1,176 / 1,212
絞り椿となりて永遠に咲く
8
しおりを挟む
「俺もちょっとマズイ話向きだなって思ったんだけども。けどまあ、社交辞令とも受け取れるし、実際ホントに飲みに行ってる暇なんてのはねえだろうなって思ってさ」
その場の話で盛り上がっただけで三春谷の方でも仕事に結婚準備にと忙しいのは事実だろう。紫月としては実際に三春谷がいつどこどこで――などと本当に飲みに行くつもりでもないだろうと思っているようだ。
「ふむ、そうだな。まあもし――またその三春谷ってのが声を掛けてくるようなら一度くれえは付き合うことになることも念頭においておかにゃならんか――」
鐘崎はその際、自分が行ければ一緒に行くとして、もしも都合が付かなければ春日野や橘といったお付きと一緒に行かせるかと言った。
「うん、まあそん時はまたおめえに相談するさ」
「ああ、そうだな」
「それよか晩飯! 今日はおめえン好きなハンバーグにしたぜー!」
「おお、そいつぁ楽しみだ」
以後、三春谷については話題に上がらないまま、夫婦水入らずの夕膳を楽しんだのだった。
翌朝、鐘崎は紫月側付きの春日野に話を通すことにした。何事につけても備えあれば憂いなしだからだ。
春日野は自治会の飾り付けで三春谷と偶然会った時にも紫月と一緒にいたわけだし、その三春谷のことも当然目にしているだろう。その時の様子なども聞いておくに越したことはない。春日野もまた、三春谷と会ったことははっきり覚えていたようだ。
「ああ、姐さんの後輩だったという方のことですね。今は都内の建築会社に勤めているとおっしゃってました。割合残業が多いらしく、通勤時間を考慮して都内住みになさったとか」
見たところ普通の青年でしたよと、春日野自身特には気に掛かったところもないようだ。
「ただ――そうですね。姐さんに会えてすごく嬉しいといった感情は感じましたが」
多少興奮気味ではあったが、十何年ぶりというならそれもうなずけるかと思ったそうだ。
「ふむ、そうか――」
鐘崎はその三春谷があの後道場を訪ねて来たことと、結婚祝いで飲みに行きたいと言ったことなども話し、一応気に掛けておいてやって欲しいと伝えた。
「承知いたしました。心に留めておきます」
この春日野はまだ若いが実にしっかりとした考えの持ち主だ。実家が任侠一家というのもあり、裏の世界のことにも精通している。だからこそ紫月の側役に置いているわけだが、とにかく彼に任せておけば鐘崎としても安心できるといったところなのだ。
それから半月程は何事もなく過ぎた。次の週にも三春谷は訪ねて来なかったし、やはり単なる社交辞令だったのだろうと思っていた時だった。再び三春谷から道場に連絡が来たというのだ。今度は電話だったそうだ。
高校時代の伝手で電話番号を調べたのか、あるいは道場としては公の案内にも載っているのでそれ自体調べるのは誰にでも可能といえる。
綾乃木が出て、今紫月は外出していると伝えると、自身の携帯番号を告げて折り返して欲しいと言ったそうだ。綾乃木もまた、先々週に突然訪ねて来た紫月の後輩というのは分かっていたので、とにかくは要件を聞いて通話を切ったそうだ。
その場の話で盛り上がっただけで三春谷の方でも仕事に結婚準備にと忙しいのは事実だろう。紫月としては実際に三春谷がいつどこどこで――などと本当に飲みに行くつもりでもないだろうと思っているようだ。
「ふむ、そうだな。まあもし――またその三春谷ってのが声を掛けてくるようなら一度くれえは付き合うことになることも念頭においておかにゃならんか――」
鐘崎はその際、自分が行ければ一緒に行くとして、もしも都合が付かなければ春日野や橘といったお付きと一緒に行かせるかと言った。
「うん、まあそん時はまたおめえに相談するさ」
「ああ、そうだな」
「それよか晩飯! 今日はおめえン好きなハンバーグにしたぜー!」
「おお、そいつぁ楽しみだ」
以後、三春谷については話題に上がらないまま、夫婦水入らずの夕膳を楽しんだのだった。
翌朝、鐘崎は紫月側付きの春日野に話を通すことにした。何事につけても備えあれば憂いなしだからだ。
春日野は自治会の飾り付けで三春谷と偶然会った時にも紫月と一緒にいたわけだし、その三春谷のことも当然目にしているだろう。その時の様子なども聞いておくに越したことはない。春日野もまた、三春谷と会ったことははっきり覚えていたようだ。
「ああ、姐さんの後輩だったという方のことですね。今は都内の建築会社に勤めているとおっしゃってました。割合残業が多いらしく、通勤時間を考慮して都内住みになさったとか」
見たところ普通の青年でしたよと、春日野自身特には気に掛かったところもないようだ。
「ただ――そうですね。姐さんに会えてすごく嬉しいといった感情は感じましたが」
多少興奮気味ではあったが、十何年ぶりというならそれもうなずけるかと思ったそうだ。
「ふむ、そうか――」
鐘崎はその三春谷があの後道場を訪ねて来たことと、結婚祝いで飲みに行きたいと言ったことなども話し、一応気に掛けておいてやって欲しいと伝えた。
「承知いたしました。心に留めておきます」
この春日野はまだ若いが実にしっかりとした考えの持ち主だ。実家が任侠一家というのもあり、裏の世界のことにも精通している。だからこそ紫月の側役に置いているわけだが、とにかく彼に任せておけば鐘崎としても安心できるといったところなのだ。
それから半月程は何事もなく過ぎた。次の週にも三春谷は訪ねて来なかったし、やはり単なる社交辞令だったのだろうと思っていた時だった。再び三春谷から道場に連絡が来たというのだ。今度は電話だったそうだ。
高校時代の伝手で電話番号を調べたのか、あるいは道場としては公の案内にも載っているのでそれ自体調べるのは誰にでも可能といえる。
綾乃木が出て、今紫月は外出していると伝えると、自身の携帯番号を告げて折り返して欲しいと言ったそうだ。綾乃木もまた、先々週に突然訪ねて来た紫月の後輩というのは分かっていたので、とにかくは要件を聞いて通話を切ったそうだ。
56
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる