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2章 粛清と祭
第18話 疑惑と信頼の狭間で
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「すっげー、何だこれ地獄じゃん」
「ねー、大きいワカメかと思った」
よもぎとゆかが、床と壁に広がる悪魔の羽根に対して思ったことを口走る。
「そうだね、地獄のワカメって感じだね」
僕は彼女たちの発想に感心した。そう言われると、確かにそんな風に見えてくる。
悩みはしたが、このまま放置していてはちゆが心配なので、学院の医務室に常駐しているお医者さんに診てもらうことにした。さすがサキュバスのお嬢様学院。状況を説明するとすぐ理解して駆けつけてくれた。
僕は気持ち良さそうに眠っている三神知由を見ながら、どうすればこの子を救えるのかを考えた。
もしサキュバスの村みたいな場所があるとしたら、そういう場所にちゆを連れて行きたいが、どちらにせよ人間を襲うのであればこの問題は解決はしない。
もし、サキュバス化する前の状態で普通の生活を維持できるのであれば、その方法を知りたいと思った。
一応、天使である丘乃小鳥の警告を参考にするならば、サキュバスの卵のままで、羽化しなければ討伐対象にはならないようだ。
つまり、見習いのままで、なんとか天寿を全うして貰いたいというのが僕の本音だ。
あとは、彼女たちが、精子を身体に取り込まなかった場合に起こるデメリットが何かが分かれば良いのだが。
「セイシくん」
お医者さんが帰ってすぐ、部屋の端で眺めていたゆかが僕に声を掛ける。
「なに?」
「三神さん、大丈夫そう?」
「うーん、どうなんだろう。天井に派手にぶつかってたからね。でもさっき、医務室のお医者さんからは、外傷はないし、呼吸は安定してるから大丈夫だって言われたよ」
「そうなんだ。びっくりした顔してた?医務室の人」
「意外とそうでもなかったよ」
「うそー、こんなにワカメなのに?」
「まぁね」
「何でだろう」
「この学院だと、サキュバス自体が珍しくないからね。冷静だったよ。羽根が生えることを、覚醒したって言ってたよ」
「羽化することを、覚醒って呼んでるんだ」
「そうらしいね」
「人から羽根が生えるなんて、おとぎ話の中だけだと思ってたのに」
「僕もだよ。学院には、あとどれくらい成体のサキュバスがいるのかな」
「そんなにいないと思う」
「なぜそう思うの?」
「見たことないもん」
「偶然じゃない?」
「だって、本当に見たことないから」
「そっか。だとしたら、まずいかもね」
「なんで?」
「医務室の人を呼んでしまったから」
「どういう意味?」
「成体のサキュバスがいないという事は、成体のサキュバスには、別の場所が用意されている。そう考えるのが自然だと思わない?」
「別の場所に?どう思う?よもぎちゃん」
ずっと黙って後ろで壁にもたれて座るよもぎに声を掛けるゆか。
よもぎは面倒そうに答える。
「さぁね。サキュバスがどんな生活してるかなんて、私は興味ないし」
「もうっ、これだからよもぎは!」
むくれるゆか。
たしかによもぎは、あまりサキュバス自体に関心がないように見える。
ただ、今日、ちゆに対して、僕との関係を聞いていたそうだから、何か情報を掴んでいる可能性は充分にある。
それが、果たしてよもぎ自身のためなのか、親友のゆかのためなのか、もしくは、対人間のための対策なのかは分からない。
よもぎは、何か僕らには知り得ない情報を持っている気がする。
あまり友達のことを探るのは良くない気はするが、ちゆが覚醒した以上は、僕が彼女の代わりに周囲を警戒するしかない。
命に関わるからこそ医務室の人を呼ぶしかなかった。
だが、それによってどこかに情報が行き、ちゆが、或いは、処分される可能性は考えられる。
僕はちゆを、守らなくてはならない。
「ん、お兄ちゃん、いるの?」
ちゆが起きた。
彼女の可愛い右手を掴む。
「あぁ、ここに居るよ、ちゆ、具合はどうだい?」
「うん、気分は良いよ。でも身体がすごく重い。どうなってるのかな」
「ちゆ、君は羽化したんだ。成体のサキュバスになった」
「サキュバス? ほんとに?」
「本当だよ。お医者さんが言ってたから」
「そっかー、ちゆって、サキュバスだったんだ」
「自覚は無かったのか?」
「うん、冗談だと思ってた」
「そうなんだ。あんなにサキュバスサキュバスって言ってるから、てっきり何か確信があるのかと思ってた」
「水とか、何か食べたいものがあったら、何でも言ってくれよ」
「えー、どうしよっかなー、じゃあ、お兄ちゃんのチュウとか? んむぅー」
ちゆが目を閉じ、口を突き出そうとして、周りに人がいることに気づく。
「あ! 秋風さん! それに、桃正院さんも」
よもぎは軽く手を振り、ゆかは水を運んできた。
「ありがとう、桃正院さん」
少し恥ずかしそうにコップの水を受け取るちゆ。
「名前で呼んで良いよ、ちゆちゃん」
「は、はい、ゆかさん」
あまりゆかと目を合わせようとしないちゆ。
仕方ないか。
さっきまで、ライバル視していた相手だもんな。
ある意味では、軽い修羅場とも言えるかもしれない。
こんな状況は生まれて初めてだ。
「とにかく、これからのことを皆んなで話し合おう。こうなってしまったからには、もう後戻りはできないんだ」
「どういう意味?」
ゆかが不思議そうに首を傾げる。
「僕らは生存競争に生き残らなくてはならない。そのために対策をする」
「生存、なに? なんかあるの?」
「あるさ、だって、君たちサキュバスには、明確な敵が存在するんだから」
「敵って、だれのこと?」
ゆかは本当に分かっていない様子だ。多分、ちゆと同じように、サキュバスとしての自覚がまだ無いのだろう。
ちゆも半信半疑だったのだ、ゆかも、自分がサキュバスだなんて、自覚はないだろう。
