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第三部 白龍の神殿が落ちる日
救い
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再び目を開く。現実が戻ってくる。
身体を動かそうとしたができなかった。カイルに殴られて気絶した後、両手足を縄で縛られたらしい。
唯一自由の効く目を動かすと、障壁で守られたティーアが変わらず神龍の像の前にいるのが見えた。アルバートが念を込めて築いた障壁はハデスでも突破できなかったようだ。アルバートは胸を撫で下ろす。しかし安心している暇はなかった。
「起きたか、アル」
カイルの声が広間に響き、その場にいた全員が一斉にアルバートを見た。この場にいるのはカイル以外全員神官で、全員見知った顔。けれどその誰もが見たこともないほど冷たい目をしていた。
その視線を一身に浴びて、アルバートの背筋に冷たい汗が流れる。
しかし、ここで怖気づいているわけにはいかないと、彼は震える唇を開いた。
「ティーアは……悪くない」
「ああ、知ってる。けど、人界と魔界を隔てていた結界は失われ、白龍も行方がわからないらしい。いつ魔族が襲撃してくるともわからない状況で、ティーアを生かせば、無関係なやつがティーアに殺されるかもしれない。天秤の重いほうを選ばなきゃいけないんだ。わかるな?」
アルバートが意識を失っている間に神官から事情を聞いたのだろう。聞き分けのない子供を諭すようなカイルの声音は穏やかだったが、内容は厳しいものだった。
「わからない!」
アルバートは思わず叫んだ。涙が零れ落ちる。
「ティーアは家族だ!大切な人に死んで欲しくないと思うのは当たり前だろう!?」
「……そんな聞き分けのないこと言わないでくれよ」
カイルは困ったように笑うと、ゆっくりとこちらに歩いてくる。彼の持つ長槍が鈍く光る。アルバートは芋虫のように身体を動かし、それから逃れるように後退るが、両手足が封じられている状況で逃げ場などあるはずがなく、すぐにカイルに追いつかれた。槍の穂先が太ももに当てられる。
その時見たカイルは、よく知る柔和なそれとは違う、国を脅威から守る騎士の顔だった。
「魔族にたぶらかされた哀れな罪人よ、自らの行いを生涯かけて悔いるが良い」
カイルはアルバートの傍に立つと、持っている槍で右腕を刺し貫いた。
「あ゛あ゛あ゛――っ!!」
絶叫が喉から溢れ、痛みで頭が真っ白になった。焼けるような痛みが全身を襲う。槍が引き抜かれると同時に咄嗟に神聖魔法でその傷を癒す。瞬く間に痛みは引き、傷口は跡形もなく癒えた。
「そうだ、そうやってちゃんと癒せ。その度にお前に痛みを与える」
「うぁ……あ……」
アルバートは脂汗を滲ませながら呻く。身体の震えが止まらない。
カイルは今度は左腕を刺し、再び神聖魔法で癒すのを見届けると、また別の場所を槍で刺して傷を創り、癒し、また刺すという行為を繰り返した。癒やさなければ激痛が身体を襲うのに、癒しても再び激痛を与えられる。拷問のようなその行いを何度も繰り返され、次第にアルバートの顔からは血の気が引き、生気が失われていく。
(だれか……)
槍が身体に突き刺さり、激しい痛みが右腕を中心に全身に走る。アルバートは声にならない悲鳴を上げ、身体を捩らせた。あまりの痛みに目が大きく見開かれ、呼吸をすることさえ一瞬忘れてしまう。
救いを求めて、少し離れたところに立っているハデスを見た。
しかし彼は無表情で、カイルを止めるわけでもなく、ただじっとこちらを眺めていた。その目に感情はなく、まるで人形のようだ。
ハデスを見て悟る。これはハデスと神殿の総意なのだ。心臓が早鐘を打つように激しく打ち鳴らされ、全身が氷水に浸かったかのように冷たくなっていくのを感じた。息が浅くなる。冷や汗が頬を伝うのがわかった。
(誰かたすけて)
でも、いったい何に救いを求めれば良いというのだろう?
