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6章 ー 疑惑 ー

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「へぇー、ってことは、優勝はカレンって女なわけだ」




アゲパンが、残念そうにした。本気で一位で課題クリアしたかったらしい。

こちらのポイントが、9ポイント。
カレンが、13ポイントのため、仮に最後の土人形を手に入れたとしても、カレンに届かない。

「1ポイント差ってわけね」

マリアも何だかんだで悔しがっていた。
意外にも、勝ちたかったようだ。

確かに、3人で回っていたからか、チーム感が強くなっていた。
相手は単独だから、根本的にカレンの方が優秀ではあるのだ。仕方がない。

罠の解除をあれだけ手際よくやれるのだ。

実家がマジシャンの家系なのかもしれない。


「逆転勝ちしようと思ったら、やっぱディークを捕まえるしかないのか。55ポイントだろ確か?」
アゲパンが投げやりな口調で言った。


「逆転したいならね」
土偶のような3つの土人形を紐でまとめて縛りながら俺は言った。

「ん? ハル、その言い方、さては何か方法があるんじゃないか?」

「ほんとに~? なによ、教えなさいよ、うりうりー」
マリアも俺に肘で小突きながら、うりうり言ってくる。
楽しそうだなお前ら!!

「とにかく、もう一つの土人形を探すぞ。そうすれば、こいつらと合わせて12ポイントだ」

「だってよー、結局それでも1ポイント負けんだよなー」

「これは勝負じゃなくて、訓練だ。途中で投げずに、最後まで課題クリアを目指して努力するのが筋ってもんだろ」

「お前の方が、ディークよりよっぽど先生みたいだな」

「ほんとよね。なんでそんな冷静なのか不思議で仕方ないわ」

冷静かどうかはともかく、今はコネクターというスキルがどれだけ使えるのかを試す場が欲しいのだ。

課題クリアはおまけに過ぎない。

生徒がホイホイ術罠に引っかかるせいで、マッピングにも手間取ってしまった。

初めにあれだけ教官が脅していたにも関わらず、全然考えずに突っ込んでいくのは、子供だからか?
いや、たぶん血の気が多い奴が多いんだろう。

一応、戦士の卵としてここに送られているわけだし、ある意味で、戦いには全力なのかもしれない。

しかし、全力で罠に突っ込んでいく人生ってなんだ?

そんな終わり方でほんとにいいのか?

俺はできることなら、ゆっくり日向でコーヒーが飲める人生の方が有り難いぞ。

「で、最後の一つはどこにあるんだ?」

アゲパンが聞いてくる。

一応、コネクターで探った限りでは、沼地を抜け、少し開けた森の広場の中央にあるようだった。
土人形の位置をマッピングできているということは、だれかがその場所で人形を確認しているはずだった。

コネクトした生徒が術罠に掛かると、瞬時に消して、次の対象に光の糸を飛ばしていたから、だれがだれの情報か、途中からこんがらがって分からなくなった。

ただ、マッピングはしているから、情報としてはマップに落とし込んでいる。

個人に深くコネクトし続け、視界を共有しすぎると、スタミナがなくなって歩けなくなる。
正直なところ、複数人のコネクトを続けるのはリスクが大きい。
今後は気を付けなくては。

ちなみに、訓練の時間は、風と水の刻の間で、だいたい2時間で終わる。

とはいえ、初めの30分で半分くらい脱落したので、対象に困ることはなかったのだが。

森の広間に出た。

だいたい中央にあるため、向かってみるが、人形の確認はできなかった。

無いようだと半ば諦めかけた時に、ふと足元に影が落ちているのを見つけた。

よく見ると、土人形はフワフワと空に浮いていた。

「おい、ハル、上になんか浮いてるぞ。アレじゃないか?」

まさにアレだった。

広間の中央で、浮いている土偶。少々背伸びしたくらいでは届かない距離だった。

どうやって手に入れたものか、まったく思いつかなかった。

これはさすがに諦めようかと思った矢先、マリアが自分のカバンの中からロープを取り出した。

どうする気だと思ったが、なんとマリアはロープの先で輪っかを作ると、ロープをグルグル回しながら土偶に向けて投げた。

弓を専攻していたマリアの命中率は素晴らしく、フワフワと浮いている土偶を捕えた。

「お!? すげーじゃんマリア!」

アゲパンも素直に称賛した。

「ありがとうアゲパン、でも、この人形、重くてぜんぜん引っ張れない」

そうなのだ。人形に引っかかったのは良いものの、引っ張ってもほとんどびくともしなかった。

何か強い魔力が働いているようだ。

通常のロープでは物理的に引き寄せられないらしい。

何とかしてやりたいのは山々だが、今の俺の魔法では、ロープを強化することもできない。

どうしたものかと思っていると、アゲパンが予想外の行動に出た。

「マリア! そのままロープをしっかり持っておいてくれよな!」

「え? アゲパン? 何する気?」

「まぁまぁ、見てろって、俺の活躍」

なんと、アゲパンはロープを両手でしっかり掴むと、ジャンプしてロープを登り始めた。

「あぁあっとっと!!」
マリアが重みで倒れそうになったので、俺は反射的に彼女の腰を抱きかかえた。

「ご、ごめんなさい、ハル」

とっさのことだったが、間に合った。マリアは抱きかかえられて恥ずかしいのか、顔を赤くしている。

「いや、俺の方こそ、突然ゴメン」

「べ、別にいいけど。しっかり支えてよね」

「あ、あぁ。分かった」

マリアの身体を支えながら、その柔らかい感触から気をそらすためにも、コネクト先のカレンの動向を覗いた。

すると、カレンがわりと思ったより近くまで来ていることに気が付いた。

俺と違って、特殊なスキルを持たないカレンが、どういう経路で人形の位置をあぶりだしているのか興味はあった。

コネクターを使うことなく、人形の位置を特定するためには、何か捜索の魔法を使っているはずだ。
一体それがなんなのか。後で聞いてみたいと思った。

さすがに試験中に教えてくれるなんてことはないだろうなぁ。

そんなことを考えている間に、ロープを登っているアゲパンが人形に手を掛けた。

「おっしゃーっ! 4つ目ゲットおおおお!!」

ここで、驚く現象が起きた。

なんと、アゲパンが直接触れると、何かの魔法が解除されたのか、びくともしなかった人形が落ちた。

当然、ロープで捕捉してた人形が落ちると同時にロープ自体も緩み、アゲパンも落ちる。

「え!?」

アゲパンは一瞬啞然としたかと思うと、地面に向かって落ちかける。

と、その瞬間、アゲパンの身体が地面につく直前で一瞬止まり。ふわっと地面に降りた。



「あなた達、何をしているの?」



初めて聞く声。近づいてきたのは、カレンだった。

まさか、カレンに助けられるとは思わなかった。

だが。

「ありがとよ! カレンだっけ? 助かった」

アゲパンはお礼を言った。

「あなた達、ハイジャンプの魔法使えないの? 簡単なのに」

どうやら、『ハイジャンプ』という魔法があるらしい。
普通に高く飛ぶ魔法なのだろうか?
それにしても、カレン。なかなか喧嘩腰な印象だ。一匹狼タイプな気がした。

「カレン、ありがとう。俺らだけじゃ、アゲパンに怪我を負わせるところだった」

カレンは肩くらいまであるボサボサのくせっ毛金髪を右手で触りながら目をそらした。

「べつに。たまたま落ちるところを見たから、つい魔法使っちゃっただけよ」

「へー、カレンは、何の属性の魔法が使えるんだ? ハイジャンプも、何か区分がある魔法なのか?」

「なに? 素人? それで、そんなに人形持ってったわけ? どうなってんの?」

この反応は、かなり俺を疑っている様子だ。

確かに、これだけ人形を持っていたら、何か特別なものがあると疑問を持ってもおかしくはないだろう。
特別なものがあることには変わりないからな。

「あ、いや、俺たちは、協力することで、なんとか人形を手にできたんだ。カレンみたいな才能のある戦士とは、全然ちがうよ。ハハッ」

「え? まぁ、そうね。才能っていうか、得意なことが人より多いってだけで」

反応を見ると、カレンは普通に嬉しそうにしている。あまり褒められることがないのかもしれない。
こんな好戦的な話し方をしてたら無理もないかと思った。

カレンは続ける。

「まぁね、さっきの魔法は風魔法で、一時的に周辺の空気を凝縮させて、クッションの役割をさせたの。C級レベルの魔法だから、風魔法の素質があって、少し訓練すれば使えるようになるわ」

