神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第三部 白龍の神殿が落ちる日

神代の終わり

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 差し迫る鎌の刃がハデスの首に届くことはなかった。
 死に瀕する痛みは、訪れなかった。
 恐る恐る目を開く。そして――その目を大きく見開いた。

 視界いっぱいを噴き出る鮮血が染め上げた。それとともにハデスの腕の中に倒れる小さな少女の姿を捉える。

「シュカ……様……?」

 幼い、長い銀髪の少女の胸から溢れんばかりの鮮血が滴り落ちる。人の形を好んだ白い神。六十年近い時をともに歩んだ敬愛の対象。
 庇ったのだ、この神龍は、代えの効くただの人間を。

「シュカ様……!?」

 ハデスは慌ててシュカの身体を仰向けにする。血だらけのシュカの体は重くて冷たくて……とても生きているとは思えなかった。しかし彼女はまだ生きていた。
 慌ててマナを送る。マナさえ足りれば、彼女は自身を癒すことができるのだ。
 マナさえ有れば。

(何故、私はこんなにも……!)

 自分自身のマナの出力量に、ハデスは歯ぎしりをする。足りないのだ。ハデスの力では。

「よい、ハデスよ。お前のマナではこの傷を癒すことは出来まい」

 シュカはふらふらとした足取りで立ち上がると、ティーアとハデスの間に立ちはだかる。その拍子に身体からさらに鮮血が滴り落ちる。

「人族であれ魔族であれ、この世界に生きる生き物を殺すことは神の掟に反する行為。神は世界の秩序でなければならないのだ。私は今からその禁を破る。だから……」

 シュカは今にも倒れそうな弱々しい姿で、それでも確固たる意志を持って告げた。

「この世界から、神はいなくなる」
 シュカはそう言って力なく笑った。

「シュカ様……!」

 ハデスは慌てて彼女を引き留めようとするが、彼女はそれを拒んだ。そしてそのままゆっくりとティーアに近づいていく。その足取りは覚束ず今にも倒れそうだ。しかし、それでも彼女は歩みを止めなかった。

「シュカ様、いけません!」

 ハデスは必死に叫ぶが、シュカはそれを無視して進んでいく。まるでそれが自分の役割だと言わんばかりに。

 白い光が溢れ、シュカを包み込むとともに、彼女の可憐な姿が白い龍の形へと変わっていく。

「治癒と浄化を司る白龍が持つ唯一の、人間を殺す魔法だ」

 シュカは、その幼い顔立ちに似つかわしくない妖艶な表情で微笑んだ。

 ◆

 一頭の白龍が咆哮を上げた。

 その衝撃で地下室の天井は崩れ落ち、青い空が顔を覗かせる。突風が巻き起こり、ハデスとティーアは壁ににしがみつきぎりぎり難を逃れたが、掴まるものがなかったレーンは身体を宙に浮かせた。

「な……!?」

 レーンは驚愕の表情で空を仰ぐ。その視線の先に、一頭の白い龍の目があった。

 シュカがいたところには、もう銀髪の小さな少女の存在はなかった。そこにいるのは、残酷なまでに美しい白銀の龍だ。その龍は、神々しい光に包まれながら天に向かって咆哮した。

「シュカ様落ち着いてください!」

 ハデスは必死になって呼びかけるが、その言葉が届く様子はなかった。目の前の龍は血に飢えた獣のような目でレーンを見つめており、そしてその大きな口を開いた。

「――っ!」
 声にならない悲鳴が響き渡った。

 レーン・リテルダが白龍に食い殺されていく瞬間を、ハデスはただ呆然と傍観することしかできなかった。ティーアは難を逃れたようだ。ハデスがいるところとは反対の部屋の隅で様子を窺っている。

 白龍に捕らわれた獲物は暴れて抵抗するが、その抵抗も虚しく彼の身体は完全に飲み込まれてしまった。ゴクリと大きな喉音が響き、程なくして白龍の全身がぼんやりと光り輝く。命を自らの力の糧として取り込んだのか。

