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試食をしてみる (※)主人公外の暴力、強要描写あり

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「イソスーヤ、愛してる、お嫁さんになってくれ」
「……うわ、それか」

 こちらをしっかりと補足して言ってくるイタチの言葉に、思わずぼやきが漏れてしまった。
 言葉が通じない時に、さんざん繰り返されていた言葉が「愛してる」だとか、知りたくなかった。
 意味がわからないままだった方が、精神衛生上よかった気がする。

 今も自分が話しているのは日本語で、聞こえてくるのは同時吹き替えのような二重音声だ。
 イタチが話している聞き取れない本来の言葉に重なって、日本語の言葉が同時翻訳で聞こえるという気味の悪い仕様になっている。
 吹き替えられているイタチの声は男の声だが、話し方は子供っぽい。
 って、誰がどこで吹き替えしているんだ。

「嫁にはならない、帰してくれ」
「申し訳ないのですが、それはできかねます」

 イヌの言葉にまあ、当たり前の反応だよな、とため息をついたら、イタチがベッドに乗ってくる。
 体重でベッドが軋んで全身の痛みを思い出す。

「なぜだイソスーヤ、愛してる、イソスーヤは僕のもので僕はイソスーヤのものだ。
 死ぬまで、いや、死んでも離れない!」

 イタチの表情が分からないので、どこまで本気なのか。
 もしもこれが本気だとすれば、断った時点で殺されそうだ。

 諦めさせるために、自分の意思でここにいたくないのではなく、いられないのだとアピールすることにする。
 嫌いだから嫁にならない、よりも納得しやすく、かつここにいると死んでしまうとなれば、さすがに解放してもらえる、よな?

「死んだ後くらい埋葬してほしいが、それなら仕方ない。
 どうせすぐ死ぬだろうしな」
「え、なぜだ、病気なのか!?」

 このままここにいても、飢え死にほぼ確定の生活だ。
 ほとんど諦めて自棄になっていることと、言葉が通じるようになったことで、これまでの鬱屈が一気にあふれだしてしまった。

「このままでは病気になる前に死ぬ。
 出される食べ物は食べられない、服がない生活はしたくないっ、雄に一方的に犯されて喜ぶ趣味はないっ!
 もっと言ってやった方がいいのか!」
「え……」

 イタチ殿下はそんなこと考えもしなかった、と今にもいいそうな様子で目を瞬いて止まった。
 今だって全身が痛くてたまらないのに、言葉にするうちに興奮して怒鳴ったせいで、さらに痛みが増した気がする。
 これで怒り狂ったイタチに殺されて終わるかも、と思ったのは甘かったらしい。
 イタチは動物そのものの外見であるのに、こちらが怒鳴り散らしたことで動揺はしても、怒りはしなかった。

「イソスーヤ……愛してるんだ」
「やめてくれ、死体を娶る気なら諦めるが、そうでないのなら帰りたい」
「……ご意思を神殿に伝えます」

 一切の譲歩はしたくないと言い切ると、イヌは呆然とした雰囲気のイタチを引きずるように部屋を出ていってくれた。
 さっきまで寝ていたのにひどく疲れた。
 体が飢えているせいだろうか、目を覚ましているのがだるい。
 目を閉じてまどろみに身をまかせると、すぐに世界がぼんやりとかすみ始めた。


  ◆


 水音が聞こえる。
 何かをパンパンと音を立てながら叩く音と、苦痛に呻く声。

「うぐっ、いたっ、やめ、てくれっ」
「やめろ?きつく締めつけて離さないのはお前だろうが、おら!」
「そんなの違っ、違う、あ、ぁああ"あぁっ」
「ケツ掘られながらぶったたかれて潮吹くとか変態すぎだろ、そうだ、お前の息子にも見せてやらないとなっ」
「だっだめだ、あの子は巻きこまないでくれ、修也は関係ないっ」
「へぇそうかい、それならもっとひいひいよがっておねだりしろよ!」
「いだっ、は、はいっ、叩かれるの、が、きもちいいです、お願い、もっとくださいっ」
「この変態が、お望み通りもっと叩いてやる、よがれよがれ!」
「ひい"っ、あ、やぁ、いだいっっ、こわれるっっ」
「壊れちまえよ、この変態淫乱野郎!」
「ひあああああ"あ"っっっ……っ」
「テメェ気絶すんな!こっちはまだ終わってねぇんだよ!」
「……っぐぁ、ごべんっ、なざ、いっ、ひぁ、ひぃっ」

