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7章 ー 油断 ー

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ロベルトがフォースインゴット行の大型帆船はんせんへ乗り込んだのは、水の刻。ディークの試験が行われている最中だった。




中年くらいの船員、リックが、船室から甲板に出てきたロベルトに声を掛けた。

「ロベルトさん、本当に良かったんですかい?」

「何がです?」

「ディークさんを連れてくるつもりだったんだろ?」

ロベルトは苦笑する。

「誰がそんなことを言ったのですか?」

「いや、わざわざ自分から伝令を届けるなんて、ロベルトさんっぽくないと思ったもんでね。あんたなら、伝令は他の奴に任せて、安全なところで待機してると思ってな」

「なんだ、あなたの想像でしたか」

「ディークさんとは、戦友だったと聞いてましたがね」

「戦友?」

笑うロベルト。リックは困ったような複雑そうな表情で彼を見る。

「たしかに、同僚でしたからね。友情などありませんが、敬意は払っておりました。彼は強かったですからね」

「そうかい。でもまぁ、共に戦った同僚なら、仲間意識があってもいいもんだとおもうがね」

「あなたは、戦場に行ったことがないから分からないでしょう。今日知り合った友人が、明日の昼にはこの世から消えているんです。戦友だなんて、作戦本部の人間だけの戯言たわごとに過ぎませんよ」

「そうなのか? でもまぁ、ディークは生き残ったんだから、良かったじゃないか」

「個人的な話でいうと、もっと生き残ってほしかった人間がたくさんいましたけどね。あの人はたまたま強かったから生き残ってしまったんです」

「たまたまなんて、そんな言い方は良くないだろう」

「たまたまですよ。最低な家庭環境に生まれて、その潜在能力を欠片も世に示すことなく消える命だってあるんですから」

リックは納得いかないような顔つきで、船から浜辺の方へ視線をそらした。

「昔のロベルトさんは、どんな子どもだったんだ?」

「ふつうの子どもですよ」

「ふつうねぇ。普通の子どもが普通に成長して、フォースインゴットの作戦指揮官になれたりするもんかね」

「誉め言葉として受け取っておきますよ。僕は一般家系の出身ですので」

「なんでまた戦士になることになったんだ?」

「――お金ですよ」

「金? 戦士なんて使い捨てだろう。どうやって金にするんだ。ここだって、表向きは戦士の養成所だが、ほとんど犯罪者の隔離施設みたいなもんじゃないか」

「僕は初めから指揮官になるつもりで戦士になったんです」

「指揮官って、貴族が試験をやって、一部は、一般から採用してるんだろう? 貴族は当然、採用するが、一般も採用した方が、全体の作戦指揮のレベルも上がるとかなんとか」

「それは表向きの理由ですよ。貴族と違って一般の試験は段違いで難しいんです。貴族は簡単な論文と面接だけですから。とても試験と呼べたものではありません」

「ほほう、そうだったのか。じゃあ、貴族の坊ちゃんは、コネで指揮官になってたんだな。あんたはどうなんだ?」

「僕はパスしましたよ。一般の試験で」

「へぇー、インテリなんだなあんた。たしかにそのシルバーのメガネ似合ってるもんな」

「弄らないでいただきたい」

「でも、戦士になる必要はあるのか? べつに指揮官は戦士でなくてもいいんだろ?」

「それは貴族の話です。我々のような一般家庭の人間は、戦士として現場で戦った証明が必要です」

「かーっ! そんな難しい試験まで合格して、現場も出なくちゃ指揮官になれないなんて、一般人ってのはどうしてこうも苦労しねーといけねーんかな」

「悪い経験ばかりではありませんよ。指揮官にさえなってしまえば、周りは、机上の空論で中身のない会議をしている坊ちゃんばかりですからね。現場も知らず、計算もまともにできないような方たちですから、昇進は簡単です」

