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17章 ー 勝機 ー
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ナッツを弓矢で飛ばしてからすぐにコネクターでディークとロベルトの位置を確認した。
決して遠くはないが、まだ離れている。ディークの状態によっては、ナッツを待ってはいられない。
危険な状態であれば、彼を助けるためにリトルシャドウを打つ必要があった。
戦っている最中であれば、仕留めることはできる。
最も油断する瞬間は、ディークにとどめを刺そうとする瞬間だろう。
ディークの時間稼ぎで、教官たちが来てくれれば助かるのだが。
「訓練校の教官たちが来てくれれば……」
「来ないわよ、たぶん」
俺は驚いてカレンを見た。
「え? どういうことだ?」
「今、訓練校は襲われてるわ」
「何に?」
「リトルシャドウ」
「リトルシャドウ!? 」
「そうよ、だから私がここにいるんじゃないの」
「……やっぱり他にもいたのか」
「しかも2体ね。教官が憑依されてて、今クローディア達が戦っていると思うわ」
衝撃を受けた。勝手に訓練校は安全だと思っていた。だが、それじゃあ。
「カレン! イベリスや、アゲパン達は無事なのか?」
カレンは一瞬言葉に詰まる。
「い、一応、イベリスちゃんは捕らえられてないと思うわ」
「イベリスは無事なんだな」
「えぇ、クローディアが守ってるはずよ」
「アゲパンとマイクロジャムは?」
「あの子たちは、人質になってるってクローディアが言ってたわ」
「人質……、助けにいかないと」
俺は気が狂いそうになる。ただでさえ厳しい状況だ。その上、アゲパン達も捕らえられている。
イベリスが無事だという保証もない。クローディアがうまくやってくれてると良いが、心許ない気分だ。
「イベリスはカレンと一緒じゃなかったのか?」
「一緒だったんだけど、クローディアが、イベリスのネクロマンサーの力が役に立つって言って」
俺は胸が痛んだ。本音を言えば、イベリスも逃げてきて欲しかった。ただでさえブラックポンドでひどい目に遭っている。これ以上、危険なことをさせるというのは、本当に可哀相な気がした。
「そうか、アゲパン達を救うために、イベリスの力が必要なら、仕方ない。だけど、イベリスはまだ子どもだ。残る必要があったのかとは思う」
「イベリスも分かっているわよ。自分の力が役に立つなら、残りたいって思うと思うわ」
「強制ではなかったんだな?」
「そうよ。返事も早かったし。まぁ、本人じゃないと本当のところは分からないけどね」
「イベリスが自分で選んだなら、それで良い」
「私も本当は、一緒に戦いたかったんだけどね」
「カレンは残ってくれとは言われなかったのか」
「なに? 私が無能だって言いたいの?」
急にカレンの機嫌が悪くなる。
「いやいや、そんなこと一言も言ってないだろう」
「顔に書いてあるわよ!」
「書いてない! 顔に文字が浮かび上がるわけがないだろ」
「知ってるわよそんなこと」
「カレンの仕事だって必要なことだ。黒魔術の壺は、必ず役に立ってくれる」
「……そう願いたいものよ」
「それから、カレンの、対象の秘密を『見破る』スキルだ。それのおかげでマリアは助かった」
「スキル? 【アンヴェール】のこと?」
「【アンヴェール】って言うのか。嘘を見抜くって言ってたよな、ユニークスキルなんだろ」
「そうね。私特有のスキルよ、そのままの意味で、ベールを外すってこと。相手の正体とか、隠された真実を暴くスキルよ。そこそこ役に立つわ」
「そこそこどころじゃないだろ、めちゃくちゃ良いスキルじゃないか。よくそんなことが言えるな」
「それはこっちの台詞よ。ハルは何?【コネクター】って口にしてたわよね。それの方が意味が分からないわ」
「いやまぁ、便利ではあるんだけど……」
【コネクター】はケツァルコアトルから急に貰ったスキルだからな。俺自身は何にもないし。
「私としては、もっと戦いに特化したスキルが欲しかったかも」
「カレンのスキルはそれでいいさ。これからディークを救うためにも、そのスキルは必要なんだ」
「ま、どうにでもしてくださいって感じよー」
どこか投げやりな調子だ。そんなに悪くないと思うんだがな。【アンヴェール】。
しかし待てよ、俺のユニークスキルって、本当にないのか?