 なんだ、これ。
 物心ついた頃から母はいなくて、父は仕事一辺倒で構ってくれなかった。
 父が家にいるときは、なぜか父の上司も家にいることが多くて、自室として与えられた部屋を出るとひどく叱られた。
 だから、こんな光景は知らないはずなのに。

 父親が上司、いや、勤めていた会社社長の同性の愛人だったと知ったのは、数年前に父が亡くなったときだ。

 中学から県外の全寮制の学校に入れられて、そのまま他県で就職して十余年、唯一の肉親だった父が死んで相続の話が出たことで、父が上司だった社長から私的に金を受け取っていたことを知った。
 問い合わせた先で、あさましい!と悪し様に罵られた。

 件の社長は父よりも数年前に病気で早逝していたが、個人的な関係があるなど考えたこともなかった。
 休みの日に家に来るのも、プライベートな友人だからとしか思っていなかった。

 同性の愛人であり部下でもあった父は、社長に逆らえなかったのかもしれないが、社長が死んだ後であれば教えてくれても良かったのに。
 上司と性的関係を持っていたことを隠したい、などの理由があったのかもしれないが、母の不在と何か関係があったのだろうか。
 父は母の話をしてくれなかった。
 自分がこの世に生まれているのだから、父は同性愛者ではなく、何か弱みを握られていた、とか?

 ずっと長い間、思い違いをしていたのかもしれない。
 結果として育児放棄という形になっていたけれど、父は自分を守ってくれていたのか?
 今となってはわからない。
 ただ、思い出したこの記憶が本当にあったことなら、自分は思い違いをしたまま生きてきたのか、と悲しくなった。

 愛されたことがないから、愛することなんてできないと思っていた。
 愛されていたのなら、愛せるようになるだろうか?
 愛しかたなんて知らないのに。

 
  ◆

 
 目がさめるとすぐに部屋にやってきたシカが「ご無事で何よりでした」と泣きそうな女性の声で言ったことに、びっくり仰天した。
 まさかの雌!?
 言葉が出ずにいたら、そのタイミングで入ってきたイタチに飛びつかれ、抱きしめられた痛みで叫ぶとシカが声をあげた。

「ギルクロプトル殿下!」
「ルルクル、なんだ?」
「殿下の不手際で、今現在も御伴侶様は苦しんでおられるのですよ、早々に解決して来られてはいかがですか?」
「……う、うん」

 イタチを消沈させて追い出したシカ、いやシカさんの手際の鮮やかさに、惚れ惚れとしてしまった。
 ルルクルさんという名を覚えておく。

「御伴侶様、イソスーヤ様とお名前を伺っておりますが、妃殿下候補でもございますので、そのように呼ばせていただいても構いませんか?」
「妃殿下?って、え、いや、それはちょっと、困ります」
「それでは、イソスーヤ様と呼ばせていただいてよろしいでしょうか」
「ああ、はい、それで」

 本当は五十イソは苗字で、修也シュウヤが名前だと言いたいけれど、彼らの名乗りを聞くと苗字の概念がないように思えたので、説明を諦めることにした。
 不本意な呼ばれ方になるとしても、妃殿下呼びは避けないとまずい、そんな呼び方を許したら、外堀から埋めていくのを許したも同じだろう。
 殿下の奥様候補とか言われても女じゃないし、イタチの嫁になれと言われても困る。

 奥様とかそういうのを考える前に、帰れなければ近いうちに飢え死にしそうだ。
 常に空腹で、痩せてしまった体では体温が維持できないのか、一日中ずっと寒くて仕方ないが、食べられるものがない。

 イタチ殿下に食べさせられていた、パンのようなキノコは貴重品だったらしく、庶民のルルクルさんの話では、かなり無理をして持ってきていたのではないかと教えてくれた。
 キノコの話から派生して、この国?には調理という行為自体がないと判明した。
 味がなくてもいいからせめて加熱調理をしてほしい、焼いても炒めてもいいし煮るだけでもいいからと頼んだら、首を傾げられてしまった時には困った。
 さすが動物王国だ。
 一応体裁として素焼きの赤皿に乗せられているが、産地直送路地栽培?の上採りたて新鮮洗ってないなのに、調理工程がない。

