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弟王子たちと出会う

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「ギルクロプトル兄上」
「グロクレトベルン、ゴレケオングロン、どういうつもりなのだ?」

 今、俺はギルに子供のように抱きかかえられた状態で、ものすごく立派なたてがみのライオンもどき二頭と、たてがみなしライオンもどき大勢に囲まれている。
 兄上って言ったくせに、目の前のライオンもどきの雰囲気は友好的ではなく、むしろ「タマとったらぁ!」とか言いだしそうだ。
 つまり、大ピンチ!

 ギルの首筋の被毛を握りしめるけれど、この手を離した方がいいのは分かっている。
 俺を抱えたままだと、ギルは戦えないのではないだろうか。
 以前に見たギルの戦い方は四つ足で身を低くして、相手の足元を素早く動き翻弄するもので、二足歩行で俺を抱えているとできそうにない。

 たてがみ有りと無しのライオンもどきたちを見回して、それからギルを見る。
 うん、全然表情の変化とか読み取れないけれど、緊張感が漂っているのくらいは感じる。

「しっかりつかまっていろ」
「え、おう」

 てっきり降ろされるかと思ったけど、このまま子供抱っこでいろと言うのか。
 どんな羞恥プレイだ!
 頭の中ではわめくことができても、実際にはギルの首に腕を回して怖いよープルプルと震えている布の塊。
 本当になんでこんなことに!?

「兄上をお待ちしてました」
「黒き国守の獣である兄上と話がしたかったのです」
「父上はご存知なのか?」
「もちろんです」

 目の前のライオンもどき達の声は、その体の大きさにふさわしく低い。
 ライオンもどきが口を開くと、鋭いナイフのような牙がゾロリと生え揃っているのが見えた。
 どうしよう、いくらギルが強くても、俺を庇いながら戦えるとは思えない。
 ギル、どうするんだよ、俺は戦い方なんて知らないし、一人だけ残されたらすぐに死ぬ自信がある。

「そうか、残念だ」
「ええ本当に」
「もう顔を合わせてはいけないことは理解していますが、兄上と異界の奥方様にどうしても別れの挨拶をしたかったのです」

 ……あれ?なんか思ってたのと違う?
 てっきり慇懃無礼な感じかと思ってたんだが、ギルの声に緊張を感じない。

「自分の群れを見つけた後で、紛らわしい真似をするべきではない」
「兄上なら問題ないでしょう?」
「ええ、我等とは違うのですから」
「……それで、どうしたいというのだ?」

 二頭というか二人?のたてがみライオンもどきはギルの弟たちらしいが、三メートル近い身長と濃い褐色のたてがみのせいで威圧感がすごい。
 自分よりも半メートルはでかい弟とか、色々とコンプレックスになりそうだと思うが、ギルの態度は落ち着いている。
 宰相さんの話だと他の王子たちに狙われている、と聞いていたが、いきなり殴り合いが始まりそうだと思ったのは勘違いかもしれない

「勘違いされて、ガルクリエンコス兄上の二の舞はごめんです、兄上がいる場でお会いすべきかと」
「挨拶をするだけと本気で言っているのか」
「もちろん、私たちを受け入れてくれる彼女たちに出会いましたので」

 顔を向けられたたてがみなしライオンもどきたちが、グルルと喉を鳴らす。
 なんか、ちゃんと聞こえてるよー、って若い女性たちが軽いノリで交わす会話に聞こえたが、どういうことだ?

「分かった」

 ギルがフンと鼻から息を吐いて、俺を抱えたまま地面に座ったかと思ったら、俺を自分の足の上に乗せた。
 うわーふっかふかー、じゃない!
 ちょっと待て、これ、小さな子が親の膝の上に座ってます状態じゃないかよ!いくら地面が石とか熱いとかあっても、これは恥ずかしすぎるだろ!

「おい、ギ「修也、聞いてあげてくれないか?」……おう」

 顔は間抜けイタチのままなのに、甘すぎる王子様ボイスで耳元で囁かれ、なぜかぺたりと座ってしまった。
 これ、腰が抜けてないか?
 俺の体はどうなってんだよ!