ケツァルコアトルがくれたのは【コネクター】だが、俺が転生する時に何かケットシーから貰っているはずだ。
そうか、魔法剣だ! 魔法剣がユニークスキルだとすると、リトルシャドウ相手にどうにかして使えないだろうか?
「カレン! 魔法剣について何か知らないか?」
「魔法剣? どの魔法剣のこと?」
「どの? どのってなんだ? 色んな魔法剣があるのか? 」
「あるわよ、だって魔法剣って、属性によって扱い方が変わるもの。何? ハルは魔法剣が使えるの?」
「……たぶんな、間違ってなければだけど」
ケットシーがな!
「ふーん。そうなんだ。魔法剣って、武器に魔力を込める技のことだから、試しに込めてみたら?」
「剣とかないぞ?」
「バカ? そこに矢があるでしょ?」
「あぁ、コレか、でも、俺、火をおこすくらいしかできないし、燃えないか?」
「その矢、魔力がこもってるのよ。そうじゃなきゃナッツを乗せてあんなに遠くまで飛ばないわよ」
そう言えば、めちゃくちゃ飛んでいったな。魔法の矢だったのか。
「じゃあ、やってみるよ」
俺は矢の先に火をイメージする。全身から力が放出されているような気分になる。これはたぶん、俺の魔力を消費しているということだろう。あまり何度も使う事はできない。汗が出てくる。成功するのか。
目の前に、糸くずのような何かが現れた。
「やっぱダメか、こんなもんしかでねーよ」
カレンは驚いている。何をびっくりしているのだろう?
「できてるじゃないの、魔法剣! それよ! 火の魔法剣よ」
「マジで? コレがそうなのか?」
「そうよ! それに矢の先を当ててみて」
俺は矢の先を当てる。火が移り、矢の中央まで燃えたかと思うと、一度大きく燃え上がり、青い炎になって矢じりを包み込んだ。
「これが、魔法剣だったのか」
カレンは感心している。
「ハルって色んな事ができるのね、優秀。どういう教育受けてきたのか本気で気になるわ」
残念だが、俺は、高校のクラスでテストの点は平均以下だった。すまないカレン。たぶんお前の方が遥かに賢い。
「武器に魔力を込めるのが魔法剣なら、剣である必要もない気がするが、そういうもんなんだな」
「そうね。ことの始まりが、剣士だったからじゃない? 魔力の形を剣に模して作ったのよ。そもそも剣に対して使うことが多いもの」
「なるほどな」
コレならシャドウのコアを砕くことができるかもしれない。
「急ごう、ディークの状況を確認したい」
カレンは頷いた。
◇ ◇ ◇
ナッツは木に刺さった矢から這い出て、しっぽの手紙を確認しつつ灯台へ向かった。
目の前は森だが、少し進むだけで、岬の灯台が確認できた。丘になっているおかげで良く見える。
ナッツは使命を果たすために全力で走った。
森を抜け、開けた草原のような場所に出る。そよ風が心地よく、目の前に白い灯台がその貫禄を示していた。
丘を駆け上がると、ドアがある。
ナッツはスピードを出し過ぎていたために、すぐには止まれなかった。
ネクロマンサーの力によって強化された脚力は、その体重で制御できない。
突然止まると、身体が勢いで吹っ飛び、クルクル回転しながら木製のドアに衝突した。
ドカ! っという鈍い音と共に背後に跳ね返り、転がりながら体勢を立て直す。衝撃は凄いが受け身もとれるナッツである。特に問題はなかった。
灯台の若い守り人の一人であるジェラルドが、音に驚いて上階から下りてきた。
「なんだ? 今のは?」
ナッツは、ジェラルドの前を走り、しっぽを見せながら何度もジャンプした。
ジェラルドはナッツの行動の意味が全く分からない。ただ、灰色の変なネズミかリスみたいなアンデットが飛び跳ねているということしか理解できなかった。ただ、何かを伝えている様子だということは分かった。
「なんなんだこのネズミ、いや、リスか? アンデットだな? でも敵意はなさそうだ」
ジェラルドは耐えかねてもう一人の守り人を呼んだ。
「ハリーさん! なんか変なアンデットの動物が飛び跳ねてんすけど、どうしたらいいですか?」
上階から貫禄のあるおっさんの声だけが聞こえてくる。
「あ? アンデットだと? そんなもん、ぶった切ってやれ!」
「敵意はないんですよ! 何か伝えたい感じなんですよね! とにかく下りてきてください」
ハリーが階段を下りてきた。
「ったく、めんどくせーな、なんだいったい、……っておう!!!」
飛び跳ねているナッツを見てただならぬ何かを感じたのか驚いた。
「なんだコイツは! ネズミか、いやリスか? 確かにアンデットだな、敵意はなさそうだ」
「ハリーさん、それ俺がさっき言ったこととほとんど同じですよ、どうするんですか?」
すると、ハリーは、床にある地下の階段へ向かって叫んだ。
「おいピエトロ! 変なアンデットが飛び跳ねてんだ! なんとかしてくれないか!」
ハリーの言葉を受け、地下階段からピエトロらしき青年の透き通った声がした。
「どうされたのですか? 今行きますので、そのままで待っていてください」
ピエトロは、明るい金髪で、ベージュ色のローブを着ている、知的な印象の青年だった。彼はハリー達と共に灯台を管理していた。
ピエトロは一目見てすぐに気づいた。ナッツがネクロマンサーの使いであることを。
「そのリスは、ネクロマンサーの従者です。おそらく、伝言でしょうね。しっぽに手紙が括り付けてあります」
ハリーはジェラルドを見た。
「おい! ジェラルド! 手紙がしっぽに付いてるじゃないか、なんで気付かないんだ! ったくだからお前は半人前だって言うんだよ」
「ええ!? ハリーさん、さっきの反応で気づいていたつもりなんですか? 冗談キツイっすよ」
「俺は、そりゃすぐ気づいた。しっぽが怪しいってピンと来たね」
「ピンと来てたらピエトロさん呼ばないでしょ」
「反抗か!?」
「いえ、べつに……勝手にしてください」
ピエトロが手紙をナッツから外した。
「……どうも、戦士の学校が魔物に襲われているようですね」
「見せてくれピエトロ」
手紙を奪うハリー。
「こりゃあ、一刻を争うってもんだな。どうする? ピエトロ」
ピエトロは考える。
「この地図によると、学校の近くで、憑依された人間と教官が戦っているようです。まずは、こちらへ送って欲しいと書いていますね。すぐにこの従者に黒魔術の壺の力を付与し、現地へ飛ばしましょう」
「マジックポッドを持たせるんじゃないんですかい?」
ハリーがピエトロへ問う。
「えぇ、ポッドとして使う暇はないでしょう。この魔法道具は、素人が扱うにはレベルが高いですからね。ポッドと従者を繋ぎ、遠隔で闇の力を吸収しましょう。そうすれば、この従者が対象に触れただけで効果を発揮できます」
「すげーな! さすがピエトロだ! とりあえず、ディークから何を貰うか考えておこう」
「のん気なことを言いますね。そんなことでは、この灯台まで魔物が来てしまいますよ」
「俺が一撃で倒してやる」
「ハイハイ、頼もしいですね」
ピエトロがハリーをあしらう。
ジェラルドが、地下の階段を降り、黒魔術の壺を持ってきた。
ピエトロは、壺とナッツに左右の手で触れると、魔力によって効力を繋げた。
これによって、ナッツ自身が対象に当たると、壺の魔術が発動するようになった。ただ、壺の効果が切れるとナッツも効果を発動しなくなるので、そう何度も使えるものではない。
ピエトロは左右の手を離した。
