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18章 ー 死闘 ー

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「ディーク! お前の負けだ!」


ロベルトの身体を操るリトルシャドウは、ディークを追い詰めていた。

戦いのさ中、杖でディークの剣を弾き飛ばしたリトルシャドウは、ディークに近づきながら敗北を認めさせようとしていた。

「甘いな」

ディークは地面に右手の平を叩きつけるように置くと、「大地の剣テールブランド!」と叫んだ。手の周りの地面が泥のように変化し、その地面の中から泥が剣のように変形して取り出された。

シャドウはとっさに「シールド」とつぶやきディークの攻撃をプロテクトする。

だが、ディークの剣は変形し、シールドのプロテクトを飲み込むように侵食していく。剣であると同時に泥の塊でもあった。

「ちっ!」

シャドウは後ろにハイジャンプしてその場から離れる。

ディークは大地の剣テールブランドを剣の姿に戻すと、シャドウへ声を掛けた。

「逃げてばかりだなリトルシャドウ。接近戦では俺に勝てないことを理解したか?」

「こしゃくな男だなディーク。お前にぼくが倒せるはずがない。ロベルトがそう言っている」

ディークは苦笑する。

「またロベルトの記憶か。リトルシャドウ、確かに俺のレベルで、ロベルトに勝てるとは到底思えないが、それはお前がロベルトの力を100パーセント引き出せた時に限った話だ。今のお前では、俺に勝つことは不可能だろう」

「ならば、この男を捨てて、お前に憑依してやる」

「そんな隙を俺が作ると本気で思っているのか?」

「いづれ体力の限界が訪れる。お前の力が尽きた時、お前はぼくに敗北する」

「それはお互い様だ。お前の体力が無限ではないことも知っている。時が経てば、憑依は維持できなくなるだろう。死の十字架はお前の心臓にも刻まれていると思え」

ディークは大地の剣テールブランドを構えると、シャドウへ突っ込んでいく。

シャドウはシールドを張る。だが、一瞬にしてそれを砕くディーク。

シャドウは後ろへハイジャンプする。そしてそれを追うディーク。繰り返しだった。だが、逃げるシャドウのスタミナは徐々に削られていた。



そんな中、ディークの背後の林まで、俺と、マリアを抱きかかえたカレンが様子を伺っていた。

カレンは緊張していた。

「すごい、ディーク先生って、こんなに強かったんだ」

「伊達に教官してないってことだな。こんな戦いしてるんじゃ、俺たちが助太刀できる気がしない。とは言っても、このままディークが倒れるのを黙って見てるわけにもいかないんだよ」

「どうする気なのハル?」

カレンは俺の目を純粋に見つめる。さっきからあまりに素直な調子なので、何となく俺は人差し指でカレンの額をツンとつついた。

「なによっ」
カレンは自分の額に触れる。

「押してダメなら引いてみる」

「はぁ?」

「外部から助けられないなら『内部』からだ」

俺はロベルトにコネクターで交信した。

「ロベルトさん」

『なんだい? 矢を射る覚悟ができたのかい?』

「まだですよ! さっき言っていた、コアのことなんですが、どうやって移動させる気なんですか?」

『そうだね。簡単に説明すると、コアは常に、安全な場所へ移動しようとするため、動きに法則があるんだ。僕が術で抵抗すれば、それに反応して、発生した魔力の対角線上へ動く。例えば、左足へ魔力を放てば右肩へ、右足へ魔力を放てば左肩へ逃げる。つまり、コアは魔力の発生源から最も遠い場所へ離れたがるわけだ。ここまでは大丈夫かい?』

「はい、続けてください」

『僕は君の合図で、どちらかの足へ魔力を放つ。そうすれば、コアは対角線上へ逃げて動きが止まるから、その肩へ向かって矢を放ってくれれば良い。高確率で仕留められる』

「ロベルトさん、肩と言っても、まともに動脈を損傷すれば死ぬ可能性は充分にあります」

『足だって場所によっては死ぬ可能性はあるさ。そもそも肩に比べて狙いにくい。とてもじゃないが当てられないだろう。たとえ【エイミング】スキルがあったとしてもね。危険かどうかより、確実性を尊重した方が良い』