神殿に、ハデスに歯向かった。魔族と取引すると宣言した。その報いがこれだ。
痛みと恐怖で心が支配されていくのを感じる。もう何も感じたくない。いっそこのまま死んでしまいたい……。絶望で心が塗りつぶされていく。涙が頬を伝い、床に落ちた。
「アル」
その時、アルバートの名を呼ぶ声が聞こえた。聞いたことのない、甘い少年のような声音。
声の主を探して周囲を見回すと、緑の光がちらちらと舞っているのを見つけた。それが何なのか、意識を失っているときに、夢の中で聞いた気がしたが、彼は思い出すことができなかった。
しかし、光を見つけたときにアルバートは直感していた。
あの光は自分に手を差し伸べてくれる唯一の存在であると。
「お願いだ、助けてくれ!!」
アルバートは光に向かって叫んだ。
身体を動かそうとしたができなかった。カイルに殴られて気絶した後、両手足を縄で縛られたらしい。
唯一自由の効く目を動かすと、障壁で守られたティーアが変わらず神龍の像の前にいるのが見えた。アルバートが念を込めて築いた障壁はハデスでも突破できなかったようだ。アルバートは胸を撫で下ろす。しかし安心している暇はなかった。
「起きたか、アル」
カイルの声が広間に響き、その場にいた全員が一斉にアルバートを見た。この場にいるのはカイル以外全員神官で、全員見知った顔。けれどその誰もが見たこともないほど冷たい目をしていた。
その視線を一身に浴びて、アルバートの背筋に冷たい汗が流れる。
しかし、ここで怖気づいているわけにはいかないと、彼は震える唇を開いた。
「ティーアは……悪くない」
「ああ、知ってる。けど、人界と魔界を隔てていた結界は失われ、白龍も行方がわからないらしい。いつ魔族が襲撃してくるともわからない状況で、ティーアを生かせば、無関係なやつがティーアに殺されるかもしれない。天秤の重いほうを選ばなきゃいけないんだ。わかるな?」
アルバートが意識を失っている間に神官から事情を聞いたのだろう。聞き分けのない子供を諭すようなカイルの声音は穏やかだったが、内容は厳しいものだった。
「わからない!」
アルバートは思わず叫んだ。涙が零れ落ちる。
「ティーアは家族だ!大切な人に死んで欲しくないと思うのは当たり前だろう!?」
「……そんな聞き分けのないこと言わないでくれよ」
カイルは困ったように笑うと、ゆっくりとこちらに歩いてくる。彼の持つ長槍が鈍く光る。アルバートは芋虫のように身体を動かし、それから逃れるように後退るが、両手足が封じられている状況で逃げ場などあるはずがなく、すぐにカイルに追いつかれた。槍の穂先が太ももに当てられる。
その時見たカイルは、よく知る柔和なそれとは違う、国を脅威から守る騎士の顔だった。
「魔族にたぶらかされた哀れな罪人よ、自らの行いを生涯かけて悔いるが良い」
カイルはアルバートの傍に立つと、持っている槍で右腕を刺し貫いた。
「あ゛あ゛あ゛――っ!!」
絶叫が喉から溢れ、痛みで頭が真っ白になった。焼けるような痛みが全身を襲う。槍が引き抜かれると同時に咄嗟に神聖魔法でその傷を癒す。瞬く間に痛みは引き、傷口は跡形もなく癒えた。
「そうだ、そうやってちゃんと癒せ。その度にお前に痛みを与える」
「うぁ……あ……」
アルバートは脂汗を滲ませながら呻く。身体の震えが止まらない。
カイルは今度は左腕を刺し、再び神聖魔法で癒すのを見届けると、また別の場所を槍で刺して傷を創り、癒し、また刺すという行為を繰り返した。癒やさなければ激痛が身体を襲うのに、癒しても再び激痛を与えられる。拷問のようなその行いを何度も繰り返され、次第にアルバートの顔からは血の気が引き、生気が失われていく。
(だれか……)
槍が身体に突き刺さり、激しい痛みが右腕を中心に全身に走る。アルバートは声にならない悲鳴を上げ、身体を捩らせた。あまりの痛みに目が大きく見開かれ、呼吸をすることさえ一瞬忘れてしまう。
救いを求めて、少し離れたところに立っているハデスを見た。
しかし彼は無表情で、カイルを止めるわけでもなく、ただじっとこちらを眺めていた。その目に感情はなく、まるで人形のようだ。
ハデスを見て悟る。これはハデスと神殿の総意なのだ。心臓が早鐘を打つように激しく打ち鳴らされ、全身が氷水に浸かったかのように冷たくなっていくのを感じた。息が浅くなる。冷や汗が頬を伝うのがわかった。
(誰かたすけて)
でも、いったい何に救いを求めれば良いというのだろう?
神殿に、ハデスに歯向かった。魔族と取引すると宣言した。その報いがこれだ。
痛みと恐怖で心が支配されていくのを感じる。もう何も感じたくない。いっそこのまま死んでしまいたい……。絶望で心が塗りつぶされていく。涙が頬を伝い、床に落ちた。
「アル」
その時、アルバートの名を呼ぶ声が聞こえた。聞いたことのない、甘い少年のような声音。
声の主を探して周囲を見回すと、緑の光がちらちらと舞っているのを見つけた。それが何なのか、意識を失っているときに、夢の中で聞いた気がしたが、彼は思い出すことができなかった。
しかし、光を見つけたときにアルバートは直感していた。
あの光は自分に手を差し伸べてくれる唯一の存在であると。
「お願いだ、助けてくれ!!」
アルバートは光に向かって叫んだ。
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