神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第四部 最後の神聖魔法

半月後

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「わかっているのか」

 ヴィゼリアス皇帝は今日何度目になるかわからない確認をする。
 いい加減そろそろ飽きた。

 ヴィゼリアス帝国謁見室。玉座に座る皇帝の横には、険しい顔の第一王女が立っている。

 二人の目の前には、両手に鉄の枷をつけられ、ぼろぼろの服を着た幼い少年が床に座らされている。
 まるで孤児のような装いの彼は、半月前まで神龍に選ばれた最年少の特別な神官であった。
その事実をこのみすぼらしい姿から一体誰が信じられようか。

 玉座を見上げるその瑠璃色の瞳に生気は無く、まるで人形のように魂が抜け落ちてしまっている。
 いや、人形のほうが職人の技により描かれている分、まだ表情豊かであるだろう。
 それほどまでに目の前の少年は異質だった。

 皇帝は淡々とした口調で問いかける。

「その罪を認めるということは、お前は神官殺しの罪を負うということになる」
「はい。私は神官長ハデス様を殺しました。他の神官様を殺しました。神殿が落ちたのは……私に責任がございます」

 この問答ももう三度目になる。
 しかし、再三に渡る皇帝の確認も虚しく、少年――アルバート・グランディアの答えは変わらなかった。

 彼は最初から死刑を望んでいた。
 どんな残忍な方法でもいいから、自分に死の裁きを与えてほしいと。

 皇帝はその考え方が気に食わなかった。
 自害する勇気があるなら、彼は半月前にはもう死んでいるだろう。
 それが今生き永らえているのは、死を恐れて決意できず、けれど自分自身が死ななければならない理由を求めているからに他ならない。

 死にたいなら勝手に死ねと思う。
 処刑する後味の悪さも知らずに他人を頼るなと、そう言いたくなる。

 ――とはいえ、勝手に死ねと言って本当に死なれても困るのだが。

(ああ、面倒だ)

 皇帝は嘆息した。

 ルトラール王国と隣国のヴィゼリアス帝国との国境沿いに位置する白龍の神殿には、世界を創造したとされる神龍シュカが祀られている。
 シュカは愛らしい少女の姿でこの世に顕現し、人々の信仰の心を魔力に変えて結界を張り、人間の住む人界を魔界の魔族から守っていた。

 瑠璃色の瞳を持つ者は神龍の愛し子と呼ばれ、神龍にマナを捧げる役目を持つ。その対価として、神龍から神聖魔法を授かるのだ。
 そして神聖魔法には強力な治癒と浄化の効果があり、人間を癒し、魔族を浄化することができた。

 アルバート・グランディアは白龍シュカに選ばれた神官であり、彼は若干六歳にして神聖魔法を授かった神童であった。

 ことの発端は半月前まで遡る。
 半月前――ある日突然、シュカは消え、神殿は血の海と化した。

 宿敵の死を魔族が放置するはずがなく、白龍の神殿は魔族に奪われた。白龍の神殿を管理していたヴィゼリアス帝国は今、魔族に脅かされる前代未聞の危機に直面している。

 彼がこの惨劇を引き起こした咎人だということは、生存者の証言で既に明らかだった。

 ――しかし、相手は神龍の愛し子であり、しかもまだ幼い少年だ。できれば、何か理由をつけて免罪してやりたいと考えるのは甘いだろうか。

 魔族の力を借りた――それが何故、どのようにして行われたのか、アルバートの話からではわからなかった。ただ、彼の周囲に魔族がちらついていることだけが明らかだった。

 通常であれば、魔族と通じれば死刑だ。
 しかし、万物からマナを生成して神龍に送れる唯一の神官を、人間側が殺すのは惜しいと思った。

 例え彼が神聖魔法を失っていたとしても、シュカを復活させる手立てがなかったとしても、そのノウハウの伝承はもう彼にしかできないのだから。 

「神聖魔法は穢れを嫌う。お前は神官を殺し、その身は血で穢れた。故にもう神聖魔法を使えない。それは間違いないか」
「……はい」

 確認のつもりで問いかけると、アルバートは僅かにその顔を曇らせた。
 伏せた目元から覗く彼のまつ毛が震えていた。
 床についた手は拳を作るかのように固く握られ、唇は今にも血が出そうなほど強く噛み締められている。