 誰もが息を呑んでその光景を見守っていた。少しでも音を立てたら自分に白羽の矢が立つ――確信に近い危機感が全員をその場に射止めていた。

(このお方は神龍様。私たちがお仕えしてきた神を恐れるなどあってはならない)

 ティーアを窺うと、彼女は先ほどまでの威勢は消え去り、怯えたような表情を浮かべてその場に崩れ落ちた。
 白龍はティーアに目を向けると、白い鎖を生み出し、彼女に巻きつけ、拘束する。ティーアもまた飲み込むかと思われたが、彼女はそうしなかった。それはただの気まぐれなのか、意図せずに魔族の眷属になってしまった彼女を憐れんでのことなのかは、ハデスにはわからなかった。

「離して!!」

 ティーアは暴れて抵抗したが、その程度で拘束を解くことはできない。そのまま部屋の片隅へと連れていかれた。

 ハデスは部屋の中を見渡した。壊れた家具の破片が散らばり、壁や床は血で染まっていた。

 この荒ぶる神をどう治めるか――ハデスは思案する。突如地下から現れた龍によって、地上はすでに大騒ぎだろう。どうにかして彼女を鎮まらせなければ、神官にも危害が及んでしまうかもしれない。

 額から汗が流れ落ちるのを感じる。白龍を鎮める方法など、今まで考えたこともなかった。そもそもそんなことが起きるという発想すらなかったのだ。だが今は違う。この状況を打破する方法を見つけなければならない。

「何か方法はないのか……」

 その時だった。

 階段を降りる誰かの足音が響いた。足音の主は堂々とした足取りでこちらに近づいてくる。闇の奥から現れたのは、黒髪でシュカと同じくらいの背丈の、ハデスが知らない少女だった。

 その人物はティーアの少し手前で立ち止まって、見た目の年齢に似つかわしくない妖艶な微笑みを浮かべた。そして口を開き、その赤く色づいた唇を開いた。

「やはりお前はその道を選んだな、シュカよ。私がわかるか?お前の半身の、ディアーナだ」

 ディアーナ。それはシュカの対となるもう一人の神龍の名だ。普段は魔界を守護しているはずの彼女が何故ここに現れたのか。

 だが、ただの龍と化したシュカには自我と呼べる自我がなかった。彼女は唸り声を上げると、ディアーナに向かってその大きな前足を振るった。

 しかし、ディアーナはそれを難なく避けるとシュカの懐に飛び込んだ。

「神龍の愛し子が二人いる時代は良かった。きっと神の時代は終わろうとしているのだ。ここ百年、魔界に神龍の愛し子は現れず、人界の愛し子は神龍を満たせるだけの力を持ちえなかった。アルは初代すら凌駕する力があるが、最後の世代になるのではないだろうか」

 ディアーナはシュカを慈しむように、白銀の鱗にそっと触れる。すると不思議なことにシュカは暴れることをやめ、ディアーナの愛撫を受け入れた。

「人族の世界を終わらせて、世界も我々も一つに戻ろう。世界は混沌と化すだろうがそれも宿命。結界の役目から解放されれば、神龍の愛し子に依存せずとも良くなるのだ。マナに飢える我らの苦しみを終えよう、我はそう誘いに来たのだ」

 シュカは何かを思い出すように虚空を見つめていた。しかし、その意図を汲み取るには自我が足りなかった。ハデスも、ティーアすらも、誰もがただその光景を見守ることしか出来なかった。

「意思無き神龍ほど哀れな存在は無いな。行こう、我が同胞」

 ディアーナが呟いた瞬間、シュカの体が輝き出した。それはまるで光に飲み込まれるような光景だった。

 光が晴れるとそこには、見る角度によって白にも黒にも見える一頭の龍がいた。

 その龍はハデスを一瞥すると、何処かへと飛び立っていった。
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