神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第三部 白龍の神殿が落ちる日

虚無

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「結界が無くなったと思って来てみたらすごいね、まるで地獄絵図だ。これ全部アルがやったの?」

 白龍の神殿にリオルが現れたのはそれからすぐのことだった。神殿は見るも無残な惨憺たる有様だった。

 大理石の床や壁はひび割れ、血で汚され、そこかしこに人の身体の一部だと思われる肉片が散らばっている。鉄臭さが鼻につき、吐き気が込み上げる。死者こそ出なかったが、神官たちにもかなりの被害が出たようだ。

 障壁に守られていたティーアだけが唯一難を逃れたようだが、障壁はアルバートの神聖魔法が失われたことにより消え去っている。リオルはその惨状を眺めながらアルバートに声をかけた。

「うん」

 アルバートはハデスの死体を抱きしめたままぼんやりと頷いた。その目は完全に虚ろで、まるで人形のように感情が抜け落ちているように見えた。

 リオルはそんなアルバートを興味深そうに見つめると、彼の隣に腰を下ろした。

「精霊の力をここまで引き出すとは思わなかったな」

 リオルの口調には、アルバートを賞賛する響きが含まれていたが、彼はそれには一切反応しなかった。

「約束通り、ティーアを戻してあげるよ。でも、近いうちに人界を制圧しに魔族がくるよ。ティーアは今のままのほうが幸せかもしれないね」

 その言葉に対して、アルバートは何も答えなかった。ただ黙ってハデスの遺体を抱きしめているだけだ。リオルは小さくため息をつくと立ち上がった。そしてそのまま立ち去ろうとしたが、ふと思いとどまって再びアルバートの元へと戻ってきた。

「ねえ、アル。僕と一緒に来ない?」

 差し伸べられた手。アルバートはその手をじっと見つめた。この手を取ったらどうなるのだろう。そんな考えが頭をよぎったが、すぐに打ち消した。もうどうでもいいことだ。

「俺は……」
「うん」
「俺は……魔族になんかならない」

 アルバートははっきりとした口調で答えた。それは彼の意思だった。その答えを聞いて、リオルは意外そうに目を見開くと、それから小さく笑った。

「そう……残念だけど仕方ないね」

 そう言って彼はアルバートの髪に髪飾りに触る。

「ティーアを戻す対価だ。中身も抜かれちゃったし、もう価値のあるものでもないけど」

 そして髪飾りを持ったまま、姿を消した。
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