「へー、そうなんだ!! すげー、天才じゃん! マジ助かったわ」
アゲパンがテンションを上げて言うと、カレンは更に調子を良くした。

「あ、ちなみにハイジャンプだけど、これは土の術で、素質がなくてもコツが分かれば誰でも使えるわ。2メートルはジャンプできるの。あ、私だったら、余裕で3メートルはジャンプできるから。今の人形へのタッチも楽勝っていうか、まぁ、あなた達がたまたま先にいたから取れただけで、私が先に来てたら、無かったわよ。運が良かったわね」

何となくカレンがどういう子なのか分かってきた。
ここでマリアが口を開いた。

「別に、あなたが何メートルジャンプできようが、どうでも良いんだけど」

「はぁ?」

マリアの気持ちも分かるが、カレンがキレそうだ。

「ちょっと待て、落ち着け2人とも。とにかく、試験が終わってからにしよう。とにかくカレン、助かった」

「まぁ、別にいいんだけど、それで、あなた、コードネームは何なの?」

「アゲパンだ! かっこいいだろ!」
アゲパンが急に会話に割り込んだ。

「あなたには聞いてないし、あなたがアゲパンってことは前から知ってるわ」

「え!? マジで! 知ってたんだ!! そりゃ悪い悪い、俺って鈍感だからさ。今度お茶奢るよ!」

「結構よ」

アゲパンがフラれた。

「あなた、たぶん、貴族の人でしょ? なんか別の人みたいに見えるけど。あるの? コードネーム」

「名前は、ハルだ。確かに俺は貴族らしいが、その頃の記憶を失ってしまって、正直自分のことが分からない」

「ハル。そうなの? ちょっと信じられないけど、嘘ではないわね」

「信じてくれて嬉しいよカレン」

カレンは呆れたような顔をする。

「べつに信じたわけじゃないわよ。嘘じゃないことが私には分かるの。そういう能力だから。ごめんね」

なるほど、カレンは嘘が見抜けるのか。もしかすると、術罠を見抜く能力も、ユニークスキル(固有スキル)なのかもしれない。

それにしても突っかかるなぁ。マリアと喧嘩しなければいいが。

「あなた。どんな不正をしたの? 風魔法でしょ? A級魔法が使えるんじゃない?」

完全に疑われている。無理もない。
カレンからしてみれば異常なのだろう。

「不正なんてしてないよ。風魔法も使えない」

カレンが俺に近づいて、顔と全身を舐めるように見る。

「ふーん。たしかに、本当のようね」

「だろ? 信じてくれたようだな」

「馬鹿? 嘘じゃないことが分かっただけ。で、どんな魔法を使ったの?」

「光魔法かな」

「ハイ嘘。バカにしてる?」

「バカにしてるのはカレンさんの方でしょう」

「ま、いいわ。答えたくないなら、それでもいいけど。不正だって自覚がない不正かもしれないし、私は信じないからね」

不正だという自覚がない不正とは、なかなか的を射た答えかもしれない。

たしかに、不正と言えば不正かもしれない。

結局コネクターというのは、人の視点を借りるための手段だから、他力本願なのだ。

自分の力だけでズンズン突き進むカレンのような人間にはおもしろくない存在なのかもしれない。

とはいえ、こっちにも事情があるのだ。

使える手段は全て使う。迷惑さえ掛けていなければ、許しては貰えるだろう。



だが待てよ?



このカレンの持つユニークスキルが、『見破る』ということなのであれば。


そうか。つまり、これは、捜索ではなく、『感知』のスキルに近いものだということだ。


悪いなカレン。その力、コネクトして利用させてもらうぞ。










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