「これで良いでしょう。あとは、このリスの従者が、地図の元へどれだけ早くたどり着けるかということですが」
「そうだ。高速円盤の魔術書があったはずだ。アレを使おう」
「そんな貴重な魔術書があったのですか。知りませんでした。保管庫ですか?」
「いや、違う。俺が使おうと思ってたから隠していたんだ。おいジェラルド! 上行って、持ってきてくれ」
「上のどこですか? ハリーさんが知ってることを俺が全部知ってると思わないでくださいよ」
「……えっと、枕の下にある」
「そんなとこに隠してて、俺が知ってたら奇跡ですよ、とにかく持ってきますよ」
「おう、頼む」
ピエトロはハリーを見る。
「ありがとうございます。使わせていただいて」
「ま、良いってことだ」
「何に使う予定だったんですか」
「え? ハッハッハ、まー、いざという時だ」
ハリーは、時が来たら地下の貴重な魔術書を持ってフォースインゴットへ逃亡しようと考えていたのだが、そんなことを管理人のピエトロに言えるわけがなかった。
今は一大事だからこそ仕方なく提供することにしたのだ。ハリーにとっては苦渋の決断である。それも、ディークの御礼有りきではあるのだが。
「持ってきました。ずいぶん汚れている古い本ですね。ほんとに使えるのですか?」
ジェラルドはピエトロに問う。
「使えますよ。古く見えるのは、魔力が強いからです。魔力が弱い魔術書は、綺麗なものですからね」
魔術書を開き、込められた術を解放する。
解放された魔術書は消滅し、代わりに円盤型の小さい魔法陣が空中に現れる。これに乗ることで、数分で現場へ到着することができるのだ。この世界の移動手段としては、トップレベルのスピードだった。
ナッツはその円盤の魔法陣に乗った。
「高速円盤は速い。現場についたらそのまま勢いをつけて対象にぶつかると良い。黒魔術の壺へはこちらで魔力を充填しておく。すぐ発動するだろう。この勝負は、君に掛かっている。なんとか仲間たちを救ってあげてくれ」
ナッツはピエトロ、ハリー、ジェラルドを見ながら何度も首を縦に振った。
「じゃあ、目的地を設定する。地図の位置だ。しっかり頼むよ」
ナッツは目的地の森の中へ目をやる。
ピエトロは魔法を発動させた。
高速円盤は静かな低音を響かせながらナッツと共に森の奥へ消えていった。
「良い従者だ。もしかすると、私たちはあのリスくんに助けられるかもしれないな」
ピエトロは独り言のように言った。
「そうか? 俺のおかげだろう? なぁジェラルド」
ハリーは楽しそうだ。内心はディークの御礼が楽しみなのだが。
「自分で言わなければ、評価してあげますよ」
ジェラルドが反抗する。
ピエトロは、ナッツを従者としているネクロマンサーの存在が気がかりだった。
ネクロマンサーというのは、そうそうお目に掛かれる存在ではない。
おそらく、ブラックポンドの住人だろうとは思った。
もし、ブラックポンドから脱出した人間だとしたら、通常の精神状態ではないはずだ。
「本当に味方だったら良いのだが……」
ピエトロは、今後、このクロムランドで何か不吉なことが起こるのではないかと心配になった。
灯台で管理人を任されている数年だけは、何も起こらないことを願っていたのだが、どうやら雲行きは怪しい。
早急にここから離れる方法も考えなければと、森の奥を眺めながら思うのだった。
決して遠くはないが、まだ離れている。ディークの状態によっては、ナッツを待ってはいられない。
危険な状態であれば、彼を助けるためにリトルシャドウを打つ必要があった。
戦っている最中であれば、仕留めることはできる。
最も油断する瞬間は、ディークにとどめを刺そうとする瞬間だろう。