 調理が存在しないのなら、農業もないのかもしれない。
 国産松茸と同じで、栽培されていないキノコは簡単に手に入らない。
 つまり、出される草と生肉が食べられない以上、飢え死に確定。

 話しているうちに、彼女なら教えてくれるかもしれないと、ルルクルさんに自分の負っている怪我の原因を訪ねてみたら、困ったように口ごもられた。

「申し訳ありません、殿下に伺ってみないことには」
「そうですか、変なことを聞いてすいません」

 ごまかして水を濁された気がする。
 とりあえずイタチに聞けばいいそうなので、次に顔を見せた時に聞いてみることにする。
 あれ、とまともに会話ができるのかは自信がない。


  ◆


 それから三日が経ち、痛みは残っているものの動けるようになった。
 たった三日で、骨が折れていたらしい腕をしっかりと固定する必要がなくなった。
 腹回りにはまだ蔦が巻かれているが、動けるようにはなった。
 また、排泄しなく、できなく?なったのは何故なのか?

 神殿から派遣されたとかいう、巨体のカバもどきの胡散臭いお祈りに、ものすごい効果があったとしか思えない。
 ずんずんと肉を揺らしながら迫ってきたカバが怖すぎて、何を言っていたかほとんど覚えていない。

 というか、イタチが来ない、愛してるとか言っておきながら放置するなよ!

 苛立ちを紛らわしつつ、リハビリのつもりでゆっくりと部屋の中を歩いてみた。
 この部屋の窓には格子が付いているので別の部屋かもしれないが、隙間から見える外の景色はほとんど変わらないので、格子をつけただけかもしれない。

 窓の外にはだだっ広い赤い大地が見える。
 真っ白に見えるほど強い日差しで照らされている大地は、空気までカラカラに乾いている。

 食べ物が合わないのは変わらないので、痩せすぎた体をうまく動かせない。
 一日のほとんどをベッド上で過ごす中で、ルルクルさんだけが暇つぶしの話し相手をしてくれる。

 彼女はイタチ殿下の乳母をしていたことがあり、現在は殿下付き侍女をしているのだという。
 それで王子相手でも強気に出られるのか、と納得した。

 イタチの母親、王妃?には放浪歴があるらしく、今現在もここにはいないという。
 ここというのがこの洞窟のような場所のことなのか、周辺地域を指しているのかは分からない。

 そして母親が必要な殿下のために、ルルクルさんが乳母をしていた。
 顔を見て会話をしても年齢がさっぱりわからないが、同年代くらいかもしれない。
 王族の乳母をしていただけあり、頭はシカだが話すと人のいい女性、いや雌だった。

 ルルクルさんにイタチ殿下の話を聞けば聞くほど、今までの印象とは違って信じられない気持ちになる。
 あの白黒間抜け顔イタチが、本当は無敵の猛将だと言われても、どんな戦い方をするのか想像がつかない。



 イタチが来なくなって五日目の朝。
 ついに腹回りの蔦が取れた。
 毎日部屋に来て祈ってくれたカバには感謝するが、鼻をハスハスさせながらベッドと同じくらいの巨体で寄ってくるのはやめてほしい。

 言葉の通じるようになったルルクルさんが協力してくれて、食べられそうな葉っぱ探しを始めた。
 寄生虫や細菌感染が怖くて生肉は食えないし、血の滴る臓物は食べ物ではなくスプラッタだ。

 自分で料理するから部屋から出してくれ、と話をしたけれど、やってきたイヌ宰相に、この部屋から出すことはできない、と言われてしまった。
 部屋の中で火を焚くのも不可能だという。
 火を焚くという概念は分かるらしいが、ここでの生活において火は身近なものではないという。
 足の綱は外してくれたのに、首輪と監禁はどうしても譲れないらしい。

 出られないのなら、出られないなりに方法はある。
 まさか食べられないとは思いもしませんでした、とルルクルさんにものすごく恐縮されたので、食べられそうなものを探すことを手伝ってほしいと頼んだ。
 このまま飢え死にするくらいなら、不味くても食べるしかない。

「こちらはいかがでしょうか?」

 葉っぱをかじると、口の中に最初期の青汁が美味しく思えるほどの、苦味とえぐみが広がる。
 しばらく待って口腔内が痛くないか、痺れないかを確認してから水で口をすすぐ。
 そして次の葉っぱを同じようにかじる。
 用意された葉は、色は若芽のようだけれど、現代人の軟弱な顎では噛みきれないものがほとんどだ。

