神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第二部 雪華の祈り

29.ダーハート教会

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「ソルニア様! 白龍の神殿から、今冬は神龍様の愛し子が直接神事を務められるとのこと、連絡がありました」

 レーン・リテルダは一通の手紙を片手に司祭室に駆け込む。

「ああ、もうそんな時期か」

 ソルニア・アプセット。この教会に勤める司祭長だ。齢六十歳を迎える彼は、自分にも他人にも厳しいが優しく、特に孤児や貧しい者への施しを惜しまない人格者として有名だ。

 彼は手紙を受け取ると、その封蝋に押された神龍の紋章を見つめ、目を細めた。

「十年に一度行われる雪華の祈り……結界へのマナの補充のために行われるその儀式を神龍の愛し子が直接執り行うなど何年ぶりか」

 ヴィゼリアス帝国の最北端に位置するダーハート教会は、雪深い土地に建っている。山を一つ越えるだけで隣国のシエリア皇国領土になるほど国境線に近いその土地は、厳冬期には道は凍り、雪で閉ざされ、人の往来すらままならなくなる。ゆえにこの地方では、雪が降る前に食料を備蓄し、初雪とともに家に籠るのだ。それでも毎年、激しい吹雪による雪の重みで屋根が落ち、雪と寒さで凍死する者は後を絶たない。

 その犠牲者を一人でも減らせるように祈願し、北方結界と呼ばれる巨大な結界を張るのが『雪華の祈り』と呼ばれる儀式だ。

 儀式は神龍の愛し子が祭壇に立ち、三か月にわたってマナを結界に送り続けることで執り行われる。

 しかし、世界にただ一人の神龍の愛し子が三か月もの間教会に籠ることはできず、今までは魔道具を用いて遠隔で神聖魔力の補充を行っていた。

 そのため、ソルニアもレーンも神龍の愛し子が直接神事を執り行う場に立ち合ったことがなかった。

 今年神事を務めるのはアルバート・グランディア。齢六歳にして神龍シュカの祝福を賜ったと言われる神童である。

「アルバート……数年前に神官になった子供ですよね。どのような方なのでしょう」
 レーンは問いかける。

「さあ……私もハデス殿以外はお会いしたことがないからな。しかし、噂では、まだ幼い子供だが三年で神聖魔法を習得した神童だそうだ」

「三年で!? それは、素晴らしい才能ですね。当代のハデス殿でさえ習得には五年を要していたはずでは……」
 レーンの言葉にソルニアは頷いた。

 ソルニアは幼少期からハデスと面識があった。そして彼が神聖魔法を習得に苦戦を強いられたことも知っていた。

「ああ。私もびっくりしたよ。しかし、さすが神龍の愛し子といったところか……」

「そうですね。神龍様の愛し子は、神の寵愛を受けた子……その力は、きっとこの北方結界をより強固なものにするでしょう」

 ソルニアの言葉にレーンも頷いた。そして二人は同時に窓の外を見る。雪の降りしきるその景色は、まだ冬が始まったばかりだ。しかし、この雪が解ける頃には、結界が強固に張られ、厳しい冬を乗り越えた春が訪れる。
 ふと思い立ってソルニアに尋ねる。

「そういえば……そのアルバート様はおいくつなのですか?」

「確か……今年で十歳になるのだったか」

「……え? まだ十歳ですか?」

 レーンは思わず聞き返す。十歳の子供といえば、まだ親の庇護下にあるべき歳のはずだ。そんな子供が神聖魔法を習得し、この北大陸を災害から守る結界を維持するというのか。

「ああ、そうだ。……この手紙によると、その能力はすでにハデス殿を上回っておられるそうだ」

 ソルニアの言葉にレーンは絶句する。

「……あのハデス殿を……?」

 神聖魔法の能力は、それを行使するための魔力の量と質、そして魔力を練り込むための魔力操作能力によって決まる。

 ハデスは、扱えるマナの量こそ多くなかったものの、魔力操作の練度が高く、自身の魔力不足を魔力操作の工夫により補って神聖魔法を行使していた。それは熟練者のなせる技であるが、そのハデスを、まだ十歳の子供が上回っているという。

「アルバート様……一体どんな方なのでしょう」

 レーンは窓の外から見える雪景色を眺め、一人呟くのだった。

「ハデス殿は今年で六十二歳だ。そろそろ世代交代の時期なのかもしれんな」
 ソルニアは手紙を見つめ、そう呟いた。

「しかし……まだ幼い子供です。その子供が成人するまでは続投されるでしょう」

「だといいんだがな」

 ソルニアは困ったように笑うと、手紙を机の上においてレーンに向き直る。

「レーン、神官殿が到着し次第、雪華の祈りを執り行う。至急神龍の愛し子の受け入れ準備を進めるように」

「かしこまりました」

 レーンは敬礼し、執務室を去る。
 その後ろ姿を見送りながら、ソルニアは再び窓の外の雪景色を見つめた。

「神龍の愛し子……一体どんな子供なのだろうな」

 ソルニアは、まだ見ぬ神龍の愛し子の姿を想像し、一人呟いた。
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