そうなると、天使という存在が自分を狙っていることにも気付かない。
それは仕方のないことだ。
自分が危機に陥っていることを自覚するためには、実際に危機に陥るか、身近な存在が危機に陥っているところを見るしかない。
つまり、天使によって何らかの迫害を受けなくては、本人たちも実感が持てないのだ。
だが、たとえそうだとしても、ちゆをこのままにしておくわけにはいかない。
「敵は敵だ。サキュバスにとっての天敵と言っておく」
「それが何かって聞いてるの」
ゆかは苛立っているようだ。
だが、あまり説明したくない。
「ちゆちゃんには、これからしばらく、僕と常に一緒に行動してもらう」
「ええ!」
「やったー!」
ゆかは驚き、ちゆは喜んだ。
「意味が分からないんだけど、なんで?」
ゆかが不機嫌そうだ。無理もない。
まさにずっと一緒にいるべきは、ゆかの方なのだから。
あんなにしっかり告白しておいて、ちゆを選ぶのは気がどうかしているとしか思えないだろう。
説明することはできる。
だが、天使のことを全て話すのはまだ早い気がする。
とはいえ、ちゆをこのまま放っておくのはまずい。
信用できる味方が現れるまでは、僕といた方が安全だろう。
「説明すると、ややこしいんだけど、今は、ちゆに何か危険な存在が寄り付かないように見張る必要があると思うんだ」
「お兄ちゃん、ちゆのこと守ってくれるの?」
ちゆが感動でうるうるしている。
「あぁ、微力ながら、守らせてもらうよ」
「ありがとう、お兄ちゃん、ちゅうううー」
また口を突き出すちゆ。
これはわざとやっているんだろう。
だが、その効果は抜群だ。
ゆかがブチ切れそうになっている。
納得いかないのだろう。
だが、ゆかが嫉妬してくれるのはそれはそれで嬉しい。
本来なら、ゆかと2人で買い物やデートをする予定だった。
それが、これからはちゆも付いてくるのだ。
だが、我慢してもらうしかない。
「お兄ちゃん、ちゅうしないの?」
「あとでしてあげるから、今は大人しくしてて」
「はーい、お兄ーちゃん!」
楽しそうだ。
ちゆは続ける。
「てことはさ、ちゆもこれから、この部屋で一緒に生活するってことでしょ? じゃあ、引っ越しの荷物取ってこなきゃ」
「ちょっと待って、三神さん。同棲する気なの?」
「だからそう言ってるじゃん」
「本気なの?」
「だって、お兄ちゃんが常に一緒にいろって言うんだもん。寝る時も一緒だよね」
ぎゅっと僕の左腕に抱きつくちゆ。
小ぶりな胸が腕に当たり気持ち良い。意外と胸の部分も少し膨らんでいて、気持ちいい。
また勃起しそうになってしまう。
グッと耐える。
「だったら、私もここに住む」
ゆかがとんでもないことを言い出した。
「え!?ゆか、なんで?良いの?」
「良い。私こそ、セイシくんと暮らすべき人でしょ」
「ええー、このベッドじゃ3人は寝れないよ」
「あなたは床で寝たら?」
「はぁー!やだ。ちゆはお兄ちゃんと抱き合って寝るからダメ」
「何言ってるの? 抱き合うのは、私とでしょ?」
「むぅ、じゃあ、お兄ちゃんに決めてもらおうよ」
「そうね、セイシくん、私の胸の方がいいでしょ」
「ああー!胸の話してる!!せこい!」
「あたりまえでしょ?男はみんな女の子の胸の間で眠るのが好きなんだから」
「お兄ちゃん!ちゆの胸、どうかな?可愛い?」
ちゆが僕の目の前に胸を突き出してくる。
「か、可愛いよ。良い香りがするし」
「ふふーん、お兄ちゃん、ちゆの胸の中で眠りたいでしょ?」
「そ、そうだね。嬉しいよ」
確かにちゆの胸は、ゆかのIカップに比べると小ぶりではあるが、体型を考えると、むしろ違和感なく綺麗に収まっていて可愛かった。
とはいえ、ゆかの胸があまりに魅力的過ぎる。
胸単体で考えると、ゆかの良さが優るが、ちゆの胸に抱かれて眠ることができるならそんな幸せなことは無いだろう。
2択を迫られて、どちらか決めるなど不可能だった。
ゆかは僕の回答に不服なようだ。
しかし、どうにもならない。
それに、2人とも同じ部屋にいられるなら、僕にとっても好都合ではある。
「セイシくん、どっちの胸と眠りたいの?」
「僕は、……」
困った。
今は正直それどころではない。
2人の美少女に選択を迫られるのは贅沢な悩みだし、その状況にさえ興奮してしまう。が、それよりも、ゆかのサキュバス化が心配だった。
とにかく、気をつけなくてはならない。
「僕は、2人とも魅力的だと思っているし、女の子としても大好きだ。だから、2人がベッドで眠って欲しい。僕はお客さん様に用意してあった布団を使うよ」
「「えぇー!」」
2人は大声を上げる。
「お兄ちゃん、逃げた」
「なんでセイシくんが床で寝るの?この部屋の住人なのに」
「大丈夫だよ、布団があるんだから、何の問題もないし、それより、2人でシングルベッドで眠れる?」
「だったら、ちゆはお兄ちゃんと床で寝て良いよ」
「それはダメでしょ」
ゆかが否定する。
「なんで? 良いじゃん」
「あなた、今の状況分かってる? その羽根、綺麗に折り畳める?この床の広さじゃベッドに引っかかって、動きにくいし、圧迫感あるでしょ。あなたは良くてもセイシくんが眠れないと思うんだけど」
「むぅー!でも、お兄ちゃんの上に乗れば平気」
「あなた今の自分の体重わかってる?めっちゃ重いわよ」
「あー!体重のこと言うとか最低」
「現実問題でしょ?その羽根、何キロあると思ってるのよ」
さすがに、これ以上の喧嘩は見てられない。
「2人とも、落ち着いて。今日は僕が下に寝るから、明日からは、ローテーションで、床で寝よう。そうすれば平等だし、罪悪感も抱かなくていいでしょ」
「「むぅー」」
2人ともむくれている。
こうして自分のことで喧嘩をしてくれるのは普通に考えれば嬉しいのだが、2人がサキュバスであることを考えると、なかなか素直に喜べない。
僕は2人と同棲したとして、本当に無事でいられるのだろうか?
「あのさー、私、もう帰って良い?」
ずっと沈黙を貫いていたよもぎが遂に横槍を入れた。
僕はとっさに謝る。
「ごめんよもぎ、余計な気を遣わせて、ミルクティー飲む?」
「私はいいや、それに、私はカフェオレの方が好きだし」
「そっか、じゃあカフェオレ入れるよ」
「だから、いいって。それよりセイシ、さっき言ってた敵ってやつのことなんだけど、それ、誰のこと言ってんの?」
「あ、うん、それは……」
いつになく真剣な表情のよもぎ。
やっぱり、よもぎは天使のことについて何か知っているのではないだろうか。
まず、よもぎに確認することとしては。
「よもぎは、自分がサキュバスだっていう根拠はあるかい?」
「なんで急に? 先に質問に答えなよ、そしたら答えるから」
僕は悩む。どう言えばマイルドになるだろう。
「いや、ちょっと、噂で聞いたんだけど、見習いじゃなくなったサキュバスは、どこかに連れ去られるんじゃないかって」
「え、こわいよお兄ちゃん」
ぎゅっと僕の腕を掴むちゆ。だが、そんなに怖がってる口調でもない。
よもぎの顔は依然として真剣だ。
「それは、本当に噂で聞いたのか?誰から?」
「廊下で生徒同士が話していたのを、たまたま聞いたんだ。サキュバスなんて本当はほとんど居ないんじゃないかって」
これは事実だが、丘乃小鳥の話は敢えて出さないことにした。
「そっか、でも、もしそうだとしたら、三神を仮にセイシの家で保護したとしても、学院にいる限りは、どっかのタイミングで連れて行かれるんじゃないか?」
「それは、そうなるかもしれない。だけど、遅らせることはできるんじゃないかと思って」
「で、遅らせてどうすんだよ」
「そう、だね。でも、もし万一連れ去られる時が来たら、僕が守ることができるかもしれないから」
「お兄ちゃん、ちゆ嬉しい!」
今度は本当に嬉しそうに腕に力を込めるちゆ。
「ま、いいや、セイシが守れるって思うんなら、それで良いんじゃねーの」
随分と投げやりな口調だ。
いつものよもぎと言えばよもぎなのだが、どこか引っかかる。
それが何なのか、まだ分からない。
「それで、僕の質問なんだけど」
「あぁ、私がサキュバスかどうか?」
「うん、よもぎは、どういう経緯でこの学院に?」
「私は、単にこの学院のパンフレットを見てビビッと来たから入学しただけだよ。ゆかがいたのはたまたまだし、自分がサキュバスかどうかなんて、正直どうでもいいっていうか」
「そうなんだ、じゃあ、よもぎはサキュバスじゃないかも知れないんだ」
「まぁなー」
なら、僕の思い過ごしかもしれないと思った。
確かに、よもぎも美人ではあるが、ゆかやちゆほどの甘い香りはしてこないし、サキュバスではないかもしれない。
そう思うと、少し気は楽だ。できるなら、サキュバス候補は少ない方がありがたい。
かといって、よもぎとセックスをしても大丈夫かというと確信は持てないが。
「あれ?よもぎちゃん、入学式の日に、私はサキュバスだって、言ってなかったっけ?」
ゆかが不思議そうに口にした。
僕はその発言に驚く。
「はー?言ってないだろ?聞き間違いじゃね?」
「ぜったい言った。私、覚えてるもん。場所も時間も、他に誰が近くにいたかも正確に言えるよ」
「ほんとかよ。だとしても、言ってない」
「よもぎちゃん記憶力ないよね。よく入学できたよね、ここ一般入試だとまぁまぁ難しいよ」
「記憶力あるわ!ないってなんだよ。それに、難しいって言っても頑張ったら入れるわ」
「うそー、よもぎにはムリじゃない?」
「ケンカ売ってる?ゆか」
「売ってないよ、本気でそう思うから聞いてんの」
「なおイヤだわ」
「ふーん、まー、別によもぎちゃんが覚えてないならそれで良いけど、言ったのは事実だからね」
「ハイハイ、わかりましたよー」
なるほど、という事は、ゆかの記憶では、よもぎは見習いサキュバスであることをゆかに言っているわけだ。
今のこの状況下を考えると、あまりサキュバスだと言いたくないのかもしれない。
よもぎは僕と会ってすぐ僕に手コキをしてきたから、過剰な性欲という意味で、サキュバス候補ではある。
いくら強気で性欲が異常だとしても、普通の女の子にあんな大胆なことができるとは思えない。
やはり、よもぎはサキュバスだ。
ただ、一応、もう一つの可能性を考えておく。
一応これは、当たっていれば、かなり危険な状況になってしまうのだが……
それは、よもぎがサキュバスでも人間でもなく、天使である可能性だ。
なぜ、そんな疑問を持ったかについてだが、よもぎは、初めから丘乃小鳥のことを知っていて、尚且つ、あまり話題にしたがらない素振りをしたからだ。
丘乃小鳥が天使であることを、よもぎは知っている。
もしその仮定をしてよもぎの立場を考えた時、よもぎも悪魔を討伐する側になるということだ。
しかし、おそらくよもぎは、その立場に対してあまり納得していない。
その理由が、幼い時代のゆかとの関係性だ。
小学生時代にはまだ、ゆかもよもぎも悪魔と天使について何も知らなかったとしたら、友達になってしまった後で敵同士になるのはキツいはずだ。
ゆかへサキュバスだと嘘をついて仲良くなっておき、今の状況では、人間だということにしてお茶を濁す。
よもぎが何を考えているのかは分からないが、一応可能性として頭に入れておいてもいいだろう。
本当は2人とも人間だったらいいのだが、これだけ性欲に正直なのはちょっと不自然だ。
サキュバス、もしくは天使。
この2択で今は考えておこうと思った。
「ありがとうよもぎ、一応、何かあれば教えてくれると助かる。ゆかのことは気にしないで」
「そうさせてもらうよ。じゃあ、私は邪魔みたいだから自分の部屋に帰るわ」
「もうちょっといても良いのに」
ゆかが呼び止める。
「ここにいたって、口論に巻き込まれるだけだしなぁ。また明日なー」
よもぎはそのまま部屋を出てしまった。
彼女が居なくなって、少し不安そうな顔になるゆか。
逆にちゆのテンションが上がる。
「ふふーん、ゆかちゃん!心強い味方が居なくなって寂しいんじゃない?」
「……」
「秋風さんがいると強気になれるって、そんなにあの人が好きなんだ、あの人と付き合えばいいのに」
「よもぎのことは好きだけど、そう言うんじゃないから」
恥ずかしそうに言うゆか。確かに、ゆかとよもぎは親友以上の関係に見える。だが、特にそういう関係を求めてはないのだろうと思った。
「まー、なんでもいいけどね、で、今日はお兄ちゃん私と寝るの?」
「いや、僕は床で寝るから、2人でベッドを使って。予備はあるけど、しっかりした新しい布団も買おうと思う」
「セイシくん、結局、敵ってほんとにいるの?」
「あぁ、それは間違いない」
「間違いないってことは、確信があるっていうことだよね?それって、私達には言えないこと?」
ゆかはいつも確信を突いてくる。いや、曖昧なままにしておくのが耐えられない性分なのだろう。
こうなると、ゆかには隠し通せるとは思えない。
一応、カマをかけてみる。
「ゆかは、天使って聞いたら、怖いと思うよね」
「なんで?」
「だって、サキュバスだからさ」
「サキュバスだと、天使が怖いの?」
「うん、サキュバスって、淫魔だから、天使のことは怖いんじゃないかって思うんだ」
「へぇー、じゃあ、敵ってのは、天使のことだったんだ」
まずい、正直に言い過ぎた。
「仮にだよ仮。僕も、サキュバスが何なのかまだ充分に分かってないからさ」
「学院に天使がいるってこと?どこ情報?まさか、丘乃さんと何か話したの?」
矢継ぎ早だが、これではすぐ勘付かれる。
ゆかは自分で言いながら納得した。
「へぇー、分かった。丘乃さん、本当の天使で、天使がサキュバスを狙ってるかもしれないって、そう言いたいんだ。分かっちゃった」
ヤバい、バレた。
「なんでそうなるんだよ。知らないよそんなこと」
「昼間に言ってたじゃん、丘乃さん天使かもって。それで、本当に天使だったんでしょ?」
これは観念しよう。
「分かったよ、確かに丘乃さんが天使だって思って、声を掛けてみたことは認める」
「正直でよろしい」
「それで、僕はちゆちゃんとゆかが心配なんだ。もし、何かあったらと思うと」
「なるほどねー、それで同棲なんだ。納得しちゃった」
何故か勝ち誇ったようなゆか。
ちゆが今度は不安な表情だった。
「じゃあ、お兄ちゃん、ほんとはちゆと一緒に住みたくないってこと?」
「違うよちゆちゃん、誤解だ」
「だって、ちゆの羽根がバーって出たから、一緒に住もうって言ったんでしょ」
「きっかけは、この羽根だけど、僕はちゆちゃんを守りたいんだ。それくらい君のことが大切だと思ってる。だから、住みたくないなんてことは無いよ」
「ほんと?でも、さっきはちゆのこと遠ざけようとしてたよね」
「それもちゆちゃんが大切だからだよ。分かってほしい」
「ちゆのこと愛してる?」
「愛してるさ」
「ほんとにほんとに愛してる?」
「ほんとにほんとに、愛してる」
「じゃあ、ちゅううう」
ちゆが再び目を閉じて唇を突き出してきた。
僕は意を決して、ちゆにキスをしようとしたが、顔を近づけようとしたら、グッと頭と頬を掴まれ、気がつけばゆかとキスをしていた。
「んんー、んちゅ、ちゅっ」
ゆかの柔らかい唇が僕の口を吸う。
温かい吐息を感じ、頭の中が溶けそうな気分だった。
「あー!ちゆのちゅうが!」
横でちゆが怒った。
そりゃそうだ。キスを横取りされたのだから。
考えてみれば、ゆかが見ている横でちゆとキスするのはまずかった。
僕は口を離し、並んでむっとした2人の美少女の顔を同時に見た。
人形の様に綺麗なゆかの顔と、愛嬌のある愛らしいちゆの顔。
こんなに可愛い2人なら、僕はどうなっても良いと思えるほどだった。
また勃起している。
このまま2人を押し倒したらどうなるんだろうと考える。
もしゆかもサキュバス化して、ちゆも本気で襲ってきたとしたら。
いや、それはダメだ。
可能性が残っている限り、ゆかを見習いのままにしておきたい。
それに、ちゆに関しては、今セックスをすると精気を持っていかれる可能性もある。
2人とはできない。
それはそれで、苦しいのだが。
「2人とも落ち着いて。今はこんなことをしている場合じゃないんだ。そうだ、お腹空かない?何かご飯を作るよ」
2人は不服そうな顔をしていたが、実際お腹は空いていた様で、同意してくれた。
さて、これから3人で生活することになるのだが、僕は果たして耐えることができるのか。
正直なところ自信はない。
もしもの時の、最悪のシナリオも考えつつ、悶々としたまま、台所でパスタを茹で始めた。
「ねー、大きいワカメかと思った」
よもぎとゆかが、床と壁に広がる悪魔の羽根に対して思ったことを口走る。
「そうだね、地獄のワカメって感じだね」
僕は彼女たちの発想に感心した。そう言われると、確かにそんな風に見えてくる。
悩みはしたが、このまま放置していてはちゆが心配なので、学院の医務室に常駐しているお医者さんに診てもらうことにした。さすがサキュバスのお嬢様学院。状況を説明するとすぐ理解して駆けつけてくれた。
僕は気持ち良さそうに眠っている三神知由を見ながら、どうすればこの子を救えるのかを考えた。
もしサキュバスの村みたいな場所があるとしたら、そういう場所にちゆを連れて行きたいが、どちらにせよ人間を襲うのであればこの問題は解決はしない。
もし、サキュバス化する前の状態で普通の生活を維持できるのであれば、その方法を知りたいと思った。
一応、天使である丘乃小鳥の警告を参考にするならば、サキュバスの卵のままで、羽化しなければ討伐対象にはならないようだ。
つまり、見習いのままで、なんとか天寿を全うして貰いたいというのが僕の本音だ。
あとは、彼女たちが、精子を身体に取り込まなかった場合に起こるデメリットが何かが分かれば良いのだが。
「セイシくん」
お医者さんが帰ってすぐ、部屋の端で眺めていたゆかが僕に声を掛ける。
「なに?」
「三神さん、大丈夫そう?」
「うーん、どうなんだろう。天井に派手にぶつかってたからね。でもさっき、医務室のお医者さんからは、外傷はないし、呼吸は安定してるから大丈夫だって言われたよ」
「そうなんだ。びっくりした顔してた?医務室の人」
「意外とそうでもなかったよ」
「うそー、こんなにワカメなのに?」
「まぁね」
「何でだろう」
「この学院だと、サキュバス自体が珍しくないからね。冷静だったよ。羽根が生えることを、覚醒したって言ってたよ」
「羽化することを、覚醒って呼んでるんだ」
「そうらしいね」
「人から羽根が生えるなんて、おとぎ話の中だけだと思ってたのに」
「僕もだよ。学院には、あとどれくらい成体のサキュバスがいるのかな」
「そんなにいないと思う」
「なぜそう思うの?」
「見たことないもん」
「偶然じゃない?」
「だって、本当に見たことないから」
「そっか。だとしたら、まずいかもね」
「なんで?」
「医務室の人を呼んでしまったから」
「どういう意味?」
「成体のサキュバスがいないという事は、成体のサキュバスには、別の場所が用意されている。そう考えるのが自然だと思わない?」
「別の場所に?どう思う?よもぎちゃん」
ずっと黙って後ろで壁にもたれて座るよもぎに声を掛けるゆか。
よもぎは面倒そうに答える。
「さぁね。サキュバスがどんな生活してるかなんて、私は興味ないし」
「もうっ、これだからよもぎは!」
むくれるゆか。
たしかによもぎは、あまりサキュバス自体に関心がないように見える。
ただ、今日、ちゆに対して、僕との関係を聞いていたそうだから、何か情報を掴んでいる可能性は充分にある。
それが、果たしてよもぎ自身のためなのか、親友のゆかのためなのか、もしくは、対人間のための対策なのかは分からない。
よもぎは、何か僕らには知り得ない情報を持っている気がする。
あまり友達のことを探るのは良くない気はするが、ちゆが覚醒した以上は、僕が彼女の代わりに周囲を警戒するしかない。
命に関わるからこそ医務室の人を呼ぶしかなかった。
だが、それによってどこかに情報が行き、ちゆが、或いは、処分される可能性は考えられる。
僕はちゆを、守らなくてはならない。
「ん、お兄ちゃん、いるの?」
ちゆが起きた。
彼女の可愛い右手を掴む。
「あぁ、ここに居るよ、ちゆ、具合はどうだい?」
「うん、気分は良いよ。でも身体がすごく重い。どうなってるのかな」
「ちゆ、君は羽化したんだ。成体のサキュバスになった」
「サキュバス? ほんとに?」
「本当だよ。お医者さんが言ってたから」
「そっかー、ちゆって、サキュバスだったんだ」
「自覚は無かったのか?」
「うん、冗談だと思ってた」
「そうなんだ。あんなにサキュバスサキュバスって言ってるから、てっきり何か確信があるのかと思ってた」
「水とか、何か食べたいものがあったら、何でも言ってくれよ」
「えー、どうしよっかなー、じゃあ、お兄ちゃんのチュウとか? んむぅー」
ちゆが目を閉じ、口を突き出そうとして、周りに人がいることに気づく。
「あ! 秋風さん! それに、桃正院さんも」
よもぎは軽く手を振り、ゆかは水を運んできた。
「ありがとう、桃正院さん」
少し恥ずかしそうにコップの水を受け取るちゆ。
「名前で呼んで良いよ、ちゆちゃん」
「は、はい、ゆかさん」
あまりゆかと目を合わせようとしないちゆ。
仕方ないか。
さっきまで、ライバル視していた相手だもんな。
ある意味では、軽い修羅場とも言えるかもしれない。
こんな状況は生まれて初めてだ。
「とにかく、これからのことを皆んなで話し合おう。こうなってしまったからには、もう後戻りはできないんだ」
「どういう意味?」
ゆかが不思議そうに首を傾げる。
「僕らは生存競争に生き残らなくてはならない。そのために対策をする」
「生存、なに? なんかあるの?」
「あるさ、だって、君たちサキュバスには、明確な敵が存在するんだから」
「敵って、だれのこと?」
ゆかは本当に分かっていない様子だ。多分、ちゆと同じように、サキュバスとしての自覚がまだ無いのだろう。
ちゆも半信半疑だったのだ、ゆかも、自分がサキュバスだなんて、自覚はないだろう。
そうなると、天使という存在が自分を狙っていることにも気付かない。
それは仕方のないことだ。
自分が危機に陥っていることを自覚するためには、実際に危機に陥るか、身近な存在が危機に陥っているところを見るしかない。
つまり、天使によって何らかの迫害を受けなくては、本人たちも実感が持てないのだ。
だが、たとえそうだとしても、ちゆをこのままにしておくわけにはいかない。
「敵は敵だ。サキュバスにとっての天敵と言っておく」
「それが何かって聞いてるの」
ゆかは苛立っているようだ。
だが、あまり説明したくない。
「ちゆちゃんには、これからしばらく、僕と常に一緒に行動してもらう」
「ええ!」
「やったー!」
ゆかは驚き、ちゆは喜んだ。
「意味が分からないんだけど、なんで?」
ゆかが不機嫌そうだ。無理もない。
まさにずっと一緒にいるべきは、ゆかの方なのだから。
あんなにしっかり告白しておいて、ちゆを選ぶのは気がどうかしているとしか思えないだろう。
説明することはできる。
だが、天使のことを全て話すのはまだ早い気がする。
とはいえ、ちゆをこのまま放っておくのはまずい。
信用できる味方が現れるまでは、僕といた方が安全だろう。
「説明すると、ややこしいんだけど、今は、ちゆに何か危険な存在が寄り付かないように見張る必要があると思うんだ」
「お兄ちゃん、ちゆのこと守ってくれるの?」
ちゆが感動でうるうるしている。
「あぁ、微力ながら、守らせてもらうよ」
「ありがとう、お兄ちゃん、ちゅうううー」
また口を突き出すちゆ。
これはわざとやっているんだろう。
だが、その効果は抜群だ。
ゆかがブチ切れそうになっている。
納得いかないのだろう。
だが、ゆかが嫉妬してくれるのはそれはそれで嬉しい。
本来なら、ゆかと2人で買い物やデートをする予定だった。
それが、これからはちゆも付いてくるのだ。
だが、我慢してもらうしかない。
「お兄ちゃん、ちゅうしないの?」
「あとでしてあげるから、今は大人しくしてて」
「はーい、お兄ーちゃん!」
楽しそうだ。
ちゆは続ける。
「てことはさ、ちゆもこれから、この部屋で一緒に生活するってことでしょ? じゃあ、引っ越しの荷物取ってこなきゃ」
「ちょっと待って、三神さん。同棲する気なの?」
「だからそう言ってるじゃん」
「本気なの?」
「だって、お兄ちゃんが常に一緒にいろって言うんだもん。寝る時も一緒だよね」
ぎゅっと僕の左腕に抱きつくちゆ。
小ぶりな胸が腕に当たり気持ち良い。意外と胸の部分も少し膨らんでいて、気持ちいい。
また勃起しそうになってしまう。
グッと耐える。
「だったら、私もここに住む」
ゆかがとんでもないことを言い出した。
「え!?ゆか、なんで?良いの?」
「良い。私こそ、セイシくんと暮らすべき人でしょ」
「ええー、このベッドじゃ3人は寝れないよ」
「あなたは床で寝たら?」
「はぁー!やだ。ちゆはお兄ちゃんと抱き合って寝るからダメ」
「何言ってるの? 抱き合うのは、私とでしょ?」
「むぅ、じゃあ、お兄ちゃんに決めてもらおうよ」
「そうね、セイシくん、私の胸の方がいいでしょ」
「ああー!胸の話してる!!せこい!」
「あたりまえでしょ?男はみんな女の子の胸の間で眠るのが好きなんだから」
「お兄ちゃん!ちゆの胸、どうかな?可愛い?」
ちゆが僕の目の前に胸を突き出してくる。
「か、可愛いよ。良い香りがするし」
「ふふーん、お兄ちゃん、ちゆの胸の中で眠りたいでしょ?」
「そ、そうだね。嬉しいよ」
確かにちゆの胸は、ゆかのIカップに比べると小ぶりではあるが、体型を考えると、むしろ違和感なく綺麗に収まっていて可愛かった。
とはいえ、ゆかの胸があまりに魅力的過ぎる。
胸単体で考えると、ゆかの良さが優るが、ちゆの胸に抱かれて眠ることができるならそんな幸せなことは無いだろう。
2択を迫られて、どちらか決めるなど不可能だった。
ゆかは僕の回答に不服なようだ。
しかし、どうにもならない。
それに、2人とも同じ部屋にいられるなら、僕にとっても好都合ではある。
「セイシくん、どっちの胸と眠りたいの?」
「僕は、……」
困った。
今は正直それどころではない。
2人の美少女に選択を迫られるのは贅沢な悩みだし、その状況にさえ興奮してしまう。が、それよりも、ゆかのサキュバス化が心配だった。
とにかく、気をつけなくてはならない。
「僕は、2人とも魅力的だと思っているし、女の子としても大好きだ。だから、2人がベッドで眠って欲しい。僕はお客さん様に用意してあった布団を使うよ」
「「えぇー!」」
2人は大声を上げる。
「お兄ちゃん、逃げた」
「なんでセイシくんが床で寝るの?この部屋の住人なのに」
「大丈夫だよ、布団があるんだから、何の問題もないし、それより、2人でシングルベッドで眠れる?」
「だったら、ちゆはお兄ちゃんと床で寝て良いよ」
「それはダメでしょ」
ゆかが否定する。
「なんで? 良いじゃん」
「あなた、今の状況分かってる? その羽根、綺麗に折り畳める?この床の広さじゃベッドに引っかかって、動きにくいし、圧迫感あるでしょ。あなたは良くてもセイシくんが眠れないと思うんだけど」
「むぅー!でも、お兄ちゃんの上に乗れば平気」
「あなた今の自分の体重わかってる?めっちゃ重いわよ」
「あー!体重のこと言うとか最低」
「現実問題でしょ?その羽根、何キロあると思ってるのよ」
さすがに、これ以上の喧嘩は見てられない。
「2人とも、落ち着いて。今日は僕が下に寝るから、明日からは、ローテーションで、床で寝よう。そうすれば平等だし、罪悪感も抱かなくていいでしょ」
「「むぅー」」
2人ともむくれている。
こうして自分のことで喧嘩をしてくれるのは普通に考えれば嬉しいのだが、2人がサキュバスであることを考えると、なかなか素直に喜べない。
僕は2人と同棲したとして、本当に無事でいられるのだろうか?
