神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第二部 雪華の祈り

43.模範的神官1

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 ハデスが発ち、ロゼッタもヴィゼリアス皇帝と彼女の従者たちによって半ば無理矢理帝都への帰路に着かされ、ダーハート教会に残されたのはアルバートとアレスタ、そしてマリカだけになった。

 日々の流れは非常に規則正しく、そして穏やかなもので、気がつけば一か月が経過していた。

「……はぁ」

 アルバートは疲弊した表情で目覚めると、重く息を吐き出した。
 ここ最近、夢見が悪く、あまり眠れていなかった。それだけではない。頭の中でいつも声が響いている。それはロゼッタと散策に出かけた時に聞いた、あの地を這うような低い声だ。
 日に日に大きくなっていくその声に、すでにノイローゼを起こしかけていた。

 怠さを訴える身体に鞭を打ち、ベッドから起き上がると、アルバートは井戸に向かった。
 朝起きたら水を浴びる。それは神官になってからずっと、欠かすことなく続くアルバートの日課だ。しかし、ここ数日で気温は一気に下がって、冷たい井戸水は凍るように冷たかった。思わず体が強張る。神は穢れを嫌うため、定期的に身を清めなければならない。そのため冷たい井戸水で身を清めることに文句はないが、やはり寒いものは寒かった。

 頭から水をかぶり、身体を震わせる。それから手早く着替えると自室に戻り身支度を整えた。窓の外に目を向けると、雪化粧だった屋外は数日間続いた吹雪により雪に埋もれ、道は失われていた。雪かきをする修道士の姿がちらほら見える。

「アル、おはよう」

 ぼんやりと窓の外を見つめていると背後から声をかけられた。振り返るとそこにはアレスタが立っていた。彼はいつものように柔和な笑みを浮かべていた。

「今日も寒いね。お勤め、できそう?」

「うん、大丈夫」

 アルバートは短く答える。寝不足のせいで身体に怠さがあり、覇気がない。しかし神事をこなせないほどではなかった。いや、こなさなければならないのだ。マナを奉納できるのは神龍の愛し子である自分だけなのだから。
 アルバートはアレスタに悟らせないよう笑顔を作り、そのまま礼拝堂へと向かうことにする。動くと、髪につけた雪華の髪飾りが彼の動きに合わせてしゃらしゃらと揺れた。

 教会の朝はいつも静かだ。ダーハート教会は修道士自体も少ないようだ。静寂に包まれた廊下を歩くと、やがて礼拝堂にたどり着く。そこにはソルニアや教会に所属する修道士たちが揃っていた。皆一様に白い装束に身を包んでおり、その表情にはどこか緊張感が漂っているように見える。

「おはようございます、アルバート殿。本日もよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 アルバートの姿に気づいたソルニアが近づいてきて、恭しく頭を下げる。
 アルバートもそれに倣うように礼を取る。

 二人のやりとりに礼拝堂内にいた修道士たちは揃って頭を下げる。そして次々と礼拝堂を出ていき、やがて礼拝堂の中はアルバートとソルニアとアレスタのみが残された。

「じゃあアル、いつも通りお願いね」

「うん」

 アレスタの言葉に小さくうなずくとアルバートは祭壇の前に立った。

 人の動く音がなくなり、ソルニアとアレスタだけが残される。礼拝堂は静寂で満ちていき、雪深い今の季節は、外部からの来客もないため、その分奉納に集中することができた。跪き、手を組んで祈りを捧げる。すると手のひらから光の粒子が溢れ出し、礼拝堂を満たしていく。その光に呼応するかのように、礼拝堂の天井近くには無数の光の球が浮かび上がり、ゆっくりと回転を始めた。

 その光はやがて天に送られ、北方結界を構築する礎となるのだ。

「うん、今日も綺麗だね」

 アレスタの呟きを聞きながら、アルバートはただ静かに祈りを捧げた。

(これが神童アルバート・グランディアか)

 ソルニアは一心に祈りを捧げる少年の姿に見惚れている自分がいることに気がついていた。
 そこにあるのは、あまりに純粋で穢れのない信仰心だ。

(何とも美しい信仰心だな)

 十歳といえばまだまだ精神が未熟で集中力も欠きやすい年頃だ。その神事がどのような意味をもたらし、自分の役割は何なのか理解せずに、ただ周囲から言われるままに行動している可能性すらある。

 ソルニアも今冬の儀式にアルバートが来ることを聞いた時、面倒な子守りが発生すると考えて疑わなかった。しかし、いざ彼の神事を目の当たりにして、それが先入観による間違いであることを認めざるをえなかった。

 祭壇の前に立つこの少年は神を敬い、その身を捧げることを厭わない。教会で信仰を守る修道士たちよりもずっと純粋で純真な心で神を見つめていると感じられた。

 アルバートは他の子供たちと違い、どこか大人びているところがあった。彼は決してわがままを言わず、いつも周囲の人間に対して気を配っていたし、何より常に笑顔を絶やさず誰に対しても優しい態度で接していた。気がつけば彼の心の美しさに魅了されていた。
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