19 / 24
19 過去 ※冒頭
しおりを挟む自分の腹に押しつぶされたままで息が吸えないというよりも、さっきから口の中に苦くて不味い味がして、それを吐き出したいのに呼吸が苦しくて、息を吸うたびに不味い味がして嫌なのに、気持ちよすぎて訳が分からなくなっていた。
「……じょっ、たしゅ、けぇ」
「あーあー、自分の精液で顔中べったべたじゃねえかよ、悪かったな」
頭の中がちかちかと明滅していて前が見えないけれど、顔中を冷たいもので撫でられて、それが気持ちよくてもっとしてほしくて口を開いた。
「っひ……あっ……っっ♡」
もっと撫でてほしいと頼むよりも前に、ぬるりと口の中に慣れた重みと質感のものが滑り込む。
ジョーの舌だ、冷たくて長くて口の中を撫でられると気持ちいい。
「んぁーっ、っ、らめ、やぁっ」
くるりと口の中を舐めてから逃げていこうとする舌に、必死で追いすがる。
痛くないように軽く歯を立てながら、行かないで、と自分の舌をからませると、とろりとほのかな甘みが口の中に広がった。
「ん……っん……んぁ♡……んん、おいひぃ」
「はー……これキッついなー、ここまでできあがってんのに、中に出せねえとか」
「早く子作りの言質取れよ」
「じょーたさんのおよめさん、かわいーねー」
「直に見ると本当に嫁が欲しくなる、探すぞ、絶対探すぞ!」
「ガワさんのお披露目最高っスよ!待った甲斐があったっスよ!!」
口の中に感じる甘味がもっと欲しくて、一生懸命ちゅうちゅうと吸い付くと、それまで感じていた不味い苦味を感じなくなっていく。
美味しい方が良いから、ずっとこれが良い。
すごく、気持ちいい。
ゆっくりと沈んでいくような、浮かんでいるような、そんな眠りの淵をさまよっているような感覚にたゆたいながら、口の中の甘味をこくこくと喉を鳴らして飲み込む。
「……あーあーシゲ、甘えん坊になっちまったのかー?」
「ん、……ぅーん……」
「緊張しすぎて疲れたんだろ、このまま休ませてやれよ」
「今日のために毎晩可愛がってきたんだろ?もう十分やって、無理させたらいかんよ」
「……確かにちょっと、無理させすぎたな。
みんな色々と助かったし悪かった、お陰さんで己も年貢の納め時だ」
「おめでとう」
「また一人、減るのは寂しいなあ」
「おめでたいんだから、湿っぽいこと言うなって」
ずる、ずると抜かれて、ぽっかりと空っぽになった〝けつまんこ〟が寂しい。
寂しくて、またいっぱいにして欲しいのに、体がもう動かなかった。
「シゲ、おやすみ」
「…………」
完全に闇に包まれる直前、柔らかく光る半月を見たような気がした。
◆
気がついたら、知らない部屋にいた。
フローリングの部屋の中には、段ボールの箱とおれが寝ている布団しかない。
積まれている段ボール箱は、おれがジョーを手伝って中身を詰め込んだものだ。
元から家財をほとんど持ってないから自分たちで運べば良いと、ジョーがどこかで箱だけ買ってきたから、模様も何もついてないただの段ボール箱だ。
……でも、この部屋はジョーの部屋じゃない。
新しい部屋で使うために買った青灰色の遮光カーテンが、窓にかけられている。
ここは、新しい部屋?
2DKの二部屋を各自の部屋にすると決めたから、おれが寝ていたのは隣室がある西側の部屋だろう。
今は何時だろう?
お披露目の翌日がジョーの休日で、その日に引っ越しをする予定だった。
まだ……引っ越してないよな?
記憶が穴だらけになって、今でも全部戻ってない?かもしれない?前科があるので、おれの記憶がまた吹っ飛んだのか?と上半身を起こそうとして、体が重怠いことに気がついた。
なんだこれ、病み上がりみたいだ。
やけに体が重いような感じだけれど……最後の記憶…………あ。
おれはジョーと一緒にお披露目を、した。
それで……お披露目して、途中からちょっとあやふやだけれど、寝落ちしたのか?
それなら今日は、お披露目の翌日?
