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陰謀
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これまでは歳もだいぶん下で、体格的にも華奢で可愛らしいこの嫁を心の底から愛しく思い、何よりも誰よりも大切に思ってきたのは確かだ。だが、そんな『守るべき存在』の彼は時に凛々しく、非常に賢く、そして何より人や物に対するやさしい気持ちであふれている思いやりの深い人間だ。
例えどんなに理不尽な事件に巻き込まれようと、巻き込んだ張本人を詰ったり恨んだりすることなく、真正面から向き合う真心で相手を包んでしまう。そんな彼の素直さやひたむきさは、時に刃を向けてきた相手をも改心更生させるほどで、幾人もの人々と絆を築き上げてきたことか――。
マカオのカジノオーナー・張敏による拉致事件から始まって、元恋人だなどと嘘を吹き込んだ唐静雨も然り。今では鉱山で頼もしい存在となったロナルド・コックス、そして記憶に新しいところでは元部下であった郭芳もそうだ。皆、最初は冰に対する負の感情やら邪な感情を抱いていた者たちだが、そんな『敵』にさえ真心で接して、最終的にはその敵を味方に変えてしまった。彼らは皆、自身の侵した罪を悔やみ、それと同時にこのやさしくも気高い人に崇拝の気持ちすら抱いて立派に更生して生きている。
他にも、理不尽なやっかみで拉致された際であったとて、常にどうすれば相手の気持ちを逆撫でせずに無難な着地点へ持っていけるかを思い巡らせ、時に話術を屈指し、また時には神技ともいえる腕前を交えながらも様々降り掛かる厄介ごとや事件を乗り切ってきた。
そして今回のこともまた同様だ。信頼していた亭主に実は隠し子がいたかも知れないなどという驚愕の事態を突き付けられて尚、彼は焦れることも詰ることもせず、それどころか共に悩んで手を取り合ってこそ夫婦だと言ってくれた。相手の女性や子供とされる息子にも、この上なくあたたかい気持ちで向き合ってくれた。
まるで神か仏かというほどに大らかで清い真心の持ち主なのだ。そんな彼を心から敬わずにいられようか。
周はこの大いなる冰という存在が、自分を心から慕い信頼して愛してくれていることが信じられないほどに思えてならないのだった。
「以前――そう、あれはちょうど一年程前のことだ。カネが同じようなことを言っていた」
「……鐘崎さんが?」
「そうだ。一之宮を心から愛し、慈しんでいるものの、我が物顔で触れることさえ憚られるほどにヤツにとっての尊い存在なのだと言っていた。俺も――カネのその気持ちは理解できたつもりでいた。お前と一之宮はよく似ている。二人とも他人にやさしく思いやりにあふれていて、俺たちのような亭主を心から愛してくれている。それがどんなに尊いことかと頭では分かっていたものの、今回スーリャンやアーティットに向き合うお前の姿を目の当たりにして、俺はあの時のカネの気持ちが手に取るようだった」
触れることさえ怖いほどに尊く、本当にこの人が自分を愛し、自分と同じように想ってくれているのだと思うと信じられないほどだ。身体が震えるほどの高揚感と同時に、自分はこの尊い人に愛される価値のある人間だろうかと恐怖感までが込み上げる。
あなたを愛している――。あなたは俺が生まれ、生きていることの証だ。
ポロリ、周の双眸から熱い雫が頬を伝い流れ落ちた。
どんなことが起こっても涙など見せるような男ではない、そんな彼が心からの涙を流すほどに感極まっている様に、冰もまたポロポロと色白の頬を濡らしたのだった。
例えどんなに理不尽な事件に巻き込まれようと、巻き込んだ張本人を詰ったり恨んだりすることなく、真正面から向き合う真心で相手を包んでしまう。そんな彼の素直さやひたむきさは、時に刃を向けてきた相手をも改心更生させるほどで、幾人もの人々と絆を築き上げてきたことか――。
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他にも、理不尽なやっかみで拉致された際であったとて、常にどうすれば相手の気持ちを逆撫でせずに無難な着地点へ持っていけるかを思い巡らせ、時に話術を屈指し、また時には神技ともいえる腕前を交えながらも様々降り掛かる厄介ごとや事件を乗り切ってきた。
そして今回のこともまた同様だ。信頼していた亭主に実は隠し子がいたかも知れないなどという驚愕の事態を突き付けられて尚、彼は焦れることも詰ることもせず、それどころか共に悩んで手を取り合ってこそ夫婦だと言ってくれた。相手の女性や子供とされる息子にも、この上なくあたたかい気持ちで向き合ってくれた。
まるで神か仏かというほどに大らかで清い真心の持ち主なのだ。そんな彼を心から敬わずにいられようか。
周はこの大いなる冰という存在が、自分を心から慕い信頼して愛してくれていることが信じられないほどに思えてならないのだった。
「以前――そう、あれはちょうど一年程前のことだ。カネが同じようなことを言っていた」
「……鐘崎さんが?」
「そうだ。一之宮を心から愛し、慈しんでいるものの、我が物顔で触れることさえ憚られるほどにヤツにとっての尊い存在なのだと言っていた。俺も――カネのその気持ちは理解できたつもりでいた。お前と一之宮はよく似ている。二人とも他人にやさしく思いやりにあふれていて、俺たちのような亭主を心から愛してくれている。それがどんなに尊いことかと頭では分かっていたものの、今回スーリャンやアーティットに向き合うお前の姿を目の当たりにして、俺はあの時のカネの気持ちが手に取るようだった」
触れることさえ怖いほどに尊く、本当にこの人が自分を愛し、自分と同じように想ってくれているのだと思うと信じられないほどだ。身体が震えるほどの高揚感と同時に、自分はこの尊い人に愛される価値のある人間だろうかと恐怖感までが込み上げる。
あなたを愛している――。あなたは俺が生まれ、生きていることの証だ。
ポロリ、周の双眸から熱い雫が頬を伝い流れ落ちた。
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