ディークの時間稼ぎで、教官たちが来てくれれば助かるのだが。
「訓練校の教官たちが来てくれれば……」
「来ないわよ、たぶん」
俺は驚いてカレンを見た。
「え? どういうことだ?」
「今、訓練校は襲われてるわ」
「何に?」
「リトルシャドウ」
「リトルシャドウ!? 」
「そうよ、だから私がここにいるんじゃないの」
「……やっぱり他にもいたのか」
「しかも2体ね。教官が憑依されてて、今クローディア達が戦っていると思うわ」
衝撃を受けた。勝手に訓練校は安全だと思っていた。だが、それじゃあ。
「カレン! イベリスや、アゲパン達は無事なのか?」
カレンは一瞬言葉に詰まる。
「い、一応、イベリスちゃんは捕らえられてないと思うわ」
「イベリスは無事なんだな」
「えぇ、クローディアが守ってるはずよ」
「アゲパンとマイクロジャムは?」
「あの子たちは、人質になってるってクローディアが言ってたわ」
「人質……、助けにいかないと」
俺は気が狂いそうになる。ただでさえ厳しい状況だ。その上、アゲパン達も捕らえられている。
イベリスが無事だという保証もない。クローディアがうまくやってくれてると良いが、心許ない気分だ。
「イベリスはカレンと一緒じゃなかったのか?」
「一緒だったんだけど、クローディアが、イベリスのネクロマンサーの力が役に立つって言って」
俺は胸が痛んだ。本音を言えば、イベリスも逃げてきて欲しかった。ただでさえブラックポンドでひどい目に遭っている。これ以上、危険なことをさせるというのは、本当に可哀相な気がした。
「そうか、アゲパン達を救うために、イベリスの力が必要なら、仕方ない。だけど、イベリスはまだ子どもだ。残る必要があったのかとは思う」
「イベリスも分かっているわよ。自分の力が役に立つなら、残りたいって思うと思うわ」
「強制ではなかったんだな?」
「そうよ。返事も早かったし。まぁ、本人じゃないと本当のところは分からないけどね」
「イベリスが自分で選んだなら、それで良い」
「私も本当は、一緒に戦いたかったんだけどね」
「カレンは残ってくれとは言われなかったのか」
「なに? 私が無能だって言いたいの?」
急にカレンの機嫌が悪くなる。
「いやいや、そんなこと一言も言ってないだろう」
「顔に書いてあるわよ!」
「書いてない! 顔に文字が浮かび上がるわけがないだろ」
「知ってるわよそんなこと」
「カレンの仕事だって必要なことだ。黒魔術の壺は、必ず役に立ってくれる」
「……そう願いたいものよ」
「それから、カレンの、対象の秘密を『見破る』スキルだ。それのおかげでマリアは助かった」
「スキル? 【アンヴェール】のこと?」
「【アンヴェール】って言うのか。嘘を見抜くって言ってたよな、ユニークスキルなんだろ」
「そうね。私特有のスキルよ、そのままの意味で、ベールを外すってこと。相手の正体とか、隠された真実を暴くスキルよ。そこそこ役に立つわ」
「そこそこどころじゃないだろ、めちゃくちゃ良いスキルじゃないか。よくそんなことが言えるな」
「それはこっちの台詞よ。ハルは何?【コネクター】って口にしてたわよね。それの方が意味が分からないわ」
「いやまぁ、便利ではあるんだけど……」
【コネクター】はケツァルコアトルから急に貰ったスキルだからな。俺自身は何にもないし。
「私としては、もっと戦いに特化したスキルが欲しかったかも」
「カレンのスキルはそれでいいさ。これからディークを救うためにも、そのスキルは必要なんだ」
「ま、どうにでもしてくださいって感じよー」
どこか投げやりな調子だ。そんなに悪くないと思うんだがな。【アンヴェール】。
しかし待てよ、俺のユニークスキルって、本当にないのか?
