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絞り椿となりて永遠に咲く
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ゆく春を惜しむような大きな朧月が東の空に顔を出した夕暮れ間近、鐘崎と紫月は久しぶりの休日をゆっくりと堪能すべく水入らずで散歩に出ていた。
ふと通り掛かった近所の公園の生垣に珍しい色合いをした椿の花を見つけて、紫月がハタと歩をとめた。
「な、遼! 見て見て! ほら、これ」
大きな瞳を更に大きく見開いて逸った声を上げる。うれしさであふれているといった表情の彼が指差したものを目にした瞬間に、鐘崎もまた幸せそうに瞳を細めてしまった。それは紅と白が混じった花びらを持つ椿の花だったからだ。
「すっげえ……うちにあるンは紅椿と白椿だけど、これは一つの花に紅白の色が混ざってるべ!」
紅椿白椿といえば二人にとっては特別な花だ。互いの肩に背負った刺青の図柄でもあるからだ。
「ほええ……すげえのなぁ。椿って赤と白と桃だけだと思ってたけど」
紫月はしきじきとその花を眺めている。
「絞り椿――というそうだな」
「へ……?」
「そういうふうに紅白の色が混じって咲く椿のことだそうだ」
「そうなん? 遼、詳しいのな!」
「椿については彫り物をいれる時に少し調べたからな」
「そうなんだ。つかさ、これだと遼と俺が混ざってるみてえで何かいい感じな!」
ふと口走った何気ないひと言が、鐘崎の気持ちを瞬時に熱くした。
「――混じり合いてえか?」
「ほえ――?」
「紅椿と白椿、つまり――俺とお前だ」
スッと男らしい親指が唇をなぞる。
互いの距離が近くなったことで鐘崎がいつも付けている仄かな香りが彼の体温と絡んで匂い立つ。
色香を讃えた視線がとろけるように細められては、今にも口付けられそうに額と額がコツリと重なり合った。
「遼……もしかしてだけど……猛獣モード?」
途端にドキドキと高鳴り出した心拍数に気付かれまいと少々おどけてそう尋ねれば、
「そうだな。――嫌か?」
低く男らしい声が耳元を撫でては、ゾクリと背筋に欲情が走った。と同時に色白の頬がカッと朱に染まる――。
「ヤ……なわけねえけど……。ここ、外だし」
幸い周囲に人影は見当たらないが、住宅街の路地だ。いつ誰に出くわすか分からない。
「こ、ここでチュウはな、さすがにやべえべ……」
「ああ……」
じゃあそろそろ帰ろうか――その言葉に代えてあたたかく大きな手が白魚のような手を握り込んだ。
「手、繋いで帰んの?」
「誰も見てない」
「そうだけど……」
誰か近所の人にでも見られたら――。
「見られたっていい」
相変わらずに色香ダダ漏れのローボイスが、少したりとも待てないと云っているようで再び頬が染まる。
「や、あの……そりゃ俺たちはフーフだし? 見られて困るこたぁねっけどさ」
「だろ?」
半歩先を歩きながら振り返る笑顔が雄々しさを想像させて、ますます染まる頬の朱を隠さんと歩を早めた。
鐘崎を追い抜き、今度は自分が彼の手を引く形で路地を急ぐ。その指に光る細い白金の指輪が互いの掌の温度を受けて熱を持つ。
家に帰れば今宵はどんなふうに愛されるのだろう。それを想像する紫月の頬が、若い紅椿の花びらの如く初々しい色に染まる。そんな春の宵だった。
紅椿白椿、散りゆく時も咲いたままの花びらが散り散りに舞うことのない花。たとえばそれが花吹雪となるような突風に見舞われようと、花の形は失われることがないように、互いの魂もまた、決して離れることはない。
確固たる愛で結ばれた、そんな二人に狂った春の嵐が花びらを散らすべく吹き荒ばんとしていた。
ふと通り掛かった近所の公園の生垣に珍しい色合いをした椿の花を見つけて、紫月がハタと歩をとめた。
「な、遼! 見て見て! ほら、これ」
大きな瞳を更に大きく見開いて逸った声を上げる。うれしさであふれているといった表情の彼が指差したものを目にした瞬間に、鐘崎もまた幸せそうに瞳を細めてしまった。それは紅と白が混じった花びらを持つ椿の花だったからだ。
「すっげえ……うちにあるンは紅椿と白椿だけど、これは一つの花に紅白の色が混ざってるべ!」
紅椿白椿といえば二人にとっては特別な花だ。互いの肩に背負った刺青の図柄でもあるからだ。
「ほええ……すげえのなぁ。椿って赤と白と桃だけだと思ってたけど」
紫月はしきじきとその花を眺めている。
「絞り椿――というそうだな」
「へ……?」
「そういうふうに紅白の色が混じって咲く椿のことだそうだ」
「そうなん? 遼、詳しいのな!」
「椿については彫り物をいれる時に少し調べたからな」
「そうなんだ。つかさ、これだと遼と俺が混ざってるみてえで何かいい感じな!」
ふと口走った何気ないひと言が、鐘崎の気持ちを瞬時に熱くした。
「――混じり合いてえか?」
「ほえ――?」
「紅椿と白椿、つまり――俺とお前だ」
スッと男らしい親指が唇をなぞる。
互いの距離が近くなったことで鐘崎がいつも付けている仄かな香りが彼の体温と絡んで匂い立つ。
色香を讃えた視線がとろけるように細められては、今にも口付けられそうに額と額がコツリと重なり合った。
「遼……もしかしてだけど……猛獣モード?」
途端にドキドキと高鳴り出した心拍数に気付かれまいと少々おどけてそう尋ねれば、
「そうだな。――嫌か?」
低く男らしい声が耳元を撫でては、ゾクリと背筋に欲情が走った。と同時に色白の頬がカッと朱に染まる――。
「ヤ……なわけねえけど……。ここ、外だし」
幸い周囲に人影は見当たらないが、住宅街の路地だ。いつ誰に出くわすか分からない。
「こ、ここでチュウはな、さすがにやべえべ……」
「ああ……」
じゃあそろそろ帰ろうか――その言葉に代えてあたたかく大きな手が白魚のような手を握り込んだ。
「手、繋いで帰んの?」
「誰も見てない」
「そうだけど……」
誰か近所の人にでも見られたら――。
「見られたっていい」
相変わらずに色香ダダ漏れのローボイスが、少したりとも待てないと云っているようで再び頬が染まる。
「や、あの……そりゃ俺たちはフーフだし? 見られて困るこたぁねっけどさ」
「だろ?」
半歩先を歩きながら振り返る笑顔が雄々しさを想像させて、ますます染まる頬の朱を隠さんと歩を早めた。
鐘崎を追い抜き、今度は自分が彼の手を引く形で路地を急ぐ。その指に光る細い白金の指輪が互いの掌の温度を受けて熱を持つ。
家に帰れば今宵はどんなふうに愛されるのだろう。それを想像する紫月の頬が、若い紅椿の花びらの如く初々しい色に染まる。そんな春の宵だった。
紅椿白椿、散りゆく時も咲いたままの花びらが散り散りに舞うことのない花。たとえばそれが花吹雪となるような突風に見舞われようと、花の形は失われることがないように、互いの魂もまた、決して離れることはない。
確固たる愛で結ばれた、そんな二人に狂った春の嵐が花びらを散らすべく吹き荒ばんとしていた。
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