「それはそうかもしれませんが」

『ハル少年、君は僕を生かそうとするあまり、外すことでディークが死ぬ可能性を考慮に入れられていない。ディークが今生きているのは、彼が常人の何倍も強い人間だからということを忘れないでくれ』

「……そうですね。……わかりました」

『君が僕を打つことで、ディークを救う事ができるかもしれない。準備に取り掛かろう』

「……はい」

俺は正直なところ、かなり怖気づいていた。自分が手を下すことなく、この戦いが終わってくれればと何度も思った。リトルシャドウを打つこととは、同時にロベルトを打つことでもあったのだ。失敗はしたくない。生かしたい。何とか確実性が欲しい。そう思ってナッツにも協力して貰った。

だが、俺が最後の一手を打たなければ、ロベルトを守ろうとしたディークは敗北し、訓練校にこのリトルシャドウの侵入を許してしまうことになる。

リトルシャドウ一体だけであればまだしも、今、他にもリトルシャドウが訓練校を襲っているのであれば、取り返しのつかないことになる可能性は想像に難くない。

ここで、俺が何としても仕留めなくてはならないのだ。

その上で、ロベルトを生かす。なんてハードなんだ。気持ちが持たない。

それでもやらなくては。マリア、カレンやイベリス、アゲパン達を守るためにも、しなくてはならない。

俺にできるのか? 

ふと、左手に温かい感触があった。

「ハル、大丈夫? 震えてるわよ」

カレンが俺の手を握っていた。彼女は心配そうにしている。こんな表情は初めて見た。

「ハル、あなたが何をしようとしているのか、全てが分かるわけじゃない。でも、私だって、マリアだって、みんなあなたの味方なのよ。ハルが全部の責任を感じる必要はないわ。私だって、ハルと戦ってるんだから」

優しい声だった。そうだ、俺は一人じゃない。仲間と共に戦っているんだ。

やろう。俺にできることを果たすんだ。

「ありがとう、カレンと出会えて、俺は本当に良かったと思っている。もう大丈夫だ」

「うん」

恥ずかしそうに、ゆっくり手を離すカレン。

「コネクター」

俺はディークのコネクトを解除し、カレンに2本コネクトする。これによってカレンの【アンヴェール】が高解像度で使えるようになった。マリアへは引き続き5本コネクトで、【エイミング】を確実に使える状態にしている。

リトルシャドウの位置をコネクターで確認し、コアの位置を探る。コアは体中を絶え間なく動き回っているが、カレンのスキルのおかげで場所は正確に把握できるようになった。

ここで、マリアの【エイミング】である。精度は高いが、動き回っている対象を射抜くには俺自身が素人過ぎる。狙うと当たるが、不規則な動きの予測まではできなかった。やはり、ロベルトに術を使ってもらうしかない。ロベルトに質問する。

「ロベルトさん、コアの位置確認はできました。ただ、エイミングしたとしても、この状態でコアに当てることはほぼ不可能です」

『そうだろうね。君のその多重スキルをってしても、コアに当てることは百分の一くらいの確率だろう。僕が、術を掛けるから、その瞬間を狙うんだ』

「少し思ったのですが、ロベルトさん自身は、その術によって何も起きないんですか?」

『……気になるかい?』

「そりゃ、気になりますよ。何回くらい魔力を放てるんですか?」

『……一回だ』

「一回ですか? なぜです?」

『コアを移動させるほどの魔力というのは、ある程度危険を伴う。自らに対して、プロテクトを掛けないまま魔法攻撃を仕掛けることと同じだ』

「そんな、大丈夫なんですか本当に」

『コアが反応しない程度の魔力では意味がない。身の危険を感じさせるほどの力は最低限必要だ』

「そう……ですか、シャドウはそれに対し、どんな対応をしてくるのでしょうか?」

『おそらく危険だと判断されて粛清を受けることになる。僕と君の交信は途絶えるだろう。君が外したとしても、その後に僕と会話することはできない。僕はシャドウに体内で拘束されることになるからね』