ジョーが言う通り、おれには薬の効き目が出すぎてしまうらしい。
お披露目の時の記憶はあるにはあるけれど、気持ち良かったっていう感覚的な記憶が主で、何をどうしたか、が思い出せない。
何度も記憶が吹っ飛ぶのを繰り返すと、自分がおかしくなったような気持ちになるから、ジョーには二度と強い薬を使わないで欲しいと頼むべきなんだろう。
ふと、外からごつごつと重い足音が近づいてきたなと思えば、ガチャガチャと玄関扉が音を立てた。
「お、起きたか、ただいまシゲ」
「ジョー?」
自分で鍵を開けることに慣れてないのか、ぎこちなく鍵を開けて入ってきたジョーは、いつも着ている深緑のドカジャンに、緑のポロシャツ、黒に近い緑のカーゴパンツだ。
なんでいつも緑一色コーディネートなんだろう、一度聞いてみたい。
手にコンビニの袋を提げているから、どこかに行ってきたらしい。
「荷物を運び終えたから、昼飯を買いに行ってきた。
電気もガスもまだだからコンビニ飯だけど、食えるか?」
「ええ?もう引っ越しをしたのか?」
「一応言っとくが、抱き上げても起きなかったんだ。
心配しなくても半日しか寝てないぞ」
「半日!?」
半日も寝ていたなんて。
高校生くらいまでは惰眠を貪れたけれど、家を継ぐと決めてからは、早朝起床が普通になっていたから驚いてしまう。
「疲れてたんだな、無理させて悪かった。
シゲ、一つだけ約束してほしい」
「なに?」
「我慢しないでくれ。
一緒にいてくれる事が嬉しくてやりすぎた、シゲが我慢しすぎる質だって忘れてたんだ。
この先もずっと一緒にいて、己の子供を産んでもらいてえから、我慢しないでくれ」
「……」
途中まではおれの体調を心配してくれたのか、と感激しかけたけれど、ジョーの最後の言葉で血の気が引いた。
産むって……子供?
おれは男なのに、ジョーの中では女だと思われてるのか?
嫁だから?
……そういえばガキがどうって言ってたけれど、これもごまかされてきた話か。
「それなら我慢しないで聞くけれど、子供を産むってどういうことだ?
おれは男だ、子供なんて産めない」
「あーそれなー実は、な、ええと」
「……」
「……産ませられるんだ」
起きたばかりなのに、寝不足の時のように目眩がした。
男に子供を産ませられるとか、意味不明すぎるだろう。
「全部の妖がそうだって訳じゃなくてな……シゲ?」
「……」
「あ、あのな、己には血の繋がった家族がいない。
嫁取りなんてしねえって言いながら、本当はずっと憧れてたんだ、だから頼む、いきなり出ていかないでくれよ?」
「……話せ」
「おう」
ジョーは河童ではあるけれど、少し普通の河童と違うらしい。
まず、そう前置きされた。
ジョーが物心ついた頃には、人里に近い河童の里にいた。
水が合わなくて体が弱く、親はなく、里の大人みんながジョーの親代わりだった。
育つにつれて、ジョーは周囲と自分が違うことに確信を持っていったという。
体の色味が違う。
鉤爪の形や皿の深さ(深さ?)や体格までも。
ジョーが育った里の河童たちは、ジョーとは違う姿をしていた。
人の感覚でいうと、白色人種に囲まれて育ったけれど、自分だけ黄色人種のような感じだという。
よくわからない例えだけれど、アウェー感を感じていたってことだろうか?
大人になればみんなと同じになると考えていたけれど、差異は広がるばかりで、ジョーは里長に自分は里の河童ではないのか?と勇気を出して聞いた。
そして、その答えは〝拾われ子〟だった。
文字通り、川の上流から流されてきたのを、里の河童たちが拾い育てた。
そして、育てたのは優しさからではない、と教えられる。
「お前は山の上に住む薬生みの一族だろうな、この里のために薬を作ってくれ」
これまで育ててやったのは薬を作らせるためだ、と言われたジョーは、衝動的に里を飛び出して山に逃げ込んでしまったらしい。
里長の言葉、山の上に住むという言葉だけを頼りに、河童ならば水のそばに暮らしているはずだと、湧き水を探して水源をたどり、初めての山登りでぼろぼろになりながら里から遡れる山を目指したのだと。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
63
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる