神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第二部 雪華の祈り

34.雪華の祈り3

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「寒い寒い!!」

 礼拝堂の奥には神官たちが生活する居住スペースがある。礼拝堂を出るのが早いか、人の目がなくなった途端にアルバートは神事の準備用に使っていた応接室に駆け込んだ。暖炉にはすでに火が灯りぱちぱちと音を立てている。彼はその前を陣取って、急いで両足を温める。

 遅れて礼拝堂から修道士たちが続々と戻ってくる。その流れに乗って戻ってきたアレスタは、一足先に両足を突き出して暖まっているアルバートを覗き込んだ。

「お疲れ様。今日は一段と冷え込んでいるね。アル、大丈夫?」

「大丈夫じゃない。何もこの極寒の季節にやらなくてもいいのに。せめて靴履くとかダメなわけ?」

 フェリド大陸の北方に位置する神殿は、冬になると深い雪に閉ざされる豪雪地帯に建てられている。今は長い冬の始まりの季節になるが、雪が溶ける過ごしやすい季節も存在している。
 少し暖まってきたところで、アルバートは自身の足に手を当てた。彼の掌からは光の粒子が溢れ出て、痛々しい凍傷を癒していく――とても緩やかな速度で。

「寒さを乗り切るために神様にお祈りしてるんですよ、アル。長く厳しい冬が訪れるから、無事に春を迎えられるように。人々の祈りを神聖魔法に乗せて、神様に送り、神様はそのマナを用いて気候を抑えているのです。だから雪の降り始めるこの季節に執り行うのですよ」

 諭すような口調でアルバートを窘めるのは、神事を静かに見守っていたハデスだ。彼が言ったことはもちろんアルバートも知っている。

「靴は大地に落ちている穢れから自身を守るためにある鎧のようなもの。神聖なる場所は素足と決まっていますからね。今日はよく頑張りましたね」

 神聖魔法をもってしても緩やかな速度でしかなかなか治らないアルバートの両足にハデスは片手をかざした。その手からはアルバートと同じく光の粒子が溢れ出た。みるみるうちにアルバートの足の傷が塞がっていく。

「あと、治癒もちゃんと練習しましょうね」

「うう……」

 アルバートは治癒が得意ではなかった。発動はできるようになったが、癒す速度にはまだまだ難がある。
 ハデスから指摘を受け、苦々しく唸る。

「返事はどうしましたか」

「……わかりました」

 有無を言わさずに追い討ちをかけるハデスにアルバートは抵抗を諦めた。

「よろしい」

 アルバートが渋々頷くのを見て、彼は満足げに頷き、暖炉の炎を見ながら不貞腐れるアルバートの頭を撫でる。大きな手がアルバートの髪に触れ、優しく動いた。

「子供扱いしないでよ」

「どうしてですか?」

「それは……」

 頭を撫でられるのは嫌いではなかったが、どこか照れくさかった。恥ずかしいから、と言おうとして、アルバートは途中で躊躇い顔を赤くする。
 彼はまだ反抗期を迎える直前の思春期の少年で、湧き上がる感情を制御する術を知らなかった。

「何でもない!」

 思わず言おうとした素直な言葉を飲み込んで、アルバートは声を荒げて顔を背けた。

「アル」

 ハデスは苦笑すると、アルバートの前に膝をつき、彼と目の高さを合わせる。

「私たちは神龍シュカ様より賜った神の力を扱う者。優しい言葉を使いなさい。他者を重んじ、自分自身に素直でありなさい。過ちを犯したものを許す強さを持ちなさい。清く生きることは、神龍の愛し子として選ばれた私たちの宿命なのですから」

 わかりましたか、とハデスが問いかける。アルバートは返事をしなかったが、否定もまたしなかった。

 彼はふっと微笑むと、再びアルバートの頭を撫で始めた。アルバートは恥ずかしそうにそれを受け入れた。

「宿命ってなんなんだろう」

「あなたの進むべき道。あなたのやるべきことですよ」

 ぽつりと呟くと、ハデスは優しく微笑んだ。

「さあ、温まったら皇帝陛下にご挨拶に伺いましょうか」
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