「にがっ、こっちはシブくて舌が痛い」
「これもだめですか、幼い子供向けのものなのですが」
「そもそも(その辺に生えている)生の葉っぱを食べないから……せめて果物があれば」
「今は乾季ですので、果物は手に入らないのです」
「そうか」

 窓の格子の外に見える景色が石と土だけに見える、と思っていたので納得した。
 言われてみれば雨が降っているのを見たことがない。

 ルルクルさんが困ったようにしているけれど、その頭はシカに似た動物なので、声を聞かない限り女性だと気づくこともなかっただろう。
 女性なのに全裸!?と思ってしまったが、話を聞いてみると基本的に一般人は全裸らしい。
 まあ、動物しかいないのなら、服を着る必要がないのだろう。
 局部は毛皮で見えないし、そもそも全裸でも恥ずかしくないのだという。

 高い地位を持つ者は布を巻いて、上流階級だぞ、と目印にするらしい。
 布を用意するのも着付けるのも手間だから、という理由で。

 というわけで、王族の嫁候補ということで、全裸から少しだけ進歩して布巻き姿になった。
 下着は用意できそうにないが、大きな一枚布を体に二重に巻いて首元で縛っているだけで、安心感が違う。
 素材そのままの糸の色むらで、複雑な模様になってしまっている布は、ベッドのシーツやカーテンなどを作る手先の器用な種族が作っているという。
 寒いと訴えて、ベッドで使う毛皮も二枚に増やしてもらった。

 布を巻きつけて首元で縛っている姿を見たルルクルさんに、手を見せてくれと言われ、両手を見せたらものすごく驚かれた。
 普通は布を巻くのも落ちないように縛るのも、布を作る種族から出向している者の仕事らしい。

 器用に指を動かす種族は多くないという。
 何もかもが原始的な中で布があることに違和感を覚えていたが、そういう種族なのだと言われると納得するしかない。
 もしかして、その種族って人間もしくは原始人だったりしないよな?

 そして今まで絨毯かと思っていた足元は、そういう模様の動物の毛皮だという。
 二足歩行の一見すると動物な人たちに動物と呼ばれる、なんとか織りみたいな複雑な模様の毛皮を持つ巨大な動物……どんな生き物なのか。

 数日で起きた怒涛の変化だったが、総合してみれば良い方向へ進んだと思う。
 大怪我をしたけれど、その原因を覚えていない。
 二重音声だが、突然言葉が通じるようになった。
 神話上の登場人物のような格好になって、寒さに震える日々から脱出できた。
 少しは快適になってきたので、食べられるものを見つけて飢え死に路線から外れたい。

「あ、これなら食べれそうだ」
「まあ、そうで、っイソスーヤ様!!」

 食べられそうな葉っぱ探しは順調に進んでいき、サラダで見たことがあるような形で味も似ている葉っぱを、食べられそうだと判断をしたら、こちらを見て慌てるルルクルさんに奪い取られた。

「薬師を呼んで!」

 どこかへ向かって叫ぶルルクルさんの姿に、何事かと思っていると、舌がピリピリと痺れだした。
 もしかしてこの葉っぱが毒だった?と思い至った頃には、呼吸が苦しくなり始めた。
 吸っても吸っても空気が足りない。

 あれか、ギョウジャニンニクだと思ったら似た毒草でしたみたいな?
 苦しくてぐるぐると回り出した景色の中で、何度も名前を呼ばれたような気がした。


  ◆  ◆


 イソスーヤは、僕のお嫁さんになりたくないとは言わなかった、よし、頑張ろう!
 か弱くて愛らしいイソスーヤには、もっとたくさんのものが必要なのか、ルルクル頼んだ。
 僕ができるのは、いっぱい愛してると告げてお嫁さんになってもらうことくらいか、交合は我慢する……頑張ろう……でも、我慢できるかなぁ。

 父上に殺すなと言われたから、ガルクリエンコスが二度と自分の足で立てないようにしてやった。
 ……え、ガルクリエンコスに襲われたことを覚えてない?そうか、ずっと忘れていてほしいくらいだ、僕も呪いに負けてイソスーヤを傷つけてしまうから、同じか?
 嫌われたら生きていけない、僕の唯一無二の愛しい人。
 
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