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第二部 雪華の祈り
32.雪華の祈り1
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フェリド大陸の北部に位置するダーハート教会は、雪深い土地に建っている。厳冬期には道は凍り、雪で閉ざされ、人の往来すらままならない。ゆえにこの地方では、雪が降る前に食料を備蓄し、初雪とともに家に籠るのだ。それでも毎年、激しい吹雪による雪の重みで屋根が落ち、雪と寒さで凍死する者は後を絶たない。
その犠牲者を一人でも減らせるように構築されたのが北方結界であり、十年に一度マナを補充することで結界を維持する儀式は『雪華の祈り』と呼ばれている。
神事を務めるのはアルバート・グランディア。齢六歳にして神龍シュカの祝福を賜ったと言われる神童である。
「アル、準備できた?」
「うん。今行くよ」
アレスタに呼ばれ、アルバートは立ち上がる。神事用の厳かな神官服の上から白い上衣を羽織ると、彼は姿鏡を再度確認する。短く切りそろえられた茶色い髪、日照の少ない北国の民特有の色白の肌。その肌に浮かび上がるように彩られている瑠璃色の瞳には、わずかに朱色が混ざっていて、夜明け前の空の色を思わせる。十歳というあどけない顔立ちはどこか中世的な雰囲気を醸し出していて、巫女に扮しても気づく者は少ないかもしれない。
「待って。アル、ちょっと屈んで」
神官見習いの少女が部屋に入ってきて、アルバートに屈むように促してくる。言われるとおりに身を低くすると、彼女は仕上げとばかりにアルバートの頭に飾られた雪華を模した銀細工の髪留めの位置を直した。それはしゃらしゃらと澄んだ音色を奏でて揺れる。
「うん、完璧!」
「ありがとう、マリカ」
アルバートはお礼を言うと、マリカと呼ばれた少女は嬉しそうに笑った。
「じゃあ行ってくるよ」
そう言って部屋を出ようとした時、入口で待っていたアレスタに呼び止められる。
「アル、靴、脱ぎ忘れている」
「……だめ?」
「だめ」
「むぅ」
即答で首を横に振られて、アルバートは口をへの字に歪ませる。その反応が面白かったのか、アレスタはくつくつと笑い、屈んでアルバートの靴を脱がせてやる。
まだ本格的な冬ではないが、すでに雪は積もり、外には雪がちらついている。屋内を満たす空気も当然、外気に合わせて冷気を帯びていた。さらに神事の会場となる礼拝堂は大理石の床となっているため、素足だととにかく冷えるのだ。
「冷たっ!」
素足を床に降ろすと、冷やりとした冷気が足裏から伝わってきて、アルバートは思わず声を上げた。木製の床でも十分冷たかった。
「冬なんだし当然じゃないかな。始まったら気にならなくなるよ」
「他人事だと思って!」
浄化を司るかの神龍は不浄を嫌うため、祭壇において土足は厳禁とされる。しかし理解していても不満は漏れる。
「祭壇用の靴とか作ればいいのに……」
「ほら、そろそろ始まるよ。今年はヴィゼリアス皇帝陛下も御臨席なさっているから、くれぐれも粗相のないようにね」
アレスタに軽く背中を押され、足早に礼拝堂に向かっていった。雪華を象った髪留めが彼の動きに合わせてしゃらしゃらと音を奏でた。
礼拝堂にはすでにたくさんの人が集まっている。
礼拝用の長椅子が左右にずらりと並べられていて、その最奥には少女の姿をした石像と祭壇が設置されている。礼拝堂には大人から子供まで様々な年代の人々が集まっていて、彼らは皆一様に神官とともに祈りを捧げていた。
堂内は薄暗く、左右対称に並べられた燭台の明かりを頼りにアルバートは祭壇へと向かう。
彼の登場とともに、礼拝堂は静まり返る。神事を取り仕切るのが幼い少年であることに誰も疑問を口にしない。彼の瞳は神龍に選ばれた証であり、その力がすでにハデスを上回っていることは有名だった。その類い稀な才能を讃えて、人々は彼を神童と呼んだ。
アルバートが祭壇の前に立って一礼すると、人々は皆彼に倣い、一糸乱れぬ動きで礼をする。アルバートは祭壇の前に跪くと、胸の前で手を組み、精神を深く集中させた。
その犠牲者を一人でも減らせるように構築されたのが北方結界であり、十年に一度マナを補充することで結界を維持する儀式は『雪華の祈り』と呼ばれている。
神事を務めるのはアルバート・グランディア。齢六歳にして神龍シュカの祝福を賜ったと言われる神童である。
「アル、準備できた?」
「うん。今行くよ」
アレスタに呼ばれ、アルバートは立ち上がる。神事用の厳かな神官服の上から白い上衣を羽織ると、彼は姿鏡を再度確認する。短く切りそろえられた茶色い髪、日照の少ない北国の民特有の色白の肌。その肌に浮かび上がるように彩られている瑠璃色の瞳には、わずかに朱色が混ざっていて、夜明け前の空の色を思わせる。十歳というあどけない顔立ちはどこか中世的な雰囲気を醸し出していて、巫女に扮しても気づく者は少ないかもしれない。
「待って。アル、ちょっと屈んで」
神官見習いの少女が部屋に入ってきて、アルバートに屈むように促してくる。言われるとおりに身を低くすると、彼女は仕上げとばかりにアルバートの頭に飾られた雪華を模した銀細工の髪留めの位置を直した。それはしゃらしゃらと澄んだ音色を奏でて揺れる。
「うん、完璧!」
「ありがとう、マリカ」
アルバートはお礼を言うと、マリカと呼ばれた少女は嬉しそうに笑った。
「じゃあ行ってくるよ」
そう言って部屋を出ようとした時、入口で待っていたアレスタに呼び止められる。
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「……だめ?」
「だめ」
「むぅ」
即答で首を横に振られて、アルバートは口をへの字に歪ませる。その反応が面白かったのか、アレスタはくつくつと笑い、屈んでアルバートの靴を脱がせてやる。
まだ本格的な冬ではないが、すでに雪は積もり、外には雪がちらついている。屋内を満たす空気も当然、外気に合わせて冷気を帯びていた。さらに神事の会場となる礼拝堂は大理石の床となっているため、素足だととにかく冷えるのだ。
「冷たっ!」
素足を床に降ろすと、冷やりとした冷気が足裏から伝わってきて、アルバートは思わず声を上げた。木製の床でも十分冷たかった。
「冬なんだし当然じゃないかな。始まったら気にならなくなるよ」
「他人事だと思って!」
浄化を司るかの神龍は不浄を嫌うため、祭壇において土足は厳禁とされる。しかし理解していても不満は漏れる。
「祭壇用の靴とか作ればいいのに……」
「ほら、そろそろ始まるよ。今年はヴィゼリアス皇帝陛下も御臨席なさっているから、くれぐれも粗相のないようにね」
アレスタに軽く背中を押され、足早に礼拝堂に向かっていった。雪華を象った髪留めが彼の動きに合わせてしゃらしゃらと音を奏でた。
礼拝堂にはすでにたくさんの人が集まっている。
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堂内は薄暗く、左右対称に並べられた燭台の明かりを頼りにアルバートは祭壇へと向かう。
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アルバートが祭壇の前に立って一礼すると、人々は皆彼に倣い、一糸乱れぬ動きで礼をする。アルバートは祭壇の前に跪くと、胸の前で手を組み、精神を深く集中させた。
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