「危険な賭けですね」

『承知の上だ。いづれにしても、このまま何もしないことが最もリスキーだからね、希望があるだけマシだろう』

「分かりました。俺が合図をします。待っていてください」

『いいだろう。しかしハル少年、今のこの状況を見ても尚、ナッツというリスくんを待つつもりかい?』

「ええ、待ちます」

『タイムリミットは、ディークが大地の剣テールブランドを手放した時にしよう』

「テールブランド? なんですかそれは? もしかしてディークが見えているんですか?」

『僕は魔術師だからね、見えはしないが、どういった技で戦っているかは放出された魔力から感じ取ることができる。テールブランドというのは、今彼が使っている武器の名前だ。大地のつるぎ、装備する武器のように聞こえるが、正確には大地の精霊を召喚している。かなりの魔力を消費しているはずだ』

「ディークの使っている技は、魔法剣ではないのですか?」

『魔法剣? 全く別物だ。彼は【召喚士】だからね』

「召喚士!!? それって、何か、別の生き物を呼び寄せる召喚のことですか?」

『そうだ。知らなかったのか。ディークは大地の精霊を呼び寄せ、剣の形にしている。彼の家系は土の術に特化しているからね』

「意外でした。ディークは剣士だと思ってましたので」

『剣技も優れているよディークは。というか、基本的にどんな武器も扱える。だが、特化しているわけではないから、剣士の家系の人間と戦うには、今のように召喚を用いる必要があるだろうね』

「特化していると、そんなに差が出るものなんですか?」

『出るね。特化していないものを極めようとしても、素質のある者に比べると50~60%ほどまでが限界だ』

「厳しいですね」

『それでも、鍛え上げたのなら、素質を持つ者を凌ぐことはあるけどね。素質を持った者が努力を怠った結果とも言える』

「そう、ですか」

『さぁ、そろそろだ。ディークも体力が限界に近付いている。君の覚悟を見せてくれ』

「……はい」

ディークは、リトルシャドウの作るシールドを破壊しては攻撃に転じ、それを止められたかと思うと、またシールドを張られ、破壊を繰り返している。シャドウは必死の形相だ。一見、ディークが押しているようにも見えるが、体力の消耗が激しいのは明らかにディークの方だった。

【エイミング】で、ロベルトの姿をしているリトルシャドウへ矢先を向けた。

数値が視界の右上に表示される。30.222と89.145の間を行ったり来たりしている。基準がイマイチ分からないが、照準を合わせれば89.999まで上がった。

なぜ90台が出ないのかは分からなかったが、対象が人間だから動きが複雑なのかもしれない。スキルとしては不慣れなため、これ以上をどうしても出せなかった。

「ロベルトさん、90%が限界です。すいません」

『10回中9回成功か、僕の失態を取り返すには充分過ぎる数値だ。いつでも打てるかい?』

「はい、大丈夫です」

『では、君の合図を待とう』

ロベルトとの交信が途絶える。

俺は一つ、重要なことを聞かなかった。

それは、魔法剣によって強化された矢を打つかどうかだ。

強化された矢はコアを高い確率で砕くことができる。しかしそれは同時に、ロベルトの死の可能性をも高める結果になるかもしれなかった。

そんなことはできない。いや、したくなかった。

もし、ロベルトに聞いたとしても、彼は強化された矢の方を推すだろうと思った。

彼は自分の死よりも、矢の威力を尊重する。ならば、やはり通常の矢を放つべきだろう。

標的に的中するかどうかも問題だが、果たして砕けるのか?

