神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第三部 白龍の神殿が落ちる日

魔物掃討2

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 カイルに背負われている体勢なら、数時間程度で目的地に着きそうだ。しかし、ただ背負われているだけなのは申し訳ないため、周囲の魔物の気配を探ることにする。神聖魔法を自在に操るようになると、魔力とマナの微妙な感覚の違いがあることがわかるようになっていた。人間の内なる力の源である魔力は、多くの魔力を内包する魔物ほど常日頃から魔力を体外に放出しているのだ。

「あ、何かくる」

 アルバートは前方から何かが向かってくるのを察知して声を上げた。ロゼッタとカイルが武器を構える。

「大きいのが一匹。それに小さいのがたくさん……」

 ロゼッタとカイルは魔物の気配を探るために感覚を研ぎ澄ませる。気配のした方向に目を向けると、遠くに大きな鳥のような群れが視認できた。アルバートはその方向を指差す。

「あそこです」

「……間違いなくワイバーンだな、でかしたアル。先輩、どうします?」

「向こうから来てくれるならちょうど良いし、迎撃するわよ。アルは神聖魔法の発動、カイルは神聖魔法を潜り抜けた個体の撃破、私はアル君を守るわ」

「はい」

 ロゼッタの指示に三人は頷く。

 空を見上げると無数の魔物が飛んでくるのが見える。一体でもそこそこ戦闘力のある人間が五人がかりでどうにか倒せるレベルの個体が十匹やそこらではない。少なくとも百体はいるのではないだろうか、おびただしいほどの群れだ。その群れを従えるように、一際大きなワイバーンが悠然と飛んでいる。群れがアルバートたちに気づいたのを確認して、カイルは叫んだ。

「来るぞ!」

「神聖魔法『浄化』」

 アルバートは手を掲げて詠唱を完成させる。周囲の草木が光を発し、アルバートの周囲を取り巻いた。集合した光の粒子――マナはアルバートの前に集結すると、光の波となってワイバーンの群れを襲う。

 浄化の魔法は魔物に対して絶対の威力を発揮する。光に当たったワイバーンはけたたましい鳴き声とともに光に飲み込まれて消え去った。浄化の難を逃れて三人の元に到達した個体をカイルが的確に倒していく。

 ロゼッタやカイルが傷を負えば、アルバートは即座に治癒を展開する。たまに浄化と治癒の同時展開もして見せると、二人の口から感嘆の声が上がった。

「すごいな!やっぱり神聖魔法があると楽だな。アル、騎士団に来いよ」

「神官が騎士になっちゃダメでしょ。神の国ならともかく、ヴィゼリアスは武の国なんだから」

 ワイバーンに剣を振るいつつ、軽い口調で言うカイルに、ロゼッタも剣で魔物を斬りつけながら答える。

「そのヴィゼリアス国内に白龍の神殿があるんですから、国を守ることは広義的には神龍に仕えることになったりするんじゃないです?」

「すっごい曲解ね!」

 アルバートは二人の軽妙なやり取りにほっこりした気持ちになる。その間にも浄化の魔法は魔物を殲滅していた。カイルは槍で貫いて一体ずつ確実に仕留めているのに対し、ロゼッタはその身軽さを生かして何度も斬り傷をつけていく行くスタイルだ。その戦い方がまた様になっている。

 程なくして目に見えるワイバーンがひと通り掃討されたのを確認すると、三人はほっと一息ついた。

「これで全部ですかね」

「そのようね。お疲れ様、二人とも」

 こうやって力を出し惜しみなく使うのはいつぶりだろうか。アルバートは晴れやかな笑顔を浮かべる。とても心地よい気分だった。

 その後、ワイバーンが残っていないか確認していると、何かの気配を感じてアルバートはふと、空を見上げた。良く知っているような、そうじゃないような、変な感じだった。

(あれは……)

 青い空の中に、大きな個体が悠然と飛んでいた。ワイバーンかと思ったが、異なる姿形をしていた。どことなくその姿は、御伽噺に出てくる神龍のようだったが、その鱗の色はアルバートの良く知るものと異なり、白にも黒にも見えた。

 その個体はアルバートたちに近づくことなく、空の彼方へと消えていく。

「アル、どうかした?」

 食い入るように空を見つめるアルバートに気づき、ロゼッタはその視線を追う。しかし彼女が目を向ける頃にはもう悠然とした個体は見えなくなってしまっていて、青々とした空だけが広がっている。

 ――いや、違う。

「いえ、なんでもありませ――え……?」

 アルバートはもう一度空を見つめ、自らの声を澱ませた。

 個体の消えた空に、まるでガラスがひび割れるかのように空に亀裂が入ったのだ。亀裂は瞬く間に空全体に広がり、透明な何かが剥がれ落ちた。

「人界を守護する結界が……壊れた……?」

「どうしたんです?」
 二人の様子に気がついたカイルが顔を険しくさせる。

「カイル、アル、急いで白龍の神殿に向かったほうが良いかも」

 ロゼッタも空の異変に気づいたようだ。一瞬驚愕を浮かべた後、険しい表情でカイルに事情を説明する。

「人界は白龍の結界に守護されていて、それが魔族の侵入を阻んでいるんだけど、たぶん、それが破壊されたみたい。白龍に何かがあったんだわ」

「そんな、シュカ様が……!?」

 嘘だ、と叫びたかったが、剥がれた透明な何かが結界であることは間違いないと直感していた。
 急いで戻ろう、と言う前にアルバートはカイルに抱き上げられる。何の前触れもなく両足が地面から離れ、アルバートは目を白黒させた。

「……はい?」

「この方が早い。急いで戻るぞ」

 事実なので文句は言えない。言えない、が……。

「いや、その、僕自分で走れるから!」

 アルバートは顔を赤くしながら叫んだ。しかしカイルはアルバートの訴えに耳を貸すことなく、そのまま駆け出した。
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