 ギルの膝の上から逃げ出すのを諦めて、渋々とライオンもどきたちへ顔を向ける。
 大きな布を目深にすっぽりと被っているので、顔は見えていないだろうが、出したほうがいいのか?
 日差しが眩しすぎて布越しでも目が痛いが、王子様相手に顔を見せないのは失礼だよな?

「!、神が遣わせた神子様との話は本当なのですね、なんと可愛らしい」

 顔が見える程度に布をめくると、たてがみライオンもどきの片割れが、頭のネジが緩んでいるような言葉を口にした。
 頭のネジが緩んでいるのでなければ、目が腐っているのかもしれない。
 俺はどこもかしこもただのおっさんだ。

「私の唯一に手を出す気か?」

 ギルの聞いたことのないような低い声がして、ぞくりと背筋が寒くなる。
 ぐるうぅと喉を鳴らすような音が、ようやく力が入りかけた腰に響いて、再び毛皮の上に座り込んでしまう。

「あ、兄上っ、そのような愚かな真似は致しません」
「兄上、神子様を褒め称えるくらいよろしいではないですか、兄上とだけ絆を結んだセンユウ妃なのでしょう?」

 困ったような声を上げるライオンもどきたちに、背後のギルがため息をついたのを感じる。

「ギル、怖いから怒るなよ」

 安堵すると同時に、背中を冷や汗が垂れたのを感じてしまい、思わずぼやくと短い腕に背後から拘束された。
 今は日差しのせいで熱い腕には、ごわごわした毛がみっしり生え揃っていて、ほとんど力は入っていないけれど、ギルの拗ねたような気持ちが伝わってきた。

「神子様、失礼いたしました」
「その神子ってのやめてほしい、んですが」

 ギルの弟たちとはいえ、相手は王子なのだから、と話し方を悩んでいるとギルの腕に力が入った。
 宰相さんは王族ではないから敬語をやめてくれって頼まれたけど、王子たちには敬語が必要だよな?

「ぐぇ、苦し、ギルっ」

 慌てたように緩む腕を払いのけ、背後のギルを見上げる。
 俺よりも身長が高いこともあるが、基本的な胴体の長さが違いすぎるため、立っている時よりもさらに上に坊ちゃん刈りの頭がある。

「……なんだよ」

 日差しを浴びてキラキラと光る黒い瞳が、何か言いたげに俺の方を向いているが、イタチの表情を読み取れるようになるには、もう少し時間が必要だ。

「修也」

 小さく切なそうな声で呼ばれ、ゆっくりと寄ってきたギルの頭を待っていると、触れるだけの頬ずりをされる。
 顔以外は布に覆われているとはいえ、おっさんが巨大イタチに膝だっこされて、頬ずりを受けている姿は絵面としてどうなんだろうかと思ってしまう。
 
「兄上、傾倒されるのは結構ですが、神子様は分かっておられないのではありませんか」
「せっかく元の兄上に戻ったというのに、言葉が足りていないのではありませんか?」

 弟たちよナイスフォローっぽい反応をありがとう、で、ギルはなにを言いたかったんだ。

「修也は私の、私だけの唯一だ、他の雄と言葉を交わすのを見るのが辛い、悲しいのだ」
「え」

 心の中で某お笑い、じゃないな、おっさん仲間、いや、ビューティーなんだかが叫んでいる。
 いやいや、どれだけ心が狭い、いや、なんか違うな、嫉妬?
 宰相さんとの会話には何も言わなかったのに、とか色々考えてしまって、うまく言葉にできないでいると、頬ずりしているギルが様子を伺っていることに気がついた。

「あー、そうか、それなら、ギルが話してくれ」

 これで正解か?と随分高い位置にある目を見つめると、ふにゃりと目元が緩んだ。
 やばいくらい可愛い。

「ありがとう、修也。
 そういうことだ二人とも、悪いが私が代わりに返礼をすることにしよう」
「なんだか、兄上が幸せそうで良かったです」
「ええ、同感です」

 それにしても、ギルの反応を見ていると嫉妬とは違うような気もする、なんか不安そうというか、なんでだろうな?