だが、チャンスは一度。今ロベルトが交信できているのはリトルシャドウが油断しているからだ。魔力を放った瞬間に彼の身体がどうなるかも安全の保障はない。

ロベルトはその危険性を俺に説明しなかった。そりゃそうだ。そんなことをして俺が攻撃にひるむことがあれば、必ず失敗する。

敵を確実に射るのであれば情は捨てなくてはならない。

やはり、強化された矢を使うべきか。

俺は再び強化した矢を手に取り、ロベルトへ向けてエイムする。

青い色を静かにたたえるこの魔法の矢は、俺の覚悟を示している。



……この矢を、……使っていいのか?



俺は【エイミング】でロベルトを追う。89.999と数字が視界の右上に表示される。

やはり、この矢を使うべきだ。確実に仕留めなくてはディークもみんなも救えない。

打たなくては……。

俺は額と脇から冷や汗が流れるのを感じた。

カレンとマリアの視線を感じる。この二人がいたからこそ、チャンスに巡り合えている。

失敗はできない。

俺がそう考えていると、ディークの動きに乱れが出始めた。

ディークはリトルシャドウへ声を掛ける。

「シャドウ! 逃げることしかできないのか? お前はそんな臆病者か?」

シャドウは応じる。

「引っ掛かりはしないぞディーク! お前はぼくに罠を仕掛けようとしている。そんなことは分かっている。お前が術罠のスペシャリストであることは、ロベルトの記憶で知っているのだ。決して誘いには乗らないぞ」

ディークは苦笑する。

「お前がそんなに慎重だとは思わなかったよ。俺がこんな戦いをしながら術罠を仕掛けることができると思うか?」

ディークは疲れている。俺の目から見ても明白だった。だが、リトルシャドウはそれでも戦い方を変えようとはしなかった。読まれているかどうかは分からないが、今のディークへの対応としては最善だろう。

まずい。もう限界が近づいている。

だが、ナッツが来るにはさすがに時間が足りないだろう。

そんなに早くここへ来られるはずがない。アイテム担いでここまで走ることを考えると、かなりの時間が掛かる。

絶対に間に合わない。

打たなくては。

シャドウが笑う。
「分かるぞディーク! お前はそうやってぼくを油断させ、接近戦に持ち込もうとしている。その手には乗らない。お前が術罠をいつでも使えることは分かっているんだ」

ディークはシャドウが放ったシールドのプロテクトを大地の剣テールブランドで破壊する。

だが、その瞬間、疲れからか、体勢がわずかに乱れ、完全にはシールドが破壊されなかった。

リトルシャドウはハイジャンプで背後に跳んでいたが、その一瞬の隙を見逃さなかった。

「崩れたな! ディーク!」

リトルシャドウは地面に降り立つと共に、左足で足元の土を蹴り、杖をシールド先に立つディークの腹へ叩きつけた。

「ぐはッ」という声にならない声が漏れてディークは後ろへ弾き飛ばされた。

すかさず追い打ちを掛けに近寄るリトルシャドウ。

杖で物理的に追撃を仕掛けたシャドウを剣で防ぐディーク。

だが、腹へのダメージが大きく、ディークはまともに反撃ができない。シャドウは完全に勝利を確信したかのような笑みを浮かべながらディークを叩きつける。

俺は、その瞬間ロベルトへ交信した。


やるしかない!


ここから見えるシャドウの右肩を【エイミング】で合わせる。

「ロベルトさん! 左足へ魔力を!」

『いくぞ!』

シャドウが憑依しているロベルトの左足に閃光が走る。と同時に、コアが右肩へ移動した。


しかし、俺はその瞬間、躊躇した。自分でも意外に思うほど信じられない行動だった。


一瞬の間で、俺は魔法剣の矢を投げ落とし、通常の矢に持ち替え、エイミングを再開した。

コアが制止した状態で89.999だったが、その持ち替えた瞬間に若干コアが移動し、44.669に一気に下がった。

だが、打つしかない!