(哀れな)

 彼の境遇には同情する。
 起きた事態を受け入れるには、彼はあまりに幼く、そして未熟であった。
 当事者として起きたことに対して、命でもって責を取るしか考えられないほどに。

 アルバートは何かに耐えかねたように顔を上げ、皇帝を見上げた。

「皇帝陛下、だから、どうか……どうか僕を死刑にしてください」

 途方に暮れた迷子のような顔で懇願してくる。
 瑠璃色の瞳は真っ直ぐに皇帝を捉えていた。
 その目には、思わず是と応えてしまいそうになる不思議な力があるように思えた。

 きっと神龍もこの瞳に魅せられたのだろう――場違いにもそんなことを考える。
 皇帝は一瞬の間を置き――そして。

「断る」

 首を横に振った。

 彼にはまだやってもらわなければならないことがあったからなのだが、玉座から彼を見下ろすと、傍からもはっきりとわかるほど、その顔が凍りついた。

「どうして……」

 そう呟いたのが聞こえた。

 けれど皇帝は返事を返さない。
 聞こえないふりをして、素知らぬ顔で判決を下す。

「アルバート・グランディア。神官の地位を剥奪する。ダーハート教会ソルニア・アプセットの元で、無期限の謹慎を命じる」
「そんな……軽すぎます」

 アルバートの顔が絶望に染まる。
 その瑠璃色の瞳が、みるみる光を失っていくのが見て取れた。
 アルバートはこの判決を軽いと感じたようだったが、皇帝に情けをかける意図は無かった。
 むしろ死より重く、辛いものになるとさえ思っていた。

 しかし、それに気づけるほどアルバートの人生経験は豊富ではなく、大罪を背負って生きることが、死より苦しい罰だということを、彼はまだ知らないようだった。
 そしてそれを説明してやるほど皇帝も優しくはなかった。

 皇帝は呆然とした様子のアルを無視して、謁見室を見回す。
 そして部屋の一番隅に立つ若い赤髪の男を見つけると、彼女はその名を呼んだ。

「カイル・アーガイル」
「はっ」
「監視役としてこの罪人に同行せよ」
「はっ……い?」

 半ば条件反射で返事をした後、思わぬ命令にカイルから間抜けな声が上がった。
 敬礼していた顔を上げ、まじまじと皇帝を見つめる。

「ええと……それは何故です?」

 この国の王相手に物怖じすることなく聞けるのは若さなのか性分なのか。
 カイルは愚直で真っ直ぐ――いわゆる単純な性格をしているが、目敏く面倒見も良いため、新参者でありながらも周囲からの信頼は厚い。ロゼッタの近衛騎士も勤めるほどだ。
 皇帝とて、数多いる騎士の全員を覚えているわけではないが、カイルの前向きな性格は目に留まるものを感じていた。
 素直に聞いてくるカイルに、皇帝は愉快そうに唇の端を吊り上げた。

「ロゼッタも同行するよう要望があったから、そのついでだ。こやつが殺されそうになれば守れ。自死しようとしたら殴ってでも止めよ。手を出すのはそれだけで良い。生きていればその姿形は問わぬが……ほどほどにな」
「ああ、なるほど。わかりました!!」

 カイルは納得したように大きく頷いた。
 彼は胸に手を当て、敬礼してくる。

「連れていけ」

 皇帝は立ち上がり、カイルとその隣にいた騎士に命令する。

 騎士たちは隙のない動きでアルバートの両脇を固めると、彼の腕を掴んで立ち上がらせる。
 アルバートは抵抗しなかったが、納得していない様子であった。

 アルバートを引きずるようにして連れていく騎士たちを見送ると、皇帝はまた玉座に腰を下ろした。
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