 ギルと似てない弟たちは、これからどうするのか、みたいなことを兄弟らしい気安さで話しあった。
 俺に話を振るときは「兄上は、神子様であればどうお考えになると思いますか」みたいな伺いを立ててくる。
 ギルを挟んで返事をするという、おかしな通訳になっていたが、最後にお互いに健康で、と別れを告げるとあっさりと立ち去っていった。

 話してみたらギルの弟たちはいいやつだったが、どうにもよく分からないことがある。

「……もう会えないのか?」
「厳密に言えば私は会いに行けるが、あちらからは無理だ、王位を略奪しに来たと思われる」
「……異世界だな」

 あまりにも意味不明すぎたので、道すがらギルに説明してもらったが、王族に生まれた男子は、基本的には兄弟二~三人で協力しながら王位を守るらしい。
 今回は長兄である王太子が王位に就くことが決まっていて、補佐をする予定になっていた第二王子が、先日事故にあって治りきらない怪我をしたことでその地位から退いた。
 第三王子のギルはライオンもどきではないので、上二人を戦いで補佐していく予定だったらしい。

 第二王子が退き、第四王子は病気で補佐ができないので、まだ子供の第七王子を育成予定、と。
 さっき会話したのは第五、第六王子で、二人は前から出ていくと決めていて、ついに決行した、と。
 なんか王子様が多くないか?と思ったが、王女はもっと数が多いらしい。

 王様すごいな、と素直に思ったが、同時にギルがライオンもどきでなくて良かったとも思った。
 ライオンもどきの王族ってのは、女性関係もライオンに近いらしい。
 王妃様が大勢いてハーレムなんだと。

 センユウって言葉の意味がよくわからなかったが、話を聞いていると占有か専有なのだろう。
 俺が他の王子と話すのを嫌がるのは、兄弟と共有したくないから、だって思えばいいのか?
 ハーレムを数人の雄で維持するってのが衝撃すぎて、素直に喜べない。

 弟たちの周りにいたのは、弟たちのお嫁さんなんだろう。
 ……ハーレムというよりも多夫多妻?

 俺にはライオンの雌相手に寵愛を競う気力なんてない、と遠い目になりかけてしまったが、ギルは俺以外にお嫁さんは必要ないという。
 俺をお嫁さん扱いすることには色々と意見したいが、まあ、受け入れてる時点で女扱いは間違いないよな。
 少なくとも今のところ、俺がギルに突っ込むことはない、と思う。

 簡単にいうと、ギルはライオンもどきではないので、ハーレムを強要されないらしい。
 色々と納得できないが、まあ、ギルのそばにいるのに、実害はないのか?

 と、王子達と別れてそんなことを話している間に、手先の器用な種族の元へ着いた。
 きっと猿だと思ってた、思ってたんだよ。



「なんで蜘蛛なんだよ!」
「どうした、修也」
「なんでもない、どうしても言いたかっただけだ」
「大丈夫なのか?今すぐ戻った方が良いのならそうするが」
「いいや、いい、いいんだ、きっと俺が悪いんだ、ここは異世界、そう異世界なんだから」

 いや、確かに布を作るって時点で糸を作る技術が必要なんだけど、まさか糸を紡いでいなくて、そのまま尻から引っ張り出すとか思わないだろ!
 あれ、蜘蛛が糸を出すのは腹だったか?
 まあいいや、今それは重要じゃない。

 この世界は、時々思い出したように異世界要素をぶちこんでくるので、反応しづらくて疲れる。
 俺の身長の半分ほどもある、子供程度の大きさの蜘蛛が周囲の木に巣をかけているので、枯れ木の林がこの辺りだけレースカーテンで覆われているようだ。