俺は矢を放った。

矢は八面体の上の先に見事に命中した。

バスっ! という鈍い音と共にロベルトの右肩に刺さる。

シャドウの動きは完全に静止し、ディークも信じられないとばかりに驚いた表情だった。


こちらを見るシャドウ。


失敗だ。


コアには刺さったが、砕いていない。というか全くダメージがない。

こちらへ目を向けるリトルシャドウ。目が完全に見開いている。

俺を見ている。コンマ1秒以下の思考で、シャドウが俺に飛び掛かる可能性を感じたが、それを感じ取ったのはディークも同じだった。

飛び掛かかろうとジャンプした瞬間にディークが剣でシャドウの右足を思いっきり叩き切った。

リトルシャドウ、つまりロベルトの膝から下の右足が切られて吹き飛んだ。ディークはその勢いで地面を転がった。シャドウの方は少し体勢を崩したが、僅かな時間差でそのまま俺に向かって飛んでくる。

俺は地面に落ちた魔法剣の矢を拾い弓を引こうとするが【エイミング】が全く間に合わない。


0.037


視界に表示される右上の数値を見て、俺は死を悟った。

シャドウの一撃を受ければ俺はほぼ確実に死ぬ。これは間違いなかった。

全く何もできない。不可能だった。




終わった。




……と思った瞬間だった。


飛んでくるロベルトへ、何か浮遊物に乗った灰色の物体がボールのようにぶつかった。

すると、リトルシャドウの動きが減速したかと思うと、頭を振りながら悶え唸り始めた。

灰色のボールは突き当たった衝撃で真上へ吹っ飛び、その姿からその正体が分かった。



ナッツだ!



そして、おそらく黒魔術の壺ブラックマジックポッドの効果が発揮されている。


悶えた末にロベルトの口からシャドウが抜け出した。

コアが抜け出す瞬間を捉える。コアの動きが遅い。狙える。


俺は【エイミング】でリトルシャドウのコアに照準を合わせる。



99.991



視界の右上に数値が表示される。



今だ!