ケツァルコアトルがくれたのは【コネクター】だが、俺が転生する時に何かケットシーから貰っているはずだ。
そうか、魔法剣だ! 魔法剣がユニークスキルだとすると、リトルシャドウ相手にどうにかして使えないだろうか?
「カレン! 魔法剣について何か知らないか?」
「魔法剣? どの魔法剣のこと?」
「どの? どのってなんだ? 色んな魔法剣があるのか? 」
「あるわよ、だって魔法剣って、属性によって扱い方が変わるもの。何? ハルは魔法剣が使えるの?」
「……たぶんな、間違ってなければだけど」
ケットシーがな!
「ふーん。そうなんだ。魔法剣って、武器に魔力を込める技のことだから、試しに込めてみたら?」
「剣とかないぞ?」
「バカ? そこに矢があるでしょ?」
「あぁ、コレか、でも、俺、火をおこすくらいしかできないし、燃えないか?」
「その矢、魔力がこもってるのよ。そうじゃなきゃナッツを乗せてあんなに遠くまで飛ばないわよ」
そう言えば、めちゃくちゃ飛んでいったな。魔法の矢だったのか。
「じゃあ、やってみるよ」
俺は矢の先に火をイメージする。全身から力が放出されているような気分になる。これはたぶん、俺の魔力を消費しているということだろう。あまり何度も使う事はできない。汗が出てくる。成功するのか。
目の前に、糸くずのような何かが現れた。
「やっぱダメか、こんなもんしかでねーよ」
カレンは驚いている。何をびっくりしているのだろう?
「できてるじゃないの、魔法剣! それよ! 火の魔法剣よ」
「マジで? コレがそうなのか?」
「そうよ! それに矢の先を当ててみて」
俺は矢の先を当てる。火が移り、矢の中央まで燃えたかと思うと、一度大きく燃え上がり、青い炎になって矢じりを包み込んだ。
「これが、魔法剣だったのか」
カレンは感心している。
「ハルって色んな事ができるのね、優秀。どういう教育受けてきたのか本気で気になるわ」
残念だが、俺は、高校のクラスでテストの点は平均以下だった。すまないカレン。たぶんお前の方が遥かに賢い。
「武器に魔力を込めるのが魔法剣なら、剣である必要もない気がするが、そういうもんなんだな」
「そうね。ことの始まりが、剣士だったからじゃない? 魔力の形を剣に模して作ったのよ。そもそも剣に対して使うことが多いもの」
「なるほどな」
コレならシャドウのコアを砕くことができるかもしれない。
「急ごう、ディークの状況を確認したい」
カレンは頷いた。
◇ ◇ ◇
ナッツは木に刺さった矢から這い出て、しっぽの手紙を確認しつつ灯台へ向かった。
目の前は森だが、少し進むだけで、岬の灯台が確認できた。丘になっているおかげで良く見える。
ナッツは使命を果たすために全力で走った。
森を抜け、開けた草原のような場所に出る。そよ風が心地よく、目の前に白い灯台がその貫禄を示していた。
丘を駆け上がると、ドアがある。
ナッツはスピードを出し過ぎていたために、すぐには止まれなかった。
ネクロマンサーの力によって強化された脚力は、その体重で制御できない。
突然止まると、身体が勢いで吹っ飛び、クルクル回転しながら木製のドアに衝突した。
ドカ! っという鈍い音と共に背後に跳ね返り、転がりながら体勢を立て直す。衝撃は凄いが受け身もとれるナッツである。特に問題はなかった。
灯台の若い守り人の一人であるジェラルドが、音に驚いて上階から下りてきた。
「なんだ? 今のは?」
ナッツは、ジェラルドの前を走り、しっぽを見せながら何度もジャンプした。