 ちなみに蜘蛛の姿は一度目にしてから見ていない。
 でかすぎて怖い上にすごいカラフルだった、原色で模様のある南国の蜘蛛そっくり。

 蜘蛛達は言葉を発することはできないらしく、カチカチ、カチ、と顎を鳴らして音を出して、ギルと意思疎通をしている。
 ギル、お前も(ファンタジー)か!、と蜘蛛と普通に会話をしているツートンイタチを見て、しみじみ思った俺はきっとおかしくない。

 蜘蛛達に火で燃えないものフライパンはないか、とギルが聞いてくれたら、蟻のところへ行けと言われたらしい。
 蜘蛛の次は蟻か、もふもふアニマルワールドじゃなくて弱肉強食サファリだと思っていたら、いつのまにか昆虫世界へようこそ!になってる。
 俺は虫は苦手じゃないつもりだが、子供サイズの蜘蛛はちょっと受け入れられる気がしない、そのまま巣の周りを使ってパニックムービーの撮影ができそうな光景だからな。
 このままTレックスあたりが出てきて、ジュラシックになっても驚かないぞ。

 次に訪問するかは自信ないけれど、ギルに迷惑をかけないように、靴の代わりになりそうなものを忘れずに注文してから、再びギルに抱えられてよちよちと進む。
 景色は代わり映えがない。

 靴を頼んだので次があれば自分で歩く、と言ったら機嫌を損ねてしまったので、気合を入れて「抱きしめられるならベッドがいい、恥ずかしいから」と言ってみた。
 甘えたらこんなこと言うよな?
 最近の若者はこんなことは言わんのか?
 ギルの性格なら、どれだけ拗ねたり怒ったりしても、俺を蜘蛛の巣のそばに置いていくことはないと思うが、ここから目的地までずっとご機嫌取りしたくなかったんだよ。
 ギルの過剰な頬ずりで顔が痛くなったし、言ってから、戻ってからがやばいのでは、と気がついた。

 そんなことをしながら進んでいく途中、ギルがふと足を止めた。

「……修也」
「なんだ?」
「……いいや、なんでもない」

 歯切れの悪いギルの視線の先には、ピャアピャアとうるさい……鳥?の姿。
 いきなりここでファンタジー要素か?と言いたくなるような、人間の形に翼が生えたような不恰好な鳥?がそこにいた。

 頬のあたりが白くて顎下は黒っぽい茶色い鳥の頭が、赤ん坊、いや、小人サイズの人間の胴体に乗っかっているのはかなり不気味だ。
 周囲に大きさを測るものはないけれど、身長は五十センチもないだろう。
 天使のように背中に翼があるのではなく、腕部分がそのまま翼になっているようで、飛ぼうとして飛べずに飛び跳ねているように見えた。
 下半身は人型?
 せめてハーピーのような半鳥半人ならいいのに、鳥なのか人なのか混ざり具合が中途半端すぎる。

 この突然のファンタジーで、しかも色々適当に突っ込んだ感じはなんなんだろう。
 ずっと洞窟から出してもらえなかったのは、監禁じゃなくて身の安全のためだったりするのか。
 世界観の統一がされていないのは、神様の意向なのか?

「ギル、あれは何?」

 ギルが名残惜しそうに見ているので、つい聞いてしまった。

「ミツオシエ、だ」
「三つ教え?」

 なんだその結婚式で使う『三つの袋』みたいな小話感のある生き物。

「蜜を教える、でミツオシエだ。
 あれは蜜を集める蜂の巣の近くで騒ぐ種族なのだ。
 彼らは蜂たちと意思疎通ができず、蜂蜜を分けてもらうことができないので、ああして騒いでやってきた者に蜂との交渉を頼むのだよ」
「なるほど、ギルは蜂蜜が好きなのか?」
「!、なぜ分かった?」

 そういうギルの小さな目が驚きで見開かれているが、ものすごく簡単な謎解きだった。
 俺といて、他のことに気を取られたのが初めてだったからだよ。

「俺も蜂蜜は好きだよ」

 久々に甘いものを口にしたい、と深く考えずにそう言ったせいで、ひどい目に会うとは思いもしなかった。
 
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