「あのさー、私、もう帰って良い?」
ずっと沈黙を貫いていたよもぎが遂に横槍を入れた。
僕はとっさに謝る。
「ごめんよもぎ、余計な気を遣わせて、ミルクティー飲む?」
「私はいいや、それに、私はカフェオレの方が好きだし」
「そっか、じゃあカフェオレ入れるよ」
「だから、いいって。それよりセイシ、さっき言ってた敵ってやつのことなんだけど、それ、誰のこと言ってんの?」
「あ、うん、それは……」
いつになく真剣な表情のよもぎ。
やっぱり、よもぎは天使のことについて何か知っているのではないだろうか。
まず、よもぎに確認することとしては。
「よもぎは、自分がサキュバスだっていう根拠はあるかい?」
「なんで急に? 先に質問に答えなよ、そしたら答えるから」
僕は悩む。どう言えばマイルドになるだろう。
「いや、ちょっと、噂で聞いたんだけど、見習いじゃなくなったサキュバスは、どこかに連れ去られるんじゃないかって」
「え、こわいよお兄ちゃん」
ぎゅっと僕の腕を掴むちゆ。だが、そんなに怖がってる口調でもない。
よもぎの顔は依然として真剣だ。
「それは、本当に噂で聞いたのか?誰から?」
「廊下で生徒同士が話していたのを、たまたま聞いたんだ。サキュバスなんて本当はほとんど居ないんじゃないかって」
これは事実だが、丘乃小鳥の話は敢えて出さないことにした。
「そっか、でも、もしそうだとしたら、三神を仮にセイシの家で保護したとしても、学院にいる限りは、どっかのタイミングで連れて行かれるんじゃないか?」
「それは、そうなるかもしれない。だけど、遅らせることはできるんじゃないかと思って」
「で、遅らせてどうすんだよ」
「そう、だね。でも、もし万一連れ去られる時が来たら、僕が守ることができるかもしれないから」
「お兄ちゃん、ちゆ嬉しい!」
今度は本当に嬉しそうに腕に力を込めるちゆ。
「ま、いいや、セイシが守れるって思うんなら、それで良いんじゃねーの」
随分と投げやりな口調だ。
いつものよもぎと言えばよもぎなのだが、どこか引っかかる。
それが何なのか、まだ分からない。
「それで、僕の質問なんだけど」
「あぁ、私がサキュバスかどうか?」
「うん、よもぎは、どういう経緯でこの学院に?」
「私は、単にこの学院のパンフレットを見てビビッと来たから入学しただけだよ。ゆかがいたのはたまたまだし、自分がサキュバスかどうかなんて、正直どうでもいいっていうか」
「そうなんだ、じゃあ、よもぎはサキュバスじゃないかも知れないんだ」
「まぁなー」
なら、僕の思い過ごしかもしれないと思った。
確かに、よもぎも美人ではあるが、ゆかやちゆほどの甘い香りはしてこないし、サキュバスではないかもしれない。
そう思うと、少し気は楽だ。できるなら、サキュバス候補は少ない方がありがたい。
かといって、よもぎとセックスをしても大丈夫かというと確信は持てないが。
「あれ?よもぎちゃん、入学式の日に、私はサキュバスだって、言ってなかったっけ?」
ゆかが不思議そうに口にした。
僕はその発言に驚く。
「はー?言ってないだろ?聞き間違いじゃね?」
「ぜったい言った。私、覚えてるもん。場所も時間も、他に誰が近くにいたかも正確に言えるよ」
「ほんとかよ。だとしても、言ってない」
「よもぎちゃん記憶力ないよね。よく入学できたよね、ここ一般入試だとまぁまぁ難しいよ」
「記憶力あるわ!ないってなんだよ。それに、難しいって言っても頑張ったら入れるわ」
「うそー、よもぎにはムリじゃない?」
「ケンカ売ってる?ゆか」
「売ってないよ、本気でそう思うから聞いてんの」
「なおイヤだわ」
「ふーん、まー、別によもぎちゃんが覚えてないならそれで良いけど、言ったのは事実だからね」
「ハイハイ、わかりましたよー」
なるほど、という事は、ゆかの記憶では、よもぎは見習いサキュバスであることをゆかに言っているわけだ。
今のこの状況下を考えると、あまりサキュバスだと言いたくないのかもしれない。
よもぎは僕と会ってすぐ僕に手コキをしてきたから、過剰な性欲という意味で、サキュバス候補ではある。
いくら強気で性欲が異常だとしても、普通の女の子にあんな大胆なことができるとは思えない。
やはり、よもぎはサキュバスだ。
ただ、一応、もう一つの可能性を考えておく。
一応これは、当たっていれば、かなり危険な状況になってしまうのだが……
それは、よもぎがサキュバスでも人間でもなく、天使である可能性だ。
なぜ、そんな疑問を持ったかについてだが、よもぎは、初めから丘乃小鳥のことを知っていて、尚且つ、あまり話題にしたがらない素振りをしたからだ。
丘乃小鳥が天使であることを、よもぎは知っている。
もしその仮定をしてよもぎの立場を考えた時、よもぎも悪魔を討伐する側になるということだ。
しかし、おそらくよもぎは、その立場に対してあまり納得していない。
その理由が、幼い時代のゆかとの関係性だ。
小学生時代にはまだ、ゆかもよもぎも悪魔と天使について何も知らなかったとしたら、友達になってしまった後で敵同士になるのはキツいはずだ。
ゆかへサキュバスだと嘘をついて仲良くなっておき、今の状況では、人間だということにしてお茶を濁す。
よもぎが何を考えているのかは分からないが、一応可能性として頭に入れておいてもいいだろう。