「すげーなぁ、ロベルトさんは。俺にはとてもとても。仕事が休みの日は、カミさんにケツ叩かれながら風呂掃除だ。ハッハッハ」

ロベルトは微笑む。

「素敵な家庭じゃないですか。お子さんもいらっしゃるんでしょう」

「あぁ。俺はこうして船乗りをしてるが、うまいもん食わしてやるためだって思うと、頑張れるってもんだ」

「そうですか」
ロベルトが船室に戻ろうとしたら、リックが何かを見つけたような声を出した。

「あ!? 嬢ちゃんがいるぞ。なんか呼んでるみたいだ おい! ちょっと船出すの待ってくれ」

「どうされました? 誰かいるのですか? もう時間ですが」

「いやな、乗せて欲しそうにしてんだ」

ロベルトは浜辺の方へ目を移した。たしかに、パサついた黒い髪の、見た目12歳くらいと思われる少女が、こちらに助けを乞うように手を振っている。


リックは船を降りていく。ロベルトはなぜか嫌な予感がした。


「リックさん、戻ってください。もう船を出します。時間がありません。彼女は置いていきましょう」

リックは速度を緩めることなく進む。
「何言ってんですか? 子どもですよ? うちの娘もアレくらいの歳なんだ。連れて行ってあげましょうや」

ロベルトは焦った。
「きっと近くに親がいます。大丈夫ですから、戻ってください、リック!」

まったく聞く耳を持たず、リックは少女のいる浜辺の方へ走っていった。

ロベルトは他の船員に声を掛けた。
「すいません、船を出せるようにしておいてください。リックさんが戻ったらすぐに出航しましょう」

ロベルトたちから、会話が聞こえないくらい離れた位置で、少女と話しているリック。

その様子をじっくり観察するロベルト。


一瞬、少女の身体から黒い煙のようなものが見えた。

その黒い煙が、リックの口へ入っていく。

少女はその場で力が抜けたように倒れた。


ロベルトは叫ぶ。
「みなさん! すぐに船を出してください」

そう言いながら、ロベルトは立て掛けてあった初級魔術師用の杖を持ち、甲板から飛び降りた。

船員の一人が声を掛ける。
「ロベルトさん! あなたは乗らないんですか!!?」


「リックを助ける。君たちは逃げなさい!」


「何があったっていうんですか!?」



「リトルシャドウだ」



ロベルトは、杖に魔術を込めながらリックに近づく。

船は動き出し、徐々に速度を上げながら陸を離れていく。

リックに憑依したリトルシャドウは、全身を奇妙にカクカクと動かしながら黒いオーラを放ち、こちらへ近づいてくる。

ロベルトは杖に光魔法のオーラを纏わせた。

杖に強化の術を施していく。

「硬化、光属性添加、クロスバリア アディション、パラライズ無効、望遠、挟撃弱化、ダークリージョン強化リフレクト、アジリティ強化、オート聖水塗布、プロテクション、プロテクション、プロテクション、プロテクション」

リック、いや、リトルシャドウは右足をバネに、全身を屈めると、頭からロベルトに突っ込んできた。

物理的衝撃と強風が全身に降りかかるようにして背後に吹っ飛ばされ、リトルシャドウが現れた森の木の幹に叩きつけられた。

「なんて衝撃だ。まともに喰らったら肺がつぶれているぞ」

望遠の魔法でリックの位置はしっかり捕捉できる。まだリトルシャドウはリックの身体に慣れていないようだ。そのまま闇雲に攻撃へ転じると、リックを殺してしまいかねない。しかし、全くの無傷で捕らえることもできそうにない。攻撃魔法は慎重に選ぶ必要がある。
何とか動きを封じなくては。

だが、さすがは実験体だけあって、戦闘に特化している様子だった。

ここでリトルシャドウを逃がしてしまうと、リックの死はまぬがれないだろう。

僕がなんとかするしかない。


ロベルトは杖をリトルシャドウへ向ける。

周辺の光を収縮させ、エネルギーを溜める。充分に杖の先端に集まったら発砲だ。だが、短時間では大した威力は出ない。

すでにこちらへ向かって歩いてきている。

一度退避し、光を継続して集めなくては、やつには効かないだろう。

リトルシャドウは再び右足をバネに身体を屈める。

突進のスピードが尋常ではないために、リトルシャドウが飛んだ瞬間に避けなくては間に合わない。

3、2、1、今だ!

リトルシャドウが突っ込んだ瞬間にハイジャンプの魔法で10メートル以上飛ぶロベルト。

空中からさっきぶつかった木を見ると、衝撃で割れて倒れかけていた。

ロベルトが浜に着地すると同時に木が完全に倒れるところが見えた。

再び光を集める。だが、杖がひび割れそうになっている。光を集めすぎた。

硬化して、光属性を添加しているので、何とか原型を保っているが、本来初級魔術師用の杖で耐えられるわけがなかった。

「まずいな、攻撃魔法を発砲するには、杖が弱すぎる」

だが、他の杖や強化アイテムが入っている荷物は全て船の上だ。

さすがに想定外すぎた。

また、リトルシャドウが臨戦態勢に入る。

「仕方ない、試しに発砲してみるか」

リトルシャドウは右足をバネにまた屈む。ロベルトは杖を構える。

飛んだ瞬間に発砲した。

爆発音と共に光の銃弾がリトルシャドウの頭に思いっきり当たったが、全く勢いを落とすことなく突進してきた。

なんだとっ!!!

杖を両手で平行に持ち、リトルシャドウを止めたが、勢いで背後へ吹っ飛んだ。

後ろは海だったために、そのまま落ちるわけにもいかないと思い、ロベルトは水の術で自分が落ちる位置だけを凍らせ、着地した。

望遠でリトルシャドウを視認する。

さすがに海の上を渡ってくることはない。とはいえ、攻撃魔法で倒すことはできない今、何か状態異常を狙う必要がある。

リトルシャドウは状態異常に関しては耐性が高い。麻痺や毒の類はまったく効かないだろう。
そうなると、何か魔法で閉じ込めるか拘束するしかない。

どうするか。


そうだ、今は肉体をもっているのだから、物理的に閉じ込めることができる。
接近戦で隙をつき、魔術結界を張る。

直接対決は避けたかったが、リックの身体だ。おそらく限界がある。

杖をさらに硬化させ、剣と同様に戦えるようにする。

今度は、こちらから先手を打つぞ、リトルシャドウ!


ロベルトは、ハイジャンプで、浜でこちらを見ていたリトルシャドウの背中を殴打した。

衝撃で転がるリトルシャドウ。
ぬっと立ち上がると、こちらへ襲い掛かってきた。

杖で右こぶしを止め、そのまま左脇に杖の先端を引っ掛け、大きく弧を描いて地面に叩きつけた。

リトルシャドウは両足でロベルトの腹を蹴りつける。

「肉体硬化!」

蹴られる瞬間に腹の一部を硬化させて衝撃に耐えた。

右手に杖を持っているので、左手でリトルシャドウの足を捕える。

今だ!

「ブロックライドッ!!」

赤い光の紐がリトルシャドウを捕え、伸びていく。

リトルシャドウは暴れたが、足の拘束がうまくいけば、後はなんとかなった。


完全に拘束され、リトルシャドウは動けなくなった。

「よし、成功だ」

大人しくなっていくリトルシャドウ。

さすがに、これだけ拘束されてしまえば、もうなすすべはないということだろう。

黒いオーラが消えていき、落ち着くリック。

「リトルシャドウ。お前は知能が高い。話せるはずだ。何か言ってみろ」

ロベルトの問いかけに答えない。

「そうか、しゃべらないつもりか、まぁ、それならそれで構わない。だが、どうやって連れていくかだが」

リックが咳をした。

ん? リックが目を覚ましたのか?

「リックさん、気が付いたのですか?」

リックは、苦しそうな顔でロベルトを見た。

「ロ、ロベルトさん、」

「おお! 良かったです。無事だったのですね」

リックは浮かない表情だ。

怯えている様子だ。だが無理もない。まさか、自分が憑依されるとは思わなかっただろう。
そもそも、リックがリトルシャドウの存在を知っていたかどうかすら危ういのだ。

「リックさん、話せそうですか?」

「――ダメです。ロベルトさん、うっ」

咳をするリック。

「リックさん、落ち着いて」

「後ろです、敵が――」

「なんですって?」


とっさに振り向くと、ものすごい至近距離で、さっき倒れていた少女と目が合った。






その瞬間、ロベルトの意識が飛んだ。











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