ジェラルドはナッツの行動の意味が全く分からない。ただ、灰色の変なネズミかリスみたいなアンデットが飛び跳ねているということしか理解できなかった。ただ、何かを伝えている様子だということは分かった。
「なんなんだこのネズミ、いや、リスか? アンデットだな? でも敵意はなさそうだ」
ジェラルドは耐えかねてもう一人の守り人を呼んだ。
「ハリーさん! なんか変なアンデットの動物が飛び跳ねてんすけど、どうしたらいいですか?」
上階から貫禄のあるおっさんの声だけが聞こえてくる。
「あ? アンデットだと? そんなもん、ぶった切ってやれ!」
「敵意はないんですよ! 何か伝えたい感じなんですよね! とにかく下りてきてください」
ハリーが階段を下りてきた。
「ったく、めんどくせーな、なんだいったい、……っておう!!!」
飛び跳ねているナッツを見てただならぬ何かを感じたのか驚いた。
「なんだコイツは! ネズミか、いやリスか? 確かにアンデットだな、敵意はなさそうだ」
「ハリーさん、それ俺がさっき言ったこととほとんど同じですよ、どうするんですか?」
すると、ハリーは、床にある地下の階段へ向かって叫んだ。
「おいピエトロ! 変なアンデットが飛び跳ねてんだ! なんとかしてくれないか!」
ハリーの言葉を受け、地下階段からピエトロらしき青年の透き通った声がした。
「どうされたのですか? 今行きますので、そのままで待っていてください」
ピエトロは、明るい金髪で、ベージュ色のローブを着ている、知的な印象の青年だった。彼はハリー達と共に灯台を管理していた。
ピエトロは一目見てすぐに気づいた。ナッツがネクロマンサーの使いであることを。
「そのリスは、ネクロマンサーの従者です。おそらく、伝言でしょうね。しっぽに手紙が括り付けてあります」
ハリーはジェラルドを見た。
「おい! ジェラルド! 手紙がしっぽに付いてるじゃないか、なんで気付かないんだ! ったくだからお前は半人前だって言うんだよ」
「ええ!? ハリーさん、さっきの反応で気づいていたつもりなんですか? 冗談キツイっすよ」
「俺は、そりゃすぐ気づいた。しっぽが怪しいってピンと来たね」
「ピンと来てたらピエトロさん呼ばないでしょ」
「反抗か!?」
「いえ、べつに……勝手にしてください」
ピエトロが手紙をナッツから外した。
「……どうも、戦士の学校が魔物に襲われているようですね」
「見せてくれピエトロ」
手紙を奪うハリー。
「こりゃあ、一刻を争うってもんだな。どうする? ピエトロ」
ピエトロは考える。
「この地図によると、学校の近くで、憑依された人間と教官が戦っているようです。まずは、こちらへ送って欲しいと書いていますね。すぐにこの従者に黒魔術の壺の力を付与し、現地へ飛ばしましょう」
「マジックポッドを持たせるんじゃないんですかい?」
ハリーがピエトロへ問う。
「えぇ、ポッドとして使う暇はないでしょう。この魔法道具は、素人が扱うにはレベルが高いですからね。ポッドと従者を繋ぎ、遠隔で闇の力を吸収しましょう。そうすれば、この従者が対象に触れただけで効果を発揮できます」
「すげーな! さすがピエトロだ! とりあえず、ディークから何を貰うか考えておこう」
「のん気なことを言いますね。そんなことでは、この灯台まで魔物が来てしまいますよ」
「俺が一撃で倒してやる」
「ハイハイ、頼もしいですね」
ピエトロがハリーをあしらう。
ジェラルドが、地下の階段を降り、黒魔術の壺を持ってきた。
ピエトロは、壺とナッツに左右の手で触れると、魔力によって効力を繋げた。
これによって、ナッツ自身が対象に当たると、壺の魔術が発動するようになった。ただ、壺の効果が切れるとナッツも効果を発動しなくなるので、そう何度も使えるものではない。