本当は2人とも人間だったらいいのだが、これだけ性欲に正直なのはちょっと不自然だ。
サキュバス、もしくは天使。
この2択で今は考えておこうと思った。
「ありがとうよもぎ、一応、何かあれば教えてくれると助かる。ゆかのことは気にしないで」
「そうさせてもらうよ。じゃあ、私は邪魔みたいだから自分の部屋に帰るわ」
「もうちょっといても良いのに」
ゆかが呼び止める。
「ここにいたって、口論に巻き込まれるだけだしなぁ。また明日なー」
よもぎはそのまま部屋を出てしまった。
彼女が居なくなって、少し不安そうな顔になるゆか。
逆にちゆのテンションが上がる。
「ふふーん、ゆかちゃん!心強い味方が居なくなって寂しいんじゃない?」
「……」
「秋風さんがいると強気になれるって、そんなにあの人が好きなんだ、あの人と付き合えばいいのに」
「よもぎのことは好きだけど、そう言うんじゃないから」
恥ずかしそうに言うゆか。確かに、ゆかとよもぎは親友以上の関係に見える。だが、特にそういう関係を求めてはないのだろうと思った。
「まー、なんでもいいけどね、で、今日はお兄ちゃん私と寝るの?」
「いや、僕は床で寝るから、2人でベッドを使って。予備はあるけど、しっかりした新しい布団も買おうと思う」
「セイシくん、結局、敵ってほんとにいるの?」
「あぁ、それは間違いない」
「間違いないってことは、確信があるっていうことだよね?それって、私達には言えないこと?」
ゆかはいつも確信を突いてくる。いや、曖昧なままにしておくのが耐えられない性分なのだろう。
こうなると、ゆかには隠し通せるとは思えない。
一応、カマをかけてみる。
「ゆかは、天使って聞いたら、怖いと思うよね」
「なんで?」
「だって、サキュバスだからさ」
「サキュバスだと、天使が怖いの?」
「うん、サキュバスって、淫魔だから、天使のことは怖いんじゃないかって思うんだ」
「へぇー、じゃあ、敵ってのは、天使のことだったんだ」
まずい、正直に言い過ぎた。
「仮にだよ仮。僕も、サキュバスが何なのかまだ充分に分かってないからさ」
「学院に天使がいるってこと?どこ情報?まさか、丘乃さんと何か話したの?」
矢継ぎ早だが、これではすぐ勘付かれる。
ゆかは自分で言いながら納得した。
「へぇー、分かった。丘乃さん、本当の天使で、天使がサキュバスを狙ってるかもしれないって、そう言いたいんだ。分かっちゃった」
ヤバい、バレた。
「なんでそうなるんだよ。知らないよそんなこと」
「昼間に言ってたじゃん、丘乃さん天使かもって。それで、本当に天使だったんでしょ?」
これは観念しよう。
「分かったよ、確かに丘乃さんが天使だって思って、声を掛けてみたことは認める」
「正直でよろしい」
「それで、僕はちゆちゃんとゆかが心配なんだ。もし、何かあったらと思うと」
「なるほどねー、それで同棲なんだ。納得しちゃった」
何故か勝ち誇ったようなゆか。
ちゆが今度は不安な表情だった。
「じゃあ、お兄ちゃん、ほんとはちゆと一緒に住みたくないってこと?」
「違うよちゆちゃん、誤解だ」
「だって、ちゆの羽根がバーって出たから、一緒に住もうって言ったんでしょ」
「きっかけは、この羽根だけど、僕はちゆちゃんを守りたいんだ。それくらい君のことが大切だと思ってる。だから、住みたくないなんてことは無いよ」
「ほんと?でも、さっきはちゆのこと遠ざけようとしてたよね」
「それもちゆちゃんが大切だからだよ。分かってほしい」
「ちゆのこと愛してる?」
「愛してるさ」
「ほんとにほんとに愛してる?」
「ほんとにほんとに、愛してる」
「じゃあ、ちゅううう」
ちゆが再び目を閉じて唇を突き出してきた。
僕は意を決して、ちゆにキスをしようとしたが、顔を近づけようとしたら、グッと頭と頬を掴まれ、気がつけばゆかとキスをしていた。
「んんー、んちゅ、ちゅっ」
ゆかの柔らかい唇が僕の口を吸う。
温かい吐息を感じ、頭の中が溶けそうな気分だった。
「あー!ちゆのちゅうが!」
横でちゆが怒った。
そりゃそうだ。キスを横取りされたのだから。
考えてみれば、ゆかが見ている横でちゆとキスするのはまずかった。
僕は口を離し、並んでむっとした2人の美少女の顔を同時に見た。
人形の様に綺麗なゆかの顔と、愛嬌のある愛らしいちゆの顔。
こんなに可愛い2人なら、僕はどうなっても良いと思えるほどだった。
また勃起している。
このまま2人を押し倒したらどうなるんだろうと考える。
もしゆかもサキュバス化して、ちゆも本気で襲ってきたとしたら。
いや、それはダメだ。
可能性が残っている限り、ゆかを見習いのままにしておきたい。
それに、ちゆに関しては、今セックスをすると精気を持っていかれる可能性もある。
2人とはできない。
それはそれで、苦しいのだが。
「2人とも落ち着いて。今はこんなことをしている場合じゃないんだ。そうだ、お腹空かない?何かご飯を作るよ」
2人は不服そうな顔をしていたが、実際お腹は空いていた様で、同意してくれた。
さて、これから3人で生活することになるのだが、僕は果たして耐えることができるのか。
正直なところ自信はない。
もしもの時の、最悪のシナリオも考えつつ、悶々としたまま、台所でパスタを茹で始めた。
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