俺は矢を放った。




魔法剣の矢は、ロベルトから抜け出したリトルシャドウのコアの中心を射抜いた。


バキッ! というヒビが割れる音がし、そのコアの割れ目から紫色の光が四方八方に放たれた。


何か人間ではない機械的で無機質な断末魔らしき声が漏れると、黒い煙が八面体のコアに全て吸収され、そのまま割れて飛び散った。

光が強く、俺は目が眩み、片目を閉じる。

粉々に砕け散ったコアはキラキラ光りながらパラパラと砂のように地面に落ちた。

ロベルトが地面にうつ伏せに倒れる。右足の膝の下からとんでもない量の血が出ている。


「ロベルトさん!」

俺はロベルトに近づき、身体を起こすが、ロベルトは完全に失神している。この流血だ。当たり前だろう。

カレンがマリアを抱えて、歩いて近づいてくる。

地面に落ちたナッツも立ち上がり、クルクルと小さい円を描いて回っている。


「ハル、その人、大丈夫なの?」


「血がすごい。なんとか止血できないか。これじゃ……、死んでしまう!」
俺は泣きそうな声で叫んだ。

「わ、わたし、そういう魔法、使えなくて……」

カレンは緊張と安心と恐れが混じった、複雑な心境で呟いた。

突然、マリアが反応した。

「私、少しだけど、回復の水の術が使える。カレン、もう大丈夫、ありがとう」

マリアはカレンに降ろしてもらう。少しふらつき、カレンがそれを支えた。

ゆっくり近づくマリア。傷口を見て青ざめる。唇が震えているのが見えた。

「だいじょうぶ、きっと、大丈夫だから……再生レヴァイブ!」

ロベルトの右足の出血が緩やかになり、切断部が、かさぶたの様になっていく。

切断された足は戻らないが、出血多量による死はまぬがれただろう。

マリアは汗びっしょりだった。よほど魔力を費やしたのだろう。

俺はまだ魔力の消費というのが、どう体力面に影響するのか分かっていないが、これだけの大きな怪我に対して応急処置を施すのだから、決して簡単ではないだろうと思った。

「マリア、ありがとう、おかげでロベルトは死なずに済む」

「うん、ハル、私こそありがとう。ううん、ありがとうって言葉だけじゃ足りないわ」

「あぁ、マリア、俺からも、ありがとう。リトルシャドウを倒せたのは、マリアのおかげだ」

「そうなの?」

マリアはあまり分かっていないようだ。これは、後でゆっくり説明する必要がありそうだ。

それもそうだが、訓練校の方もどうなっているのか心配だ。

コネクターでイベリスを確認する限りでは、致命的なことにはなっていないようだが、具体的な状況まで全て見ることはできない。

なんとかしなくては。

足元に毛玉が当たる感触がある。ナッツだ。

俺はナッツを手の平に乗せた。

ナッツは身体をピクピク震わせながら俺を見つめる。アンデットなのに、無邪気な表情だと思った。

「ナッツ、お前は俺の命の恩人だ。いや、俺たちの恩人だ。ちょっと待てよ、でもナッツは人じゃないから、恩人ってのも違うか。まぁいいや、とにかく、お前が俺の命を救ったんだ。ありがとうな」

ナッツはコクコクと高速で頷く。

「……とりあえず、無事に戻ることができたら、何か美味しいものでも食べさせてやる。アンデットって、何か食べるのか? まぁいいか、イベリスに聞こう」

すると、突然、おっさんの声がした。

このおっさんも、今回の功労者というわけだ。

「67番。君がリトルシャドウを倒したのか?」

ディークが、片手で腹を抱え、ゆっくり近づいてきた。

「あー、そう……ですね。正確には、俺と、カレンと、マリアが協力してって感じです」

「そうか。君のことは、昨日の試験の時から気になっていた。キミ一人でスキルを扱っているように見えたが、違うのかね」

俺は何と答えていいか迷った。正直、ディークのような鋭い人間に全てを話すのはあまり気が進まなかった。

ロベルトには割と話してしまったが、あの状況では仕方ないだろう。ロベルトの性格的に、色んな人間に話すことはないだろう。

「一応、俺のスキルも関係はしていますが、仲間の協力がなければどうにもならないんです。これは本当です」

ディークは少し笑った。安心しているようにも見える。

彼も一歩間違えば死んでいたのだ。実力者とはいえ、今回は本当に運が良かった。

「あまり詮索されるのは好まないようだな君は。そういうところも、君の年齢を考えると不思議だよ。子どもであることは承知しているが、さっきの弓の扱い方や、訓練の時の行動には、熟達した何かを感じる。これから訓練校へ戻るが、まだ別のリトルシャドウがいるはずだ。奴らを片づけなくてはならない。協力してくれるか?」

「はい、当然です」

「ありがとう」

お礼を言われた。ディークが俺を認めてくれているのは嬉しいが、正直買いかぶりな気もする。

できることならスキルについては伏せていたかったが、こうなってしまうと、もはやディークを全面的に信用するしかなさそうだ。

あ、そういえば。

「ディーク教官、実は、さっき、黒魔術の壺ブラックマジックポッドというアイテムを灯台から貰ってきてまして」

「灯台だと? あぁ、なるほど、だからリトルシャドウの憑依が解けたのか」

「それで、アイテムを貰う代わりに、なんでも好きなものを与えるって、灯台守に言ってしまったんですよ。ディーク教官の名前で」

ディークは呆気にとられたような顔をした。

「え? なんでもだと?」

「す、すいません」

俺は少し緊張した。

だがディークは笑い飛ばした。

「そうか、ずいぶんな功績だ。これは、フォースインゴットからの謝礼という形でなんとか手を打とう」

「良かったです。嘘にならなくて済みます」

「また君のことを詮索したくなったよ」

「あはは」

カレンと目を合わせる俺。カレンも良く分かっていない表情だ。

今はとぼけるくらいしかできない。

また事が落ち着いてからゆっくり話すとしよう。


しかし、訓練校のイベリスやアゲパン達がどうなっているのか気になる。

早く戻らなくてはと思った。



安心はできない。



俺は最悪の事態を想定して動こうと思った。


戦いはまだ、終わっていないのだから。





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