちゃいねえ。あの頃も他校の女連中が山と寄って来てたが、てめえは相手にこそしねえ代わりに断ることもしなかっただろうが。放っときゃその内諦めて女の方からどっかへ行ってくれればいい、そんなふうに思ってたんだろうがな」
「氷川……。ああ、そうだったかも知れんな」
「だが今は高坊の頃とは違うんだ。おめえは命に代えても構わねえってくらいの大事な嫁を持った一家の大黒柱だ。嫁を守り、てめえのことも守っていかなきゃなんねえのさ。実際、好いた惚れたに関しちゃ断る為の上手い言葉なんてもんはこの世にはねえんだ。相手を傷つけまいとするおめえの気持ちは分かる。一之宮のことも相手の女のことも、誰も傷つけずに丸く収めたいってのは理想だが、てめえのクローンでもいねえ限り実際誰かが傷つくことに変わりはねえんだ」
「白龍、それはもちろんそうなんだろうけどさ……。でも鐘崎さんのやさしい気持ちも分かるじゃない。自分のことを好いてくれている相手を目の前にしてさ、少しでも傷つけずに上手く断れたらいいなって思うのは悪いことじゃないじゃない? その為に何かいい方法はないかって……皆んなで悩んで……」
「そんな方法はねえな」
「んもう、白龍ったらー」
「ずばり言やぁ、女を振るのに上手い言葉なんざ必要ねえってことだ。別段つっけんどんにしろとは言わんが、どんな言い方であろうと気持ちに応えられないという結論は変わらねえんだ。特に俺たちのような妻帯者なら、相手からの好意を感じた時点で即言葉に出して断る。それ以外にねえ。傷つけるとか傷つけない以前にありのままを伝えるしかねえ。ズルズル引き延ばして後回しにしてる内に相手をその気にさせちまったんじゃ元も子もねえ。ゴタゴタが増えるだけだ。ダメなものはダメとはっきり告げる。それが好意を寄せてくれた相手への礼儀でもあると考えりゃ、そう悩むこともねえんじゃねえか?」
周の言葉に、鐘崎は憑き物が落ちたかのような表情で瞳を見開いてしまった。
「あ、なるほど……」
確かに心の内にあるそのままだ。冰は感心していたが、鐘崎にとってもまた衝撃的だったようだ。
「氷川の言う通りだ。それに……さっき小川って若いのが言っていたことも正論だと思う。俺も頭では分かっちゃいるんだ。俺が生涯かけて愛するのは紫月唯一人だけだ。それだけは何があっても変わらねえ。だがどうしてか好意を寄せてくる相手を前にすると……それをどう伝えていいのか分からなくて結局はうやむやにしちまってる自分が情けねえ。できることなら向こうから気持ちを察してくれたら有り難い。そんなふうに思っちまう。苦手なんだ……その、どう断れば穏便に理解してもらえるのか上手い言葉が思いつかなくて」
真剣にそんなことを言って頭を抱え込む鐘崎を横目に、周はやれやれと笑ってみせた。
「だからてめえはやさしいってんだ。高坊の頃から何も変わっちゃいねえ。あの頃も他校の女連中が山と寄って来てたが、てめえは相手にこそしねえ代わりに断ることもしなかっただろうが。放っときゃその内諦めて女の方からどっかへ行ってくれればいい、そんなふうに思ってたんだろうがな」
「氷川……。ああ、そうだったかも知れんな」
「だが今は高坊の頃とは違うんだ。おめえは命に代えても構わねえってくらいの大事な嫁を持った一家の大黒柱だ。嫁を守り、てめえのことも守っていかなきゃなんねえのさ。実際、好いた惚れたに関しちゃ断る為の上手い言葉なんてもんはこの世にはねえんだ。相手を傷つけまいとするおめえの気持ちは分かる。一之宮のことも相手の女のことも、誰も傷つけずに丸く収めたいってのは理想だが、てめえのクローンでもいねえ限り実際誰かが傷つくことに変わりはねえんだ」
「白龍、それはもちろんそうなんだろうけどさ……。でも鐘崎さんのやさしい気持ちも分かるじゃない。自分のことを好いてくれている相手を目の前にしてさ、少しでも傷つけずに上手く断れたらいいなって思うのは悪いことじゃないじゃない? その為に何かいい方法はないかって……皆んなで悩んで……」
「そんな方法はねえな」
「んもう、白龍ったらー」
「ずばり言やぁ、女を振るのに上手い言葉なんざ必要ねえってことだ。別段つっけんどんにしろとは言わんが、どんな言い方であろうと気持ちに応えられないという結論は変わらねえんだ。特に俺たちのような妻帯者なら、相手からの好意を感じた時点で即言葉に出して断る。それ以外にねえ。傷つけるとか傷つけない以前にありのままを伝えるしかねえ。ズルズル引き延ばして後回しにしてる内に相手をその気にさせちまったんじゃ元も子もねえ。ゴタゴタが増えるだけだ。ダメなものはダメとはっきり告げる。それが好意を寄せてくれた相手への礼儀でもあると考えりゃ、そう悩むこともねえんじゃねえか?」
周の言葉に、鐘崎は憑き物が落ちたかのような表情で瞳を見開いてしまった。
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