ピエトロは左右の手を離した。
「これで良いでしょう。あとは、このリスの従者が、地図の元へどれだけ早くたどり着けるかということですが」
「そうだ。高速円盤の魔術書があったはずだ。アレを使おう」
「そんな貴重な魔術書があったのですか。知りませんでした。保管庫ですか?」
「いや、違う。俺が使おうと思ってたから隠していたんだ。おいジェラルド! 上行って、持ってきてくれ」
「上のどこですか? ハリーさんが知ってることを俺が全部知ってると思わないでくださいよ」
「……えっと、枕の下にある」
「そんなとこに隠してて、俺が知ってたら奇跡ですよ、とにかく持ってきますよ」
「おう、頼む」
ピエトロはハリーを見る。
「ありがとうございます。使わせていただいて」
「ま、良いってことだ」
「何に使う予定だったんですか」
「え? ハッハッハ、まー、いざという時だ」
ハリーは、時が来たら地下の貴重な魔術書を持ってフォースインゴットへ逃亡しようと考えていたのだが、そんなことを管理人のピエトロに言えるわけがなかった。
今は一大事だからこそ仕方なく提供することにしたのだ。ハリーにとっては苦渋の決断である。それも、ディークの御礼有りきではあるのだが。
「持ってきました。ずいぶん汚れている古い本ですね。ほんとに使えるのですか?」
ジェラルドはピエトロに問う。
「使えますよ。古く見えるのは、魔力が強いからです。魔力が弱い魔術書は、綺麗なものですからね」
魔術書を開き、込められた術を解放する。
解放された魔術書は消滅し、代わりに円盤型の小さい魔法陣が空中に現れる。これに乗ることで、数分で現場へ到着することができるのだ。この世界の移動手段としては、トップレベルのスピードだった。
ナッツはその円盤の魔法陣に乗った。
「高速円盤は速い。現場についたらそのまま勢いをつけて対象にぶつかると良い。黒魔術の壺へはこちらで魔力を充填しておく。すぐ発動するだろう。この勝負は、君に掛かっている。なんとか仲間たちを救ってあげてくれ」
ナッツはピエトロ、ハリー、ジェラルドを見ながら何度も首を縦に振った。
「じゃあ、目的地を設定する。地図の位置だ。しっかり頼むよ」
ナッツは目的地の森の中へ目をやる。
ピエトロは魔法を発動させた。
高速円盤は静かな低音を響かせながらナッツと共に森の奥へ消えていった。
「良い従者だ。もしかすると、私たちはあのリスくんに助けられるかもしれないな」
ピエトロは独り言のように言った。
「そうか? 俺のおかげだろう? なぁジェラルド」
ハリーは楽しそうだ。内心はディークの御礼が楽しみなのだが。
「自分で言わなければ、評価してあげますよ」
ジェラルドが反抗する。
ピエトロは、ナッツを従者としているネクロマンサーの存在が気がかりだった。
ネクロマンサーというのは、そうそうお目に掛かれる存在ではない。
おそらく、ブラックポンドの住人だろうとは思った。
もし、ブラックポンドから脱出した人間だとしたら、通常の精神状態ではないはずだ。
「本当に味方だったら良いのだが……」
ピエトロは、今後、このクロムランドで何か不吉なことが起こるのではないかと心配になった。
灯台で管理人を任されている数年だけは、何も起こらないことを願っていたのだが、どうやら雲行きは怪しい。
早急にここから離れる方法も考えなければと、森の奥を